29――親友達との再会
「……あっ、なお! ふみかも! こっちこっち!!」
改札口の前で待っていると地下鉄の出口と繋がっている階段から、おばさんに連れられたなおとふみかの姿が小さく見えて、思わず声を上げて手をぶんぶんと振ってしまう。すぐ後ろでクスクス笑う洋子さんにちょっと恥ずかしい気持ちが湧き出してくるけど、それでもふたりにやっと会える嬉しさの方が勝った。だって約1年ぶりなんだもん、手紙のやりとりは頻繁にしてたんだけどね。
最初は気付いてなかったなおとふみかだったけど、気付いた瞬間すごく可愛い笑顔を浮かべてこちらに走ってきた。たくさんの人が行き交うコンコースだから、人にぶつかったりコケたりしないか心配になったけれど、ふたりはうまく通行人を避けて私の前までたどり着くと、そのままの勢いで抱きついてきた。
元々私より背が高いふたりなのに、勢いがついた体を私が支えられるはずもなく。3人が重なる様に倒れ込みそうになったけど、後ろにいた洋子さんが体を張って支えてくれた。小学4年生の子供3人をいとも簡単に支えられる洋子さん、見た目によらず意外とパワフルだなーとか思ってしまった。
おばさん達が駆け寄ってきて娘を叱りつつ、洋子さんにペコペコと頭を下げる。その傍らで前からなおに、そして後ろからふみかにぎゅーっと抱きつかれている私は嬉しいんだけど、暑さにクラクラしてきた。ふたりの体温プラス夏真っ盛りな気温だもの、下手したら熱中症になりそうだ。
「ふたりとも、背伸びたね!」
「すーちゃんはテレビで見るよりかわいいね!」
なおの背中をポンポンと叩いて合図すると、やっとの事で体を離してくれる。それを見て名残惜しそうに、ふみかも背中から離れてなおの隣に移動した。
前からふたりは私より背が高いから視線が上向きになっちゃうんだけど、いつもよりその度合いが大きい気がする。あれ、おかしいな。私も大きくなってるはずなんだけどな、ものすごく引き離された様な気がしないでもない。
聞くとなおは大台の140cmに到達、ふみかも138cmまで伸びたそうだ。私? 小数点以下を四捨五入してもやっとこさ132cmだよ、こんちくしょう。
現在はちょうど夏休み、本来ならバンバン撮影とか仕事をこなす予定だったんだけど、大島さんから洋子さんに私を働かせすぎだとクレームが入った。細々とした単発のエキストラとか再現VTRの仕事とかが結構続いたからね。ちょうど教育チャンネルも夏の高校野球の中継などの影響で、教育ドラマの放送も何回か休止するみたいで余裕がある。もう物語の舞台は秋冬に入ってきてるから、夏に撮影できるシーンも限られてるしね。
「すみれちゃん、あんまり時間ないのよね。どうしましょう、どこかのお店に入る?」
ふみかのお母さんがそう言うと、洋子さんが時計を見て『あと2時間ぐらいなら大丈夫よ』と私に教えてくれた。前世の時代なら新大阪駅もカフェやら食事処やらがたくさんあるのだが、まだこの時代ではリニューアルされてない状態なのであるにはあるのだが、これだけの人数で落ち着ける場所というのはあまりない。
仕方がないのでメジャーなハンバーガーチェーンのお店に入って、ちょうど空いていた3つの机をくっつけてスペースを作った。長椅子の方にふみか・私・なおの順番で座り、対面にふみか母・なお母・洋子さんが座った。
おばさん達が注文しに席を立ってる間、なおとふみかはずっと私の腕に抱きつくようにして嬉しそうにしていた。話したい事はたくさんあるんだろうけど時間も少ないし、私との触れ合いの方を重視した結果なのだろうか。尻尾があったらぶんぶん振ってるんだろうな、と思わず考えてしまうくらい『嬉しい・楽しい』という雰囲気がダダ漏れになっている。
適当にジュースとバーガー、ポテトにナゲットと色々と買い込んできてくれたおばさん達、そんなに食べられないかなーとも思うんだけど大人が3人もいれば大丈夫かな? 残念ながら私はちょっとしか食べられないので、戦力にはなれない。そのせいで身長が伸びないのかなとか思ったりもするけど前世で超デブってた事がトラウマになってるのか、体感で満腹の半分ぐらい食べると体が食べ物を受け付けなくなるのだ。
モグモグとポテトを食べながら、地元の話を聞く。クラスメイトや元担任の先生達も元気だそうで、特に変わりはないそうだ。元々なおとふみかの手紙にも、日常の出来事以外は書かれてなかったので心配はしてなかったのだけど。残りに書かれていたのは寂しいとか会いたいとかまるで遠距離恋愛中の彼女からの手紙かと思うくらいのラブコールで、照れるやら恥ずかしいやら複雑な気持ちだった。
「そう言えば、今日はまーくんには会わずにかえるの?」
唐突になおがそんな事を言うので、こくりと頷いた。大事な幼なじみであるまーくんにも会いたいのだけど、相変わらず地元への接近禁止令は続いている。今回も私が普通に地元に帰れたら、なおやふみかに隣県から来てもらう必要もなかったんだけどね。お手間をかけて申し訳ないです、と頭を下げておく。
「別にアタシらが子供達をここまで連れてくるのは構わないよ、でもすみれが地元に近づけないっていうのはちょっと納得がいかないんだよね。町でもあんまり良い風に思ってるヤツはいないんじゃないかね、特にすみれの姉に対しては陰で悪く言うのも結構いるよ」
なおのお母さんが不快感をにじませながら言うと、ふみかのお母さんに窘められる。なおのお母さんは昔ちょっとヤンチャしてた頃があるらしく、口調が蓮っ葉なところがある。まさに普通の主婦という感じのふみかのお母さんと仲良しなのが不思議なぐらいなのだが、案外正反対のタイプの方が凸凹コンビみたいな感じで気が合うのかもしれない。
それにしても、やっぱり姉は地元では持て余されている感じがあるんだなぁ。多分私が関わらなければ姉は普通なんだろうけど、私がちょっとだけ有名になっちゃったせいで噂が広まって悪目立ちしているのだろうね。小さな町だもの、噂なんて半日もあれば広まるのだ。
「私が帰らなければ、うちの家は平和ですからね。両親も色々手は考えているんでしょうけど、色々としがらみもあるだろうし。あんまり急いで無理に何かをしようとすると、姉も頑なになっちゃうかもしれないですから」
「……寂しくない? すみれちゃん、無理だけはしちゃダメよ」
ふみかのお母さんが気遣うように尋ねてくるが、正直なところ寂しさを感じる余裕なんてないのが本音だ。もちろんなおやふみかに会えない事への寂しさはあるけれど、両親に会えない事に対して寂しさはまったく感じていない。多分これは前世で一度巣立ちしているからだろうね、残念ながら病気になって実家に出戻った訳なのだけど。
どうやら私が全く平気そうなのを見て、ようやくおばさん二人はホッとした様に表情を緩めた。それからは私が寮のにぎやかさを話したり、撮影現場での出来事を話したりしているうちにあっという間に時間が過ぎてしまった。
実は今日は帰省じゃなくて、仕事でこちらにやってきていた。教育ドラマにしては視聴率や内容が好評な事が功を奏して、公共放送の総合チャンネルが放送している夕方のニュースのワンコーナーに呼ばれたのだ。公共放送の夕方のニュースは各地の放送局が独自に放送する時間帯があり、私の出身地が関西である事を知った大阪放送局の人がオファーしてくれたらしい。
なんか準レギュラーだった役が評判良くて、主役級の扱いを受けている感じなんだよね。自分が演じてる役が視聴者の人達にウケているのは素直に嬉しいけど、本当に私でいいのかなという不安がなんとなくある。まぁ東京から夕方のワンコーナーのためだけにゆっくんを呼ぶとかは難しいだろうからね、研修生とは言え天下のダニーズだし。
これからタクシーに乗って大阪放送局まで向かうので、店を出て解散しようと思ったら、なお達はわざわざタクシー乗り場まで見送ってくれた。そのまま別れた方が地下鉄には乗りやすいのにね、ありがたいやら申し訳ないやら複雑な気持ちである。でもまだほんの数分だけとはいえ、ふたりとまだ一緒にいられるのは嬉しい。
私を真ん中にして左右からなおとふみかに手を繋がれ、ゆっくりと歩みを進める。『またこっちに遊びに来るね』と私が言うと、『今度は私達が東京に行くよ』とふたりが楽しそうに応えた。ただその言葉を聞いて、ふたりのお母さんは苦笑いしてたけどね。旅費が結構かかるので懐と頭が痛い問題だろう、
タクシー乗り場には数台のタクシーが客待ちをしていて、お客さんが並んでいないのですぐに乗れそうだ。なおとふみかの手を離し、ふたりの方に向き直って笑顔で手を振る。ふたりとも揃って寂しそうな表情を浮かべていたけど、わがままを言わずに手を振り返して『またね』と言ってくれた。
後部座席に乗り込んで洋子さんが行き先を告げると、ゆるゆるとタクシーが走り出す。リアガラスから4人が見えなくなるまで手を振り続けて、ストンと座席に座り直した。
「かわいい子達だったわね、さすがすみれの友達だけあるわ」
「……どういう意味です?」
「かわいい子の周りにはかわいい子が集まるものなのよ、もうちょっと磨けばふたりとも雑誌のモデルぐらいはこなせそうね」
洋子さんはそんな事を言うが、私としてはこういう業界になおとふみかを関わらせたくないなぁと思ったり。勝手な願いだけど、ふたりには芸能界とは関わらずのびのびと育って欲しい。この業界は良い人も多いけど、意地悪な人もいたりするからね。私が代理モデルの時に囲んで脅してきた子たちとか。
そんな気持ちが表情に出ていたのか、私の顔を覗き込んだ洋子さんはクスクスと笑って、励ますように私の背中をポンと叩いた。
「さて、お仕事しましょうか。言わなくても大丈夫だと思うけど、気持ち切り替えてね」
いつもはそんな事言わないのに、今の私はよっぽど浮ついているのだろうか。気持ちを引き締めるためにほっぺをパシパシと両手で叩いてから『はい』としっかりと返事をした。
それからしばらくして大阪放送局に着くと早速番組のスタッフさんと打ち合わせして、髪や服を整えてもらって少し時間を潰す。その後ADさんに呼ばれてスタジオに移動、無難にゲストコーナーをこなす事ができた。
ペコペコと頭を下げて挨拶を繰り返した後、エレベーターに乗ってホッと一息つく。
「今日どうしようか、もう今から新幹線に乗って帰るのも面倒よね。お泊りしちゃおうよ」
「私はそれでいいですけど、洋子さんお仕事大丈夫です?」
「いーのいーの、たまには私も羽を伸ばさないとね」
そんな他愛のない話を洋子さんとしながらロビーまで進むと、備え付けてある椅子に見覚えのある男性が腰掛けていた。最初は見覚えがある人だなぐらいにしか思わなかったのだが、その顔がはっきり見えたところで慌てて駆け出して男性の前まで行き、ペコリと頭を下げる。
「ご無沙汰してます、神崎監督」
「久しぶりだね、すみれ君……そんなに急いで走ってこなくてもいいんだよ」
苦笑を浮かべた神崎監督が、ゆっくりと椅子から立ち上がりながらそう言った。
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