27――とある一般出演者の憂鬱
「いよいよ今日が来ちゃった……」
鏡に映った自分の顔を見ながら、またひとつため息。台本を渡されてから今日まで、もういくつため息をついただろう。数えてないからわからないけど、多分100回はいってるんじゃないかな。
きっかけは、お母さんが新聞で見つけた公共放送のオーディション記事。親バカ全開で『あなた可愛いんだから絶対合格できるわよ』なんて言って、私の許可もなく勝手に応募してしまった。
親の贔屓目なんて言葉があるらしいけど、私は本当に普通の小学生だから。騒がしいのが苦手で教室でずっと本を読んでいる地味な女の子なのに、教育テレビとは言えテレビドラマなんかに出られる訳がないじゃない。
そうやって必死に抵抗したけれど、私の意見はまったく通らず。なんだかご機嫌なお母さんに引きずられる様に、オーディション会場に連れて行かれた。
初めてテレビ局に足を踏み入れた私は、緊張でどうにかなりそうだった。建物はそんなに派手な感じではなかったけれど、中にいる人はみんなオシャレだ。手持ちの中で一番可愛いよそ行きのワンピースを着せられている私だけど、誰がどう見ても場違いだと思う。そしてその想いは控室に入った瞬間に、何倍にも強まった。
だって部屋の中にいる女の子の半分以上が、すごくかわいい子達なんだもん。男子もクラスで一番かっこいい岸田くんよりも美形な子がいて、上には上がいるんだなぁなんて思ってしまった。後から聞いたらあのダニーズの研修生なんだって。アイドルなんだからかっこいいのも当たり前だよね、となんだかすごく納得してしまった。
最初に事務所とかに所属している子役の子達が面接を受けて、一般参加の私達はその後に面接された。プロデューサーの人はなんていうか、業界人って感じだった。ご近所にこんな人がいたら、周りの人にヒソヒソされそう。ディレクターさんと広報さんは普通で、用意されている台詞を読まされた後にありきたりな質問をされて面接は終了した。
お母さんに『どうだった?』って聞かれたけど、多分ダメなんじゃないかなと正直に話す。だってあんなに可愛い子達ばっかりなのに、私なんかが選ばれる訳がないよ。そう思っていたのに、12月の下旬に届いた書類には合格の文字が。お父さんとお母さんはすごく喜んじゃって、このまま芸能人になっちゃうのではとか言ってる。なれる訳ないじゃん。
でも合格しちゃったからには今更辞退なんて出来ないし、どうなっちゃうんだろうって思いながらお正月を過ごして、学校でも4年生から始まる部活動の話題なんかが出始めた頃。ドラマの撮影が始まった。
みんなかっこよかったり可愛かったりで、私ひとりがブサイクだったらどうしよう。そんな風に考えていたけど、3分の1は私と同じ一般参加の子達だったから安心した。その子達と理由を話し合ったりしたけれど、多分クラス全員の見た目が良いクラスなんて現実味がないからだろうねという結論に落ち着いた。
私は引っ込み思案で地味な女の子、
他の一般参加の子達は本当に脇役一直線という感じなのに、私の役である実花には一番仲良しな女の子が存在する。それが松田すみれちゃんが演じる、諸星みさきちゃんだ。クラスの人気者で、社交性が高くてクラスメイト全員と友達だという彼女は、地味で目立たない実花にも優しい。そして保育園からの幼なじみで家も近所だからか、みさきちゃんは実花が一番の友達だと皆に豪語する程に実花に親愛を感じている。
低学年の頃ならいざ知らず中学年にもなれば、お互いの容姿などによる釣り合いとか、そういう他人の目みたいなものにも敏感になってくる。自分の性格が明るくなくて、見た目もかわいくないと自覚している実花にとってみさきちゃんは大好きだけど近づきたくない、誰よりも知っているはずなのに誰よりも他人に近い、そんなちぐはぐな存在なのだと思う。
うんうん、わかるよ。私だってもしすみれちゃんと幼なじみで同じクラスだったら、きっと実花と同じ様に思うはずだもん。だって本当に可愛いんだよ、すみれちゃん。ちっちゃいし細いのに、その存在感は撮影現場のどこにいてもわかるぐらいに強い。笑顔もまるで光り輝いているように錯覚するし、誰とでもすぐ仲良くなれる社交性もみさきちゃんそのままだ。
その他大勢組の私達がキャーキャー言ってる、ダニーズの祐太くんとも仲良しだ。美少年と美少女、並んでると本当にお似合いに見える。祐太くんもすみれちゃんには、他の子よりも親しげに接してる様に見えるし、お母さん達が芸能人のスキャンダルを見て喜んでるのはこういう気持ちなのかと少しだけ理解できた。
役作りなのか、すみれちゃんは私には他の子よりも余計に気を配って話しかけてくれる。普通こういう人気者の子って他人の気持ちにお構いなしに自分の都合を押し付けてきたり、自分が優先されるべきってオーラを出してくるんだけど、すみれちゃんにはそれがない。押し付けがましくしないし、常に他人の気持ちを察しようとしているのが私達にも伝わってくる。見た目もよくて性格もいいとか超人かよ、と私達その他大勢組は憧れすら覚えてしまうほどだ。
それはさておき、そんな幼なじみであり親友でもあるみさきちゃんがいるせいか、その他大勢であるはずの実花にスポットライトが当たる回が用意されているのだ。しかも15分枠のドラマで1話完結のオムニバス形式のはずなのに、実花とみさきちゃんの話は前後編になっていて30分も時間を取ってもらっている。まさにすみれちゃんに対する特別扱いに、私が巻き込まれた形になっている。
すみれちゃんはCMにも出てるし、ファッション雑誌のモデルとかもしているから特別扱いされる事は当然だとは思う。ただそこに一般人の私を巻き込まないで欲しいと思うんです、ディレクターさん。
でもその他大勢の私がそんな事を言えるはずもなく、ついに私達がメインになる回の撮影が始まってしまった。最初はクラスメイトに軽く、実花とみさきちゃんが友達である事が不釣り合いだと言われてしまうところから始まって。最初は実花もそんな事ないよって言い返すんだけど、段々クラスでその意見に同調する人が増えてきた。人気者の女子に突き飛ばされてみさきちゃんと仲良くするのをやめろと言われたり、男子にからかわれたり。そんな学校生活に疲れてしまった実花が、ふたりで一緒の帰り道でみさきちゃんに切り出す。
「もう、仲良くするのやめようよ」
私の演技力なんてたかが知れているので、多分棒読みに近い言い方だったと思うんだけど、すみれちゃんはすごく自然な感じでプロ顔負けの演技で返してくる。
「え……なんで? 私の事嫌いになった?」
ショックなのと悲しいのと、少しの怒りとごまかし笑顔。色んな感情が混ざったすみれちゃんの表情と声色に、演技なのに言ってしまった台詞への罪悪感が私を襲ってくる。思わずごめんね、嘘だよって謝りたくなるけど、次の台詞は謝罪じゃなくて更にみさきちゃんを追い詰める悲痛な実花の訴えになっていた。
みさきちゃんといると自分が惨めに感じるのが辛い、女子もみさきちゃんに迷惑だから友達をやめるように言ってくるし、男子は面白がってからかってくる。なんでこんな目に合わなくちゃいけないのか、みさきちゃんのせいじゃん。みさきちゃんなんて大嫌い、と勢いで言ってしまう実花。長台詞を間違わずに言えてホッとしたのもつかの間、次の瞬間ものすごい後悔と罪悪感が押し寄せてきた。
だってすみれちゃんの瞳に涙がじんわりと溜まって、ツーって頬を溢れ落ちたのを目の当たりにしちゃったんだもの。実花の言葉にショックを受けたのももちろんだろうけど、そんな思いを友達にさせていた事に気づかなかった自分への憤りとか、色んな物がその涙には詰まっているんだろうなって見た瞬間に伝わってきた。
それでも泣きながら、みさきちゃんは実花を抱きしめて『私は実花ちゃんが大好きだよ』って訴える。
「釣り合いなんか関係ない、他人がどう思おうとどうでもいい。私は実花ちゃんと一緒にいたいから、ずっと一緒にいるんだよ。もちろんこれからも一緒にいたい、友達でいたいよ」
すみれちゃんの演技に引っ張られたのか、私の口からは次の台詞である『私もみさきちゃんとずっと一緒にいたいよ』という言葉が、無意識に零れ出ていた。そして実花がひどい事を言った事を謝って、みさきちゃんも実花を他のクラスメイト達の悪意から守れなかった事を謝ったところで、カットが掛かった。もちろんすみれちゃんの真に迫る演技のおかげで一発OK、今のテイクより良いのなんて出てこないよ、主に私のせいでね。
「えへへ、泣いちゃった……服濡れてない、大丈夫?」
私に抱きついていたすみれちゃんがぺろりと舌を出しながら言うのを見て、なんだか胸がどきりと高鳴った気がした。すみれちゃんは女の子なのにね、変だよね。
その後は学級会のシーンで実花とみさきちゃんが教壇の前に手を繋ぎながら立って、みさきちゃんが『私の友達は私が選びます、実花ちゃんは一番大事な友達です』と宣言する。先生からも『友達は見た目で選ぶものではないし、他人が彼女達の友人関係に口出しするものではない』と言われて、実花へのイジメはなくなった。
そのシーンを撮り終えた後にすぐすみれちゃんが満面の笑顔で私の方に振り向いてきて、その笑顔の魅力が強烈すぎて女の子同士なのに思わず赤面してしまう。
その後、この回の視聴率はこれまでの話の中でダントツに良かったという話をプロデューサーさんから聞かされた。それからと言うもの、私とすみれちゃんは事ある毎にふたりセットでその後の話にも
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