21――代理モデルで囲まれて


「はい、ふたりともこっちに目線ちょうだい! そうそう、イイねー」


 1眼レフ独特のカシャ、というシャッター音が響くのを聞きながら、笑顔で指示された通りのポーズをとる。


 安藤さんから聞いた今回の仕事は確かに雑誌のモデルだったけど、またも急な欠員による代役だった。なんだろう、空いてしまったスキマを埋める便利屋にでもなった気分だ。


 この時代でも無くはなかったけど、子供を対象にしたファッション誌。出演をキャンセルした詳しい事情は聞いていないが、今回オファーを受けていたのは小学2年生の女の子。既に撮影で着る予定の服も用意されている為、結構シビアな代役探しになったらしい。子供の成長は早いので、私が所属している大島さんが経営する事務所でも所属しているタレントのサイズ表は頻繁に更新されている。測ってもらったのはついこの間なので間違いはないのだろうが、小学2年生の子に用意された服が余裕で入る自分の貧相さにちょっぴり悲しくなった。


 撮影はスタジオで行うのかと思っていたけど、公園とか学校の校庭にある遊具の前とかレンガ作りの遊歩道とかおしゃれな感じの並木道とか、色々なところで行われた。


 今は年上の男の子と一緒に兄妹のおでかけみたいなテーマなのか、男の子の胸元にほっぺを当てながらふたりでカメラに目線を向ける。もちろん笑顔だ、背中に男の子の手が回されて鳥肌が立ちそうになるけど、そういうのは表情には出さない。新人モデルだしピンチヒッターだけど、お金をもらう以上はプロだ。私は役者志望なのだから、私情など挟んではいけないのである。


 それにしても、この時代の子供服というとキャラクターが大きくプリントされたトレーナーとか、私が田舎暮らしだったからか大味おおあじで地味な服が多いのかと思っていたが、さすがファッション誌の撮影だ。平成の感覚で見ると時代遅れというかダサさを感じてしまうのだが、この時代にしてはおしゃれな雰囲気の服しか存在しない。


 現在10月末、そろそろ秋から冬に季節が移り変わりかけている時期だ。それなのに今の私の格好はレースのワンピースと赤色に白い水玉模様がついたフレアスカートと薄手のカーディガンという肌寒い格好をしている。兄役の男の子も白いダンガリーシャツにジーンズ、そして肩にカーディガンを巻きつける様に掛けて首元で袖を軽く結ぶ。いわゆるプロデューサー巻きというヤツである。


 ファッション誌って季節を先取りして撮影するのが常らしく、撮影時の季節に適した服装ができる事なんてほぼないらしい。さっきの休憩中に安藤さんが教えてくれた。ちなみに何度か衣装チェンジがあって、この服の前には真冬の装いをさせられていたので、当てられているライトが熱かった。小さな傘みたいなのが装着されている為か指向性がアップしていて、マフラーの下の首元が汗ばむぐらいの温度でジリジリと焼かれるというのは初めての経験かもしれない。


 私の撮影は滞りなく終了して、安藤さんと一緒にカメラマンさんや同行していたプロデューサーさんに挨拶する。カメラマンさんからは『意思疎通しやすいし、こちらの指示には従順だしかなり撮り易かった』とのお褒めの言葉を頂いた。プロデューサーさんはあまり撮影の方を見てなかったらしく、代役を引き受けてくれた件に関しては強く感謝された。


 その後安藤さんはプロデューサーさんに呼ばれてしばらく待機している様に言われたので、スタイリストさんや他のスタッフさんにも挨拶しておく。ただ私の撮影が終わっただけで他の撮影はまだまだ残っているので、スタッフさん達もバタバタしているので邪魔にならない様に余裕のありそうな人達だけにしておいた。


 話が長引いているのか安藤さんが戻ってこないので、備え付けられている休憩用の椅子に座ってぼんやりしていると、私より年上の女の子4人に声を掛けられた。


「ちょっと、話があるんだけど」


 リーダーなのか一人だけちょっとだけ前に出た少女にそう言われて、私は首を傾げる。そのまま続けて話があるのだろうな、と待っていると少女が焦れたように声を荒げた。


「さっさと立ち上がりなさいよ、あっちに行くよ」


 マネージャーにここで待つように言われているので、と断ったのだが無理矢理に手を引かれて建物の影に引き込まれる。ドンと押されて建物の壁に背中をぶつけている間に、おそらく他の人に見えない様にだろうが私を囲むように立つ4人。


「あんたねぇ、なに隼人はやとくんに色目使ってんのよ。ベタベタ引っ付いちゃってさぁ」


「そもそも何で無名のあんたが隼人くんと写ってんの? 本当ならカヨの仕事だったはずなのに」


 威圧する様にそんな事を言ってくる彼女達だが、私には全く理解できなかった。ちなみに隼人くんとはさっきの撮影で兄役をやってくれてた男の子である。4年生か5年生ぐらいで確かに将来イケメンになりそうな子だが、まさかこんな風に威嚇してくる同業者のファンまでいるとは思わなかった。


 隼人少年の事はどうでもいいが、他人の仕事を奪ったかの様に言われるのは納得できない。こちとら芸能界のスキマを埋める便利屋だぞ、代役を引き受けた事を感謝されこそすれ非難される謂れはない。


「ちょっと待ってください、わたしはそのカヨって人は知らないですけど、彼女の仕事を奪ってなんかいません。事務所に代役のオファーが来たんです」


「……それは知らないけど、でもあんたが引き受けなかったらそのままカヨが参加できてたかもしれないじゃん」


 は? ごめん、言ってる意味がわからない。雑誌側がそのカヨさんの代役を探してるって事は、見つからなかったとしてもカヨさんを使うつもりはなかったのだろう。そもそも撮影に参加できなかった理由がカヨさんの意向なのか、それとも雑誌側の意向なのか。それすらもわからないのだから、私に責任を押し付けられても困る。


「あのですね、皆さんもプロのモデルとしてここに来てるんですよね? 私は今回初めてモデルとしてお仕事しましたが、お金をもらう以上は依頼してくれた人達に満足してもらえる仕事をする事以外はまったく頭にありません。隼人さんに関しても、特に何とも思っていません。私の仕事について指導してもらえるなら聞きますが、そんなしょうもない話をこちらに持ってこられても困ります」


 そういう文句は撮影を依頼している雑誌側にどうぞ、と言葉を結ぶ。子供相手に大人げないと言うなかれ、プロとしてギャラをもらう以上は子供も大人も関係ないのだ。これは私のポリシーではあるけれど、別に他人にそれを押し付けるつもりはない。ただし、相手が私にくだらない干渉をしてくるというのなら話は別だ。


 私の見た目は非常に貧相でちんちくりんな女子小学生だが、中身はおっさんだ。言いたいことははっきり言うぞ、と語気を強めて言い返した。そうしたら相手の女の子達もまさか多勢に無勢なこの状況で、自分達に反論するとは思ってもみなかったのだろう。少したじろいだ様子を見せる。


 でもここからどうするかなぁ、人数はもちろん腕力でも当然勝ち目はない。『逆上されて殴りかかってこられても困るな』と考えていたら、どうやら他のモデルの子だろう。囲まれているので姿は見えないが、落ち着いた感じの声が聞こえてきた。


「あんた達、そこで何やってんの? もう撮影始まるんだけど」


「まどか……行くよ、みんな」


 リーダーっぽい子が今にも舌打ちしそうな言い方で吐き捨てるようにそう言うと、4人は撮影現場の方へと戻っていく。少女の壁が取り払われて視界がひらけると、どうやら先程の声の主なのだろう。黒髪ロングヘアの整った顔立ちの女の子がいた。


「あ、あの。ありがとうございました、助けてくれて」


「別に助けたつもりはないんだけどね。あいつらとは同じ事務所だから、問題起こされると次から仕事が入りにくくなるし」


 小学6年生、もしくは中学生ぐらいだろうか。まどかと呼ばれた少女はそう言って小さくため息をつくと、面倒くさそうにこちらに歩いてきた。


「ああいう輩はこの業界あちこちにいるから気をつけなね。まぁでも、あいつらはしばらくどこの現場も呼ばれなくなるだろうけど」


「……?」


 言葉の意味を理解できていない私に、まどかさんは気怠げに言葉を重ねる。


「さっきの話に出てたカヨって、あんたと同じぐらいの年の子なんだけど、仕事場に来ても遊んだりしてばかりでちゃんと仕事しなかったんだよね。でも可愛いって周りには褒めてもらいたい、チヤホヤされたいって自己顕示欲ばっかり強い子で……まぁ、モデル業界ってさっきの4人を含めてそういうヤツが結構いたりするんだけど」


「つまり、そういう態度が原因で干された?」


「前の仕事場で我慢の限界に来たクライアントの人が怒鳴りつけたらしくてね、案外狭い業界だからそういう噂話はすぐに広まる。今回は新しく作る雑誌なのに、ケチが付くのを嫌ったみたいでキャンセル食らったみたいね」


 依頼してきた側が一方的にキャンセルするというのは理不尽な話に感じるかもしれないけど、彼女の身から出たサビなのだから仕方ないのだろう。所詮この業界では仕事を提供する側が強いのだ。


「今回は撮影に参加できたあの子達も、カヨと一緒にやりたい放題してたヤツらだから次回から呼ばれないと思うよ。あんたのマネージャーが呼ばれてるのも、多分今後もレギュラーで参加して欲しいって話をするためだろうし」


 そうなのかー、とまどかさんの話をふむふむ聞いていた私だったが、マネージャーのくだりで頭に『?』が浮かぶ。何故まどかさんは安藤さんがプロデューサーさんに呼ばれてるのを知っているのだろうか、それを尋ねるとまどかさんの頬が赤く染まった。


「べ、別にあんたの事を見てた訳じゃないんだからね! 撮影がスムーズだったし、新人なのにカメラマンさんの指示にもバッチリ応えられててすごいなとか、思ってないんだから」


 ツンデレか、と思いつつもこの時代にはそんな言葉は一般的ではなかったのでツッコまない。『ありがとうございます』と軽く頭を下げながらお礼を言うと、まどかさんの頬が更に赤くなった。語尾がすぼんでいく様にぽつりと言うまどかさんを見て、最初はクールな感じかと思ったけど案外可愛い人なんだなぁとそのギャップに好感が湧く。


 そう言えば自己紹介してなかったなと思って名乗ると、まどかさんは頬を赤く染めたまま『朝倉まどか』と名乗り返してくれた。さっきの4人とはどう頑張っても仲良くなれそうにはなかったが、まどかさんとなら仲良くなれそうだなと直感的に思う。『長い付き合いになればいいな』と心中で願いながら、よろしくお願いしますと頭を下げた。


 その後すぐに安藤さんが探しに来て、まどかさんに挨拶してから帰途につく。心配させるのもどうかとは思ったが、前々から報連相は徹底する様に安藤さんから言われている。なので車中でさっきの出来事を話すと、安藤さんは少し怒った様な表情をしながら私の顔や体を手で撫で回して怪我がないかどうかを確認してきた。その怒りはあの4人へ向けられた物が大半だろうが、安易に彼女達に着いていった私に対しての物も少しは含まれるだろう。怒られる前に反省の弁を告げておく。


「……本当に反省してるのかしら、この子は!」


 安藤さんが突然そんな風に声を上げて、私に飛びかかってきた。車の後部座席に並んで座っている状態では逃げ場はなく、私はあっという間に捉えられくすぐりの刑に処されてしまう。本気で怒っている訳ではなく、彼女なりのタレントとのコミュニケーション手段なのだろうが容赦なく脇腹や首をくすぐられて堪らず無意識に声が漏れ出す。


 悶える際に安藤さんの胸に肘が当たって柔らかい感触が伝わってきたが、ドキドキしないどころかその膨らみに羨望を覚えてしまう自分に気付いて、なんとなく遠い目になってしまったのは別の話。

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