09――ちびっこ探検隊2


 窓枠の下にあるガレキをうまく足場にして、俺達は廃墟の中に降り立った。廃ガレージと言ったほうが正確かもしれない。


「足元にガラスが散らばってるから、気をつけてね」


 なおとふみかにそう言いながら、周囲を見回した。薄暗いガレージ内は冷たい空気で満たされていて埃っぽく、少しすえた臭いが鼻につく。


(この状態だとネズミとか小動物の死体ぐらいは、転がっててもおかしくはないな)


 ペストとかってネズミが媒介するんじゃなかったっけ、マスクとかも持ってきたほうがよかったなぁと思いながらもハンカチを口元に当てる。


「すーちゃん、きもちわるい? だいじょうぶ?」


 なおがこちらを心配そうに見ながら言うので、小さく首を振って大丈夫だと答えておく。その傍らではしゃいでいる男子がふたり、こいつら人生楽しそうだなぁと少しだけ羨ましくなる。


 大人になるにつれて知識が増え、どんどん恐怖の対象になるものが増えていく。子供の頃は平気で触れていた虫が触れなくなったり、衛生的に不安がある場所には近づかなくなる。


 そういう意味では体がどれだけ若返ったとしても、俺はもう二度と純粋な子供に戻る事はできないのだろう。それが少し寂しくもあり、逆に有り難くもある。だってもう虫とか触りたくないし、できれば近寄りたくもない。そう思うと現世は男子ではなく女子でいられる事は僥倖だった。


 男子ふたりに先導されながら、その後ろを俺達3人が付いていく。道中にう◯このついたブリーフやボロボロになったエロ本が落ちていて、予想通り人の出入りがあった事を物語っていた。


 チラチラとおっぱいを丸出しにしているお姉さんが写っている表紙を男子がチラ見しているが、武士の情けだ。ツッコまないでおいてあげよう、俺も前世の小学生時代に友達と一緒に河原に落ちてるエロ本でリビドーを発散させたものだ。気持ちは痛いくらいわかる。ただ俺達は小学校高学年だったから、小学校2年生での性の目覚めは少し早すぎる気がしないでもないが、それはひとまず横に置いておこう。


「あー、ゆうくんといっちゃんがえっちなほん見てるー」


「ばっ、ばか! そんなもんみてない!」


 からかう様に言うなおに、裕次が顔を赤くして反論する。何故か俺とふみかの方を見て『見てないからな!』と重ねて言い訳するので、とりあえずふみかと一緒に頷いておく。なんだろう、ふみかの事が好きなのかな? 好きな子にエロい奴だと勘違いされたくない男の子の気持ち、わかるわかる。


 しかしこうして改めて女性になってから同性のえっちな画像を見てみると、特に何も感じないものだなぁ。かと言ってその隣に立っている男性の裸を見てもこちらも何とも思わないので、今の俺は性的には非常に中途半端な立場にいるのだろう。これが思春期になった際にどうなるのか、怖さ8割好奇心2割といった感じだ。


 わちゃわちゃと戯れている裕次となおを横目に、ちゃっかりこちらに逃げてきていた一平と俺の腕にしがみついているふみかと一緒にゆっくりと奥へと進んでいく。


 廃タイヤが5本ぐらい積み上げられているところを崩さない様に進む、10トントラックのタイヤが降ってきたら今の俺達などひとたまりもなく潰れてしまう。ホイールがついていないので多少は軽減されるだろうが、それでも60kgぐらいはあるのではないだろうか。


 そろそろ小窓からの光も届かなくなってきたので、リュックから懐中電灯を取り出して点灯する。明るくなったらボロボロの衣服やジュースやお酒の空き瓶・空き缶などが転がっている様子がさっきよりよく見えて、なんというかさっさと帰りたい気持ちが強くなってきた。


「おい、あっちはゴミすくないぞ! もしかしたらオレたちが最初かもしれない」


 裕次がそう言って先頭に立って進み出すと、乗り気の一平となおがテンション高めに後に続く。完全に洞窟とか探検してる気分なんだろうな。明らかに鉄筋の建物なんだから、俺達が足を踏み入れるのが最初な訳あるまいに。でも誰だって子供時代には自分で考えた設定になりきるごっこ遊びをした経験があるだろう、なので空気を読まないツッコミは入れない。在りし日の自分を見せられている様で、なんというか恥ずか死にしそうだけどなんとかこの羞恥に耐えなければ。


 足元に気をつけながら俺達も後に続く、確かに奥の壁に近づくに連れてゴミは目に見えて減っている。地面にはホコリが積もっているし、ここしばらく人が立ち入った様子はなさそうだ。


 奥まで行くと大人ひとりが通れるぐらいの通路が隠れており、その奥には銀色のよく事業所などに備え付けられている簡素なドアが見える。あくまで予想だが昔はその向こうに事務所とかがあったのだろう、もちろん今は空き地になっているので薄汚れたガラス部分からほんの少しだけ太陽の光が差し込んでいた。


 ただその前には木箱や雑多なものがいくつか積まれていて、ドアには近づけそうもない。やっと帰れそうだなと思っていたら、やんちゃ坊主がとんでもない事を言い出した。


「これだけだとつまんないから、せっかくだしなにかたからもの持ってかえろうぜ!」


「えー、だってここゴミしかないよ?」


 裕次の言葉になおが即座に嫌そうな声で言った。ナイスだなお、この機を逃さず諦めさせるために俺も言葉を続けた。


「そもそも、ここから何かを持っていったらわたし達が泥棒になっちゃうよ。イヤでしょ、牢屋に入れられるの」


「何でドロボーになるんだよ、だれも住んでないじゃん!」


「あのね、確かにここは空き家かもしれないけど、法律的には持ち主がいるの。そこから勝手になにか持って帰って来たら泥棒になっちゃうでしょ?」


 わかりやすく説明したつもりだったが、どうやらあまりピンとこなかったらしい。裕次だけでなく他の3人もきょとんとしている。うーん、なんて言えば通じるだろう。


「例えば、ふみかのおうちはお父さんとお母さんが建てたから、ふみかの両親の物だよね?」


「……うん」


「ふみか達がお引越ししても、他の人に売らなかったらそのおうちはふみか達の持ち物でしょ? 誰もいない家だからって他の人が勝手に入って、中の物を持って帰ったらどうなるかな?」


「それ、ふみか達のものなんでしょ? だったらドロボーだよ!」


 仮定の話なんだけど、なおがぷんぷんと怒りながら言った。それからしばらく何かを考えるようにして、ハッと気付いた様子で言った。


「ホントだ、わたしたちもドロボーになっちゃう」


 慌てた様な様子で周りを見回すなおと同様に、男子ふたりもバツが悪そうな顔でこちらを見ている。ふみかは少し不安そうな表情で、俺にすり寄ってきた。


「ついでに言うとここに勝手に入っちゃってるのも不法侵入っていう犯罪になっちゃうから、誰かに見られないうちに早く帰ろ?」


 犯罪、という言葉の響きにビビったのか、男子ふたりが早足で我先に出ていこうとする。『おいおい、俺が守ってやるとか言ってたのに先に逃げちゃうのかよ』と呆れた気持ちになりつつも、なおとふみかを促して俺達も彼らに続く。


 持ってきたアイテムは懐中電灯と軍手しか使わなかったけれど、誰も怪我せずに済んだ事の方が喜ばしい。少年ふたりにとっては成果もなくつまらない探検だったかもしれないけど、廃墟でも勝手に入っちゃダメなんだという事を実体験として学んでもらえたという点は成果と呼んでもいいかもしれない。


 まだ母と約束した門限までは時間があるので、残りの時間は高おにとかかくれんぼをして子供らしく遊んだ。団地の公園で偶然会ったクラスメイト達も巻き込んだので、楽しい放課後を満喫したのは言うまでもない。




 ただこの話には続きがあって、えっちな本が気になったのか他の理由があるのかは知らないが、再度裕次と一平を含めた男子7人組があの廃ガレージに侵入したらしい。しかし今度は近所の大人達がその姿を見ていたらしく、7人はお縄になり保護者や先生達からきついお説教をされたそうだ。


 その時に俺やなお達の名前を出さずに隠し通したあたりは偉いとは思うが、俺があの場でした話は彼らの心には響かなかったらしい。なんとなくそれが悔しくて、もっと他人に伝わる話し方を考えないといけないなと改めて思った。

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