08――ちびっこ探検隊1
「探検?」
午後から授業がない水曜日のお昼休み、あとはもう掃除をして帰るだけというタイミングで、なおが『探検に行こうよ!』と声を掛けてきた。
「ゆうくんといっちゃんが行こうって。せっかくだからすーちゃんとふみちゃんもどう?」
ゆうくんは
一平は中学卒業まで一緒に机を並べた仲だが、裕次の方は小学4年だったか5年だったか定かじゃないが、転校してしまったのであんまり覚えてない。こうして1年と少し見てきた印象だと、たまにイタズラをして女子を泣かせる以外は、どこにでもいるやんちゃな男子という感じだ。
「場所は? どこに行くって言ってた?」
「えっと、団地のちかくの箱みたいなところ」
なおが答えた場所は、多分うちの小学校に通ってる子達なら誰もが知っている場所だろう。建設会社の社宅団地が立っているすぐ横にある、元々は大型トラックのガレージだった場所だ。
10トントラックぐらいの大きさでも入るように建てられたそのガレージは、トラック4台が駐められる様になっているのでかなり広い。シャッターが閉まっているので普通なら入れないのだが、調光用の小窓があって今は窓枠もなくなりぽかんと小さな穴が空いている。体が小さな子供なら楽に入れるし、細身な人なら大人でも通れるかもしれない。
ただあそこ、外から中を覗き込んだ事があるのだが非常に乱雑に散らかっているし、足元にはガラス片が散乱していて危険だったりする。この時代の子供用の靴って底がペラペラなので、俺はともかく他の子が怪我でもしたら大変だ。
「……こわいの、やだな」
俺の隣にいたふみかが、小さな声でそう呟いて俺の服の裾をぎゅっとつまんだ。確かに暗いし埃っぽいし、子供から見たら下手なお化け屋敷よりも怖いかもしれない。
「ふみかもこう言ってるし、わたしもあんまり……」
怖がるふみかを理由にするのも申し訳ないが、ここは行くのをやめさせるのが大人の判断だろう。明らかに行きたそうな顔をしているなおの機嫌を損ねないように、やんわりと告げる。
「なんだよ、せっかくさそってやってるのにコシヌケばっかりか!」
「これだからおんなはダメなんだよなー」
俺の言葉を遮るかの様に、生意気そうな声が耳に飛び込んできた。そちらに視線を向けると、さっき名前が出てきた裕次と一平がイラッとする様なニヤニヤ顔でこちらを見ている。
肉体的には同年代でも精神は大人な俺としては別になんとも思わないのだが、残念ながらこちらには負けん気の強い女の子が一人いる。
「行けるもん! わたしたち、コシヌケじゃないもん!!」
自分と友達である俺とふみかが馬鹿にされたと察したのか、なおが吠える様に答えた。その様子を見ながら脳内で『できらぁ!』とアテレコしてみたりしたのだが、残念ながらこの時代にインターネットのネタとしてわかってくれる人はいない。まぁこんな事を考えているのは、この先の展開が読めてしまって現実逃避をしているからに他ならないのだけど。
この後はもうおわかりの通り、二人に挑発されたなおがそれに乗っかって、俺達も一緒に探検ごっこに向かう事になった。それぞれ違う理由からだが、行きたくなかった俺とふみかは顔を見合わせると諦めるようにため息をつく。なんとなくふみかとの心の距離が更に近くなった様に思えたのが、唯一の救いかもしれない。
それから掃除の後、詳しく集合時間と場所を決めてから一旦解散した。言うこと聞かない子供を連れて廃墟への引率かぁ、行きたくないなぁ……。
制服から私服に着替えて、髪を後ろで簡単にまとめる。うちの母は朝の忙しい時に自分の手を煩わされるのを極端に嫌う人なので姉は強制的にショートカットにされてるが、俺は自分で髪を梳かしてそれなりのレベルでまとめる事ができるので、長い髪のままでいる事を許されている。
女の子としてオシャレをしたいのはわかるが、5分10分を争う朝の時間帯に今日はあの髪型がいいと我儘を言われる母の気持ちを考えると、姉よりも母に対する同情の気持ちしか湧かない。
それはさておき、現在の俺の髪は背中の真ん中を少し越えるぐらいには伸びており、ポニーテールにしたり後ろで大雑把にまとめたり、前世でくるりんぱと呼ばれていた髪型にしたり色々とアレンジを楽しんでいる。ちなみにくるりんぱとはゴムでまとめた髪を適当に半分に分けて両サイドに引っ張り、その間に尻尾の部分をくるんと通すという簡単な割におしゃれな感じに仕上がるまとめ方だ。
普段なら面倒だからワンピースあたりを身につけるが、今日は廃墟に行かなくてはいけないのでなるべく動きやすい服という事で厚手の長袖Tシャツにパンツルックだ。リュックサックにタオルや軍手、絆創膏や塗り薬などを入れていく。必要ではないかもしれないが、万が一誰かが怪我をしてしまう可能性だってある。備えあれば憂い無し、無駄になってもいいのだ。
あ、そうだ。暗いだろうから懐中電灯も持っていかないと。LEDなど存在しない時代なので、うちの懐中電灯はとにかく大きい。それをリュックサックの空きスペースに無理やり詰め込んで、今度こそ準備完了だ。
「遊びにいってきまーす!」
「どこに行くのー?」
「なおとふみかと一緒に外であそぶの!」
「5時までには帰ってきなさいよー」
はぁい、と返事をして玄関から飛び出す様に出発する。洗濯場にいる母とのやり取りなので少し声が大きくなったが、お昼だから近所の人も許してくれるだろう。というか、このアパートの住人は夜だろうがお構いなしに騒がしいので、お互い様だと思うことにしよう。
それから駄菓子屋さんの前を通って住宅地をぬけて、団地の方へと歩いていく。自宅の近所だから顔見知りばっかりで、いつもより膨らんだリュックを背負っているからか、おばちゃん達がみんな不思議そうに声を掛けてくる。それを曖昧に笑ってやり過ごして、やっと集合場所である団地の公園へと到着した。
既に俺以外の全員が到着していて、なおとふみかがぶんぶんと手を振っている。さっき解散する前にアドバイスしたからか、二人の手には少し古ぼけた毛糸の手袋がはめられていた。なおはピアノ、ふみかは絵と手を使う習い事をしている。間違って怪我でもしたら習い事を休まないといけないし、何より二人が痛い思いをするのを見たくない。
本当は軍手がよかったのだが、どうやら家になかったのだろう。なのでその場合は汚れてもいい手袋を持ってくるように言ったのだが、どうやらちょうどいいものがあったようだ。
男子二人にも同じアドバイスを言ったのだが、付けていないところを見ると持ってこなかったのか、それともポケットにでも入れてるのか。まぁいい、一応忠告はしたのだから、あとは怪我をしようとどうなろうと本人達の責任だ。
「なんだよその荷物、おもくねーの?」
「まぁいいじゃん。お前らは俺達のうしろにいればいいよ、しかたねーからまもってやる」
合流した俺にやんちゃ坊主ふたりはいっちょ前の事を言って、先導する様に歩き出す。俺も後を追うように足を踏み出すと、両サイドから伸びてきた小さな手に両手が握られる。
負けん気で言い返したものの今更ながら怖くなってきたのだろう。ちょっとだけ怯えた様子のなおと、対照的に全身で怖がっている事を表現している状態のふみかだ。
手を握っただけでは足りないのか、そのまま自分の胸へと俺の腕ごと抱え込むふたり。ものすごく歩きにくいのだが、振りほどきでもしたらそのまま腰を抜かしてしまいそうなので、そのままにして歩き出す。
こうして男子だけが乗り気なはた迷惑な探検隊が結成され、小さな冒険が始まるのだった。
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