06――ヤキモチ


「すーちゃん、こっちでおはなししよー」


「さんすうおしえてー」


「……すーちゃん、おしっこ」


 どうしてこうなった。とりあえず、そこでモジモジしてる子はさっさとトイレに行ってきなさい。もしかしたら赤ちゃん返りだろうか、このままだと教室の床掃除が大変になりそうなので、まとわりついてた他の子をやんわりと離して、先に彼女をトイレに連れて行く。


 何故こんな状況になったのか、という原因は薄々とはわかっている。現世で女の子になった事が理由なのかはわからないが、どうも他の子の世話を焼いてしまう性質が強くなっているのだ。


 この子みたいにトイレに行きたいのを我慢してる子に気付けばトイレに連れていき、体育の授業で転んで怪我した子がいれば保健室まで同行し、算数の授業で足し算引き算がわからない子がいれば教えながら一緒に勉強する。まぁ懐かれるわなー、と今更ながらに自らの行いを反省するが、気がつくと勝手に世話を焼いている自分がいるのだから仕方がない。もしやこれが母性なのだろうか、前世で父性すら感じた事がなかったからわからんが、育ちきって凝り固まったアラフォーの自意識にまで影響を及ぼすとはなんと恐ろしい。


 それとは別に『前世でこれだけ女の子に囲まれてたら』なんてハーレム願望が一瞬頭をよぎるが、前世では皆と同じで小学1年生として懸命に頑張ってた俺には、他のクラスメイトを気にかける余裕なんてなかったのだから、こんな状況になる訳がない。


 ちなみに女子だけじゃなく男子もたまに寄ってくるのだが、今はまだ1年生なので特に他意もなく可愛がれる。けれど明らかに自分より身長が高かったり体格が良い子は本能的な恐怖なのか、ちょっとだけビクリと体が震える。うちの父親はスキンシップが少ない方だから助かっているが、もし成人男性にいきなり抱っこされたりしたら反射的にビンタしてしまうかもしれない。こちらは恐怖からではなく、主に嫌悪感が原因で。


 現在の自分が女性である事は理解もしてるし納得もしているけど、だからと言って『はいそうですか』と男性だったという前世や自意識を変える事はできないし、異性だからと恋愛対象を男性にする事は簡単にはできない。以前から人柄に惚れ込んで男性にも憧れにも似た感情でドキリとする事があった為、もし現世でもそういう人物に出会えた場合は男性であっても恋をする確率はゼロではないかもしれないが、現状では全く考えられない。可能性ゼロだ。


 むしろ今はまだ女性に対してドキドキしてしまう事の方が多く、若いママさんにぎゅーっと抱きしめられたりすると、その感触の柔らかさに顔が火照ってしまうのだ。もちろんクラスメイトに対してそんな事は思わないけど、10年後に同じ状況になったら多分ドキドキしちゃうんだろうなとは思う。いや、そんな状況にはならないだろうけれども。


 そんな事を考えながらもついでなのでトイレを一緒に済ませ、教室に戻ってくる。すると今度はむぅ、と頬を膨らませて『私達不機嫌です』と態度で示すなおとふみかがいた。


「ど、どうしたの、二人とも?」


 その柔らかそうなほっぺを軽く突ついてみたい衝動に一瞬駆られるけれど、そんな事をしたら更に不機嫌になりそうだから自重する。


「だって、さいきんすーちゃん他の子とばっかりはなしてる」


「……わたしたちがいちばんのおともだちなのに」


 あ、これ面倒くさいヤツだ。前世からずっと思っているのだが、どうして女子はやたらと友達に順番や優劣をつけたがるのだろうか。もちろん俺も前世では親友とそれ以外ぐらいのカテゴリ分けはしていたが、女子は不思議なほど厳密に順番をつけようとする。


「えっと、そんな事ないよ?」


「学校おわってもあそんでくれないし」


「4ねんせいのひとと、としょかんであってるのをみた」


 なんだか会話が浮気の追及みたいになってるけど、こういう場合はどう返せばいいのか。人生で女性と接する機会もほとんど無く、アラフォーまで純潔を守ったおじさんには難しすぎる問題だ。


 けれどもやましい事は何もないし、ここは普通に返すしかないだろう。


「ええー、二人とも遊べたなら誘ってくれたらよかったのに」


「だって、ならいごととかもあったもん」


 あくまで誘ってくれたら遊べたのにと消極的な責任転嫁をぶつけてみると、むくれたなおが拗ねながら答えた。ふみかも隣でこくりと頷く。どうやら遊びたい気持ちはあれど、やはりそのための空き時間はなかったらしい。そりゃそうだ、遊べる時間が少しでもあれば、二人とも我先にと誘ってくれているだろうし。


 遊びたいのに遊べないもどかしさからの行動。この子達も本当はわかっているのだ、別に友達が増えたところで、俺の中の二人の価値が下がったりなんてしない。ただ寂しくて、甘えているからこんな態度なのだろう。だとすれば。


「じゃあ、今度三人とも予定のない日に遊ぼ……ねっ?」


 言いながら、そっとふたりの手を握る。こういう場合、きっと言葉よりも人肌の体温の方が説得力を持つんじゃないだろうか。ぷにっとしているふたりの柔らかい手の感触を指で感じていると、戸惑いながらも握り返してくれた。ちょっとだけ照れたような笑みを浮かべるふたりを見られて、ホッと安堵のため息をつく。


 もしかしたら甘やかしてる様に見えたり、俺に対する依存癖を強めている様にも感じられるかもしれない。もしもそんな問題が起こったら、ふたりの将来のためにもそれなりの対応を取らないといけないだろうが、今はただこんな風に楽しそうに笑っていてほしい。強くそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る