04――小学校入学

 両親がどんな話を姉としたのかはわからないけれど、姉の態度が若干ながら軟化した。あからさまな無視を止めて、挨拶ぐらいなら交わす様になったのは大きな一歩だと思う。


 ただ、だからと言っていきなり普通の姉妹の様にと馴れ馴れしくするのも、再び姉の態度を硬化させる可能性があるので、ここは慎重にいきたい。


 そんなチュートリアルステージのマインスイーパーみたいな毎日を過ごしながら、俺は幼稚園を卒園し、小学校に入学した。


 前世で卒業する時に見たら『案外この校舎って小さかったんだな』と感想を抱いた物だが、再び新入生として訪れてみると非常に大きな学校に見える。身長差による見え方の違いが興味深い。


 入学式で真新しい制服に身を包んだ新入生達が辿々しく行進する様子は非常に可愛いのだが、自分もその中の一員である事を考えるとなんというか微妙な気分になる。


 俺達の学年は全体で60名ぴったり、30人ずつの2クラスに分かれる事になる。この町には小学校が2つあって、俺達の母校は山側の子供達の為に開校したので、どちらかというと規模が小さい。


 町の中心にある学校の方は倍ぐらいの人数がいて、中学校に入学した時に人の多さにびっくりした覚えがある。


 せっかくなので友達と同じクラスになりたいなと思っていたら、望み通りなおとふみかの二人と同じクラスになれたので非常に幸先がいい。懸念があるとすれば担任の先生だろう、前世での担任は山村先生という20代後半の先生だったのだが、彼女に対しては非常に苦い思い出がある。


 図工の時間に野菜の絵を描くという冷静に考えると謎な授業があったのだが、もちろん見本も用意されておらず児童それぞれが記憶頼りに描いた結果、小1で親を呼び出されるという仕打ちを受けた。


「お母さん、息子さんと一緒に買い物に行ったことはないんですか!? かぶの色は紫ではなく白です! 今度ちゃんと実物を見せて教えてあげてください」


 母もまさか絵に塗った色のせいで呼び出されたとは思っていなかったのだろう。きょとん、とした後で気圧された様に頷いていたのをよく覚えている。しかし、確かにオーソドックスなかぶは白だが、世の中には紫色のかぶも存在するのである。当時はインターネットもなく知識を得るには本を読んだり自発的に調べたり、テレビでたまたま知ったりする事が多かった。おそらく先生は紫色のかぶの存在を知らなかったのだろう。だが、そうやって自分が知らない事を間違いだと決めつけるのはどうなのか、と感情的なしこりが残った出来事だった。


「それではここで、それぞれのクラスの担任教師をご紹介します」


 そんな事を考えながら長々と続く来賓祝辞だの校長の祝辞だのをやり過ごしていると、進行担当の教頭の声が体育館に響いた。壇上に二人の女性が上がり、深々と礼をする。


「1年1組の担任を務めます、神田亜紀かんだあきです。1年間、楽しいクラスを作りましょう! よろしくお願いします」


「同じく1年2組の担任を努めます、木尾真由美きおまゆみです。勉強も遊びもみんなで楽しめるクラスにしていきましょう! よろしくお願いします」


 自己紹介と抱負を聞きながら、前世の担任だった山村先生がいない事に驚きを隠せない。しかし、前世と違うというならここに男性から女性になった上にタイムスリップして、人生をやり直してる人間がいるのだ。俺の存在がもしかしたら影響して担任の人選が変わったのかもしれない。


 今後もきっとこんな風に前世と違う出来事が、良くも悪くもたくさん起こっていくのだろう。なるべく良い風に変わってくれたらいいなぁと思わずにはいられない。


「すみれちゃん、いくよー」


 ぼんやりしていた俺の体を揺すりながら、隣にいた女の子が声をかけてくれた。この学校に入学するのは、引っ越して来た人以外はみんな同じ幼稚園で一緒だった子達だ。この子は好き嫌い無く誰とでも仲良くなれる性格の子で、松本優子まつもとゆうこちゃん。名は体を表すということわざを体現しているかの様な優しい少女である。


 立ち上がって差し出された小さな手に自分の手を重ねて手を握ると、逆隣の女の子とも手をつなぐ。本田瑠里子ほんだるりこちゃん、もちろん彼女とも友達だ。


 保護者や先生、在校生からの拍手に背中を押されるように、みんなと一緒に並んで歩きながら体育館を出ていく。1年2組、松田すみれの小学校生活がいよいよスタートした。




 うちの小学校は基本的に班で集団登校する。班分けは住んでいる地域でされるので、残念ながらなおとふみかは違う班だ。


「それじゃ、行くぞ。1年生はちゃんと手を繋いでもらってなー」


 先導役の6年生がそう声を掛けると、振り返って歩き出す。それに続いて他の皆も2列になって後に続いた。俺は車道側に立った4年生の男の子に手を繋がれて、一緒に歩いていく。


 ちなみにこの男の子が裏に住んでいる幼なじみのまーくん、正孝まさたかお兄ちゃんである。歳が3つ離れてるので小学校以外では殆ど接点はなかったのだけど、コンビニですれ違ったりするといつも声を掛けてくれたのでそれ程疎遠にもならなかった。


 こちらでも朝のジョギングにも付き合ってくれるし、本当に面倒見のいい人である。今も背が低くて歩幅の狭い俺を気遣って、声を掛けてくれている。


「すー坊、大丈夫か? しんどかったらちゃんと言えよ」


 うん、と笑顔で言うと、照れた様に笑い返してくれる。ちなみにすー坊とは、彼の家族が俺に付けている呼び名だ。どうやら彼の家では他所の子供には名前の後に坊を付ける慣習があるらしく、姉も月坊と呼ばれている。前世でもそうだったから特に彼らに他意はないのだろうが、たまに通りがかった知らない人が呼ばれて返事をした俺を二度見したりするのが面白い。


 後ろの方で同級生と話している姉は、もちろん俺の方には近づいてこない。まーくんも何となくうちの姉妹仲の事は察しているのか、無理に仲良くさせよう等とは考えずに静観している様だ。


 月曜日から土曜日までの週6日、こんな感じで毎朝学校に徒歩登校している。週休二日制の導入はいつ頃だっただろうか、早急な導入が待たれるところだ。


 学校に着いたらなおやふみか、友達付き合いをしてくれる子達と挨拶。1学期はお花係に任命されているので、週に1回は職員室に行って先生が用意している花を受け取り、教室に備え付けられている花瓶に生けたりもする。恐らく何かを飼い始めたらお花係から生き物係に変わったりもするのだろう。


 小学校1年生の1学期としては、非常に穏やかな雰囲気でスタートが切れていると思う。授業中に席を立ったり騒いだりする様な子もおらず、皆しっかりと先生の話を聞いている。恐らく集中力を切らさないように、授業内容や質問のタイミング等を考えて木尾先生が授業をしているおかげなのだろう。なんとなくだが努力の跡の様なものが感じられた。


 さすがに小学校1年生の学習内容で蹴躓つまづく事はないけれど、前世での学校の授業では『勉強させられている』という意識が強く、前向きな気持ちで参加した事がなかった様に思う。だから現世での学生生活においては、勉強を楽しむ事を目標に頑張るつもりだ。


 ただあの頃は何とも思わなかったけど、大人としての意識がある状態で受けると『おやっ?』と意味を考えてしまう事もある。例えば音楽の授業だ。


 各学年で最初の音楽の授業では、教科書の一番後ろのページに校歌が書かれたプリントを糊付けする事から始まる。そのページに書かれているのは君が代で、そう言えばうちの小学校では式典では日の丸を掲揚しないし、国歌斉唱もない。前世はもちろん、この間行われた入学式にもなかった。


 結果として中学卒業まで同じ方式で学生生活を送ることになるのだが、困ったのは高校の入学式だ。これまでなかった国歌斉唱をいきなり告げられ、何もわからないままにオロオロしながら、最終的に口パクでその場をやり過ごすという事態に陥るのである。他の同級生がどうだったかは知らないが、実際に俺は陥った。


 色々な思想や思惑でそうなったのだろうからこの教育方針の是非はともかくとして、俺としては知らない事が世間知らずみたいで恥ずかしかったのでちゃんと教えて欲しかったと当時からずっと思っている。


 そんな感じで一部の授業には色々と思うところはあるけれど、全体としては学校生活を満喫している。特に体育、かけっこたのしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る