03――家族会議
全然記憶になかったけど、お泊り会や運動会など幼稚園って色んなイベントがあるんだなぁと過ごしていたらいつの間にか2年の月日が経っていた。4月には小学校に入学するので、卒園を控えた俺達は制服の採寸のために、現在トルソーの様な扱いを受けている。
前世では生まれてから殆どの時間を太っている状態で生きてきたので、制服は採寸するまでもなく別注――特別注文の略――だと宣言されていたものだが、現世では違う。
元々両親の食生活がズボラというか、インスタント多めだったのでカロリー過多だった。恐らくそれが太る体質を作り上げる基礎となったのではないかと考え、その事を鑑みつつ食べる量を調整しているし、アパートの裏に住んでいる幼なじみのお兄ちゃんに朝ランニングに同行させてもらったりと自己管理に余念がない。ちなみにこのお兄ちゃん、前世ではお嫁さんと舅さんの仲が悪く板挟みに合って精神的にボロボロになってしまうのだがそれはさておき。
母親にサンプルとしてハンガーに掛かっているブレザーを着せてもらったのだが、現世の俺は110cmに届かない小柄な部類に入るので、120cmサイズでも大きくて袖から手がまったく出てこない。それでもすぐに大きくなるだろうし、縫って詰めればいいんだからこれでいいか、と母が納得しかけたところで洋服店のおじさんから待ったがかかった。
おじさん曰く、今はブカブカでも女児は成長が早く、何回も買い換える必要が出てくる。制服は結構なお値段がするし、他にも体操服など必要な物が多く出費が嵩む。どうせ詰めるのなら思い切って140cmサイズぐらいを買ったほうがいいとの事。
この洋服店は地域に1店舗しかない制服取扱店だ。おそらく毎年新入生の様子を見ているだろうし、その後誰が新しい制服を買いに来ているのかも把握しているはず。それを考えるとおじさんの言は一理あるのだが、140cmのサイズになってしまうともはや制服に着られているというレベルを超えて酷く不格好だと思うのだが。
何度も言っているが、我が家は貧乏である。その貧乏な我が家の家計をやりくりしているのは母で、その母がおじさんの買い替えが少なくて済むという一言に引き込まれてしまった。特に姉が別注サイズですでに買い替えが必要かと検討する程に縦にも横にも伸びている現状、母が割安で済ます方法を選ぶのは仕方ないとも言える。例えそれで俺が不格好さや少々の不自由を感じたとしても、致し方ない犠牲だと考えるだろう。
試着してあまりの不格好さに鏡の前で唖然としてしまったけれど、大人達の『すぐに大きくなる』という魔法の言葉によって、そのまま購入が決定してしまった。
前世で嫌と言うほど実感していたはずだったが、現世でも齢6歳にして改めて思い知ってしまった。やっぱり大人は理不尽だ。
その日の夕方、仕事から帰ってきた父も含めた家族4人で夕食を食べて、食器を台所に運んだ後に父からリビングに集まる様に言われた。
いつもならそれとなく姉と俺の位置を離す両親だが、今日は姉の隣に座る様に指示される。正面には両親、向かい合う様にして座るという事は心当たりはないけれど、何か叱られるのだろうか。
「
大きな声を出した訳でもないのによく通る声を持つ父が、姉の名前を呼ぶ。びくりと肩を震わせて姉が小さくはい、と返事をした。姉もわかっているのだろうが、現在の父は説教モードだ。前世での子供時代はなるべく父に叱られたくなくて、出来る限り父の顔色を窺いながらビクビクと怯えて生活していた。しかし姉はそんな父に逆らってよく言い争いをしていて、その良し悪しは別として『度胸あるなぁ』と感心したものだ。
「お父さん達も時間をおけば、お前の態度が変わるだろうと思ってしばらく様子を見ていた。しかしお前のすみれに対する態度は収まるどころかひどくなる一方だ。お前ももう3年生になるし、すみれも小学校に入学する。いい機会だと思ったからちゃんと話をしようと思った」
なるほど、両親的にもこのままの状態が続くと姉の精神的な成長に悪影響だと考えたらしい。
グッ、と黙り込む姉を急かす様子もなく両親が見つめる。私もチラリと横目で姉を見るが、邪魔をするのは本望ではないので視線を外して、両親にぼんやりとした視線を向けた。
「……名前がきらい、だって月子よりすみれの方が可愛いもん」
ぽつり、と姉が理由を零す。するとせき止めていた物が外れたかの様に、姉の口から次々に理由が飛び出した。
「私より可愛い顔なのも嫌い、痩せてるのも嫌い、背がちっちゃいところも皆から好かれているところも全部だいっきらい!」
叫ぶ様に言った後、姉の瞳からポロポロと涙がこぼれ始める。母が立ち上がって、タンスからタオルを取り出すと姉にそっと手渡した。
しばらく姉の嗚咽だけが部屋に響き、気まずい空気が流れる。決して『それはあんたが勝手に抱えてるコンプレックスであって、私は何もしてないでしょうに』だの『それで無視されて嫌われるのって、私からしたら馬鹿らしくない?』だのとは言ってはいけない。ここは俺が出しゃばって無駄に喧嘩を売るよりも、両親に諭してもらった方が丸く収まるだろう。
「今のお姉ちゃんの言葉を聞いて、すみれはどう思う?」
しかし、動揺していたのか返す言葉が見つからなかったのかはわからないが、母がここで俺にキラーパスを出してきた。両親も考えをまとめるために時間稼ぎをしたいのかもしれないが、6歳児にこの空気の中で発言を求めるのは辛い。中身がおっさんじゃなかったら、黙り込んでしまっただろう。
本当に言っていいのか、と目で母に問いかけると、母はこくりと頷いた。じゃあ、少しだけ本音を言わせてもらうか。正直なところ、子供とは言え姉の態度には少しイラッとしていたのだ。
「んーと、なんか思ってたのと違ったかな」
「違うって、どんな風にだ?」
父に問い返されて、俺はそちらに視線を向ける。
「わたしが何か悪い事をしたからお姉ちゃんに嫌われてるんだと思ってたけど、そうじゃなかったから。わたしにできる事はないし、どうしようもないなって思った」
「どうしようもないって……っ!?」
自分のコンプレックスを軽く扱われたのが気に食わなかったのか、姉が激昂しようとするが、負けじとこちらもじっと姉の事を見つめる。いつもならこちらが気を使って引くところなのだが、今日は引き下がらない。
「逆にお姉ちゃんはどうして欲しいの? 今言ったわたしの嫌いなところって、わたしがどうにかできる? 顔も背も痩せてるのも生まれつきだし、わざわざみんなに嫌われる様な事もしたくないし。だからわたしは何もできないし、どうしようもないでしょ? 何か間違ってる?」
前世ではどちらかと言うと舌が長い方だったのだが、現世では逆に舌っ足らずになったのかたまに辿々しい言葉遣いになるのが玉に瑕だ。あと変に難しい言葉とか現在ではあまり使われてないカタカナ言葉を使わない様に気を使いながら言葉を続ける。
「……確かにすみれの言うとおりだな。月子、今お前がすみれに対してやってる事を何て言うか知っているか? 理不尽って言うんだ」
「そうね、確かに今の月子は理不尽ね」
父の言葉に、母が頷きながら同意する。俺が言える事は言ったし、ここから先は親の仕事だ。両親も説得の方針が固まったのか、ここからは俺がいない方がいいと判断したのか、母が俺をリビングから連れ出して寝室の方へと移動する。
部屋の中から出ない様にと言ってリビングに戻る母を見送り、俺は敷いてある布団にコロンと転がった。両親も姉もだけど、もっとしっかりして欲しい。祖父に買ってもらった大きなぬいぐるみを自分の方に引き寄せて抱きまくらにしながら、思わずため息をついた。
話が終わるのを待っていたらいつの間にか眠ってしまった様で、気がつくと朝になっていた。歯磨きを忘れてしまったな、と虫歯になりたくない俺は軽いショックを受けていたのだけど、どうやらほぼ眠っている俺をうまい事操縦して母が磨いてくれたらしい。
幼稚園の制服に着替えてリビングに行くと、小学校の制服を着た姉が先に朝食を食べていた。そう言えば昨日の話し合いはどうなったんだろう、と少しだけ疑問に思いながらも、いつも自分が座っているところに座る。
「……おはよう」
いつもは無視がデフォルトな姉が、気まずそうにこちらに挨拶してきた。あまりに意外だったので思わずびっくりして姉の方を見ると、プイっと反対側へと顔をそらす。
どうやら両親はうまく姉を説得できた様だ。昨日少し話しただけでそれ程大きな変化はないだろうけれど、少しずつでも普通の姉妹の様に接する様になれればいいなと思う。そんな気持ちを込めて、俺は姉に挨拶を返すのだった。
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