02――なおとふみか
あれからも姉とのギクシャクした関係は特に変わらず、俺はなんとか幼女に擬態しながら日々を過ごしている。
前世では姉にも母にもどうしても消化する事ができないルサンチマンを抱いていた。いや、もしかしたら今もあっちの家族を恨んでいるのかもしれない。特に俺が病む環境を作った母や普段は仕事ばかりでこちらには一切関わらず、気に入らない事があれば強権を振るって力尽くで言う事を聞かせ続けた父には殺意すら覚える。
けれども、こちらの家族にはまだそこまでの事はされていない。姉の行動だって子供の可愛い嫉妬心から起こるものだろうし、母だって時折言い方にイラッとする事もあるが、前世の自分より年下なのに子供を二人も育てるのは大変だろうなと同情心が先に立つ。
せめて負担掛けない様にしなきゃ、と現在も布団を敷いて寝込んでいる母を見ながら思う。そう言えば小学校高学年になるくらいまで、母は週に1度ぐらいの頻度で寝込んでいた事を思い出す。
その度に『お母さんはいつ死ぬかわからないんだから、自分で何でも出来るようにならなきゃ』と言われて、後半よりも前半の母が死ぬという言葉のインパクトの方が強く響いて、反抗期に入るまではいつも母の死に怯えていた。あれは控えめに言ってもタチの悪い呪いに近い物だった。子供心には家族の一番底辺の存在として強要され、抑圧され、搾取され続けていたと思っていたのだが、こうして大人の視点を持って過去を眺めると、父はともかく母の気持ちは理解できてしまう。その程度には俺も大人になってしまったのだろう。
ちなみに姉は俺がいる時はなるべく近くに寄ってこなくなった。自分は俺に対して苛々して睨みつけて敵対心を顕にしているのに、相対する俺はどこ吹く風といった体で受け流すものだから、自分ばっかり意識しているのが馬鹿らしくなったのかもしれない。妹の存在などまるで無かったかの様に無視する方向に行動がシフトしていた。
ただし狭い家だし子供のやる事だから、食事は一緒のテーブルで食べるし、寝る時は同じ部屋というガバガバ加減だ。でも姉にとってはきっと真剣なのだろうし、何とか関係を改善して普通に楽しく暮らせる様にしてあげたいと思うのだが、如何せん今の自分は幼女なのだ。何を言っても説得力など皆無だろうし、妹から諭されるなどプライドの高い姉からすれば許せない事だと言うのは容易に想像できる。
まぁ子供の粗相を正すのは親の仕事だろう。転生してきたからと言って、周りの人間を皆ハッピーにしてやろうなんて傲慢極まりないし、そんな面倒な事はしたくない。
あくまで自分自身の幸せを目指す。決して幸せの押し売りをしたい訳ではないのだから、ちょこっと余裕ができたら大事な人達にも幸せのお裾分けがしていければいいなと思う。これを今回の人生に向けての座右の銘としたい。
現在4歳である俺が日中に何をしているかと言うと、基本的には月曜から土曜日までは幼稚園に通っている。
この町の制服は何故か紺色推しで、公立の学校に進学すると中学校までは同じ様な制服を身にまとう事になる。蛇足だが小学校はブレザーと半ズボン・スカート共に紺色だが、中学校ではスラックスとスカートは明るい灰色になる。
残念ながら幼稚園の時の事などほとんど覚えていないので、何か不測の事態が起こった時が不安だなぁと思っていたのだが、考えてみればこれからの人生は行き当たりばったりの連続だろうしそれが当たり前なのだ。皆に等しくハプニングは訪れる、それを楽しめるぐらいの心の余裕を持たないと、今回の人生も様々な圧に潰されて終わってしまうだろう。
「すーちゃん、ドーン!!」
そんな事を考えながらぼんやりしてると、後ろからものすごい衝撃を受ける。無邪気なその声でぶつかってきたのが誰なのかを理解しながら、その子が怪我をしない様に少女の下敷きになりながらドテッと床に転がる。
「なお、急にぶつかってきたら危ないってば」
俺の上で輝かんばかりの笑顔で笑っている幼女に嗜める様に言うが、ぶつかって来た本人はどこ吹く風。輝かんばかりの笑顔でキャッキャと笑っている。苦笑いを浮かべながら起き上がろうとすると、今度は前から控えめな衝撃が。
「……わたしも、どーん」
ぽつりと呟く様な声と共に、自分と同じくらいの体格の子供がぽすんとぶつかってくる。最初のぶつかり稽古の様な衝撃に比べると対照的で、その子の性格を表しているかの様だ。
幼女二人に挟まれてサンドイッチ状態という、前世ではお金を払ってでもやってもらいたい人もいただろうが、残念ながら俺にそういう性癖はない。ましてや今は自分も幼女であり、友達として慕ってもらっているという嬉しさはあるけれど、どちらかというと今はしがみつかれて重たいので離れてほしいという気持ちの方が強い。
ちなみに最初にぶつかってきたのは
前世でも幼なじみだった二人だったが、あちらでは中学校入学ぐらいまでしか付き合いはなかった。異性という事もあり思春期になって付き合いがなくなったのもあったし、部活でそれぞれの交友関係ができたのも大きかったかもしれない。
あとなおの方は中学時代に問題を起こして、卒業を待たずにこの街を去っていったという記憶がある。中学に入ってからすぐにガラの悪い先輩達と連む様になり、受験で忙しくなった中学3年の秋頃に妊娠が発覚したのだ。俺は噂話でしか知らないので今となっては真実はわからないけれど、相手は不良仲間の高校生ですったもんだと揉めた挙げ句に、結局堕胎してこの町を去ったと聞いた。
平成末期であれば学生の立場も比較的強くなっていたから彼女も色々なケアを受けられただろうが、残念ながら昭和の常識がまだ色濃く残っている平成初期の話だ。彼女を見る世間の白い目は想像を絶するほどに厳しかっただろう。今思い返すと自業自得な部分はあるがとても可哀想だとも思う。
奔放ななおとは対象的に、ふみかは現在のおとなしい感じのままの読書が好きな文学少女に成長した。勉強も出来て派手さはないが整った容姿を持ち、密かに多数の男子から人気があった事を覚えている。
今は無邪気に笑っている二人がこの後どういう人生を歩むのかはわからないけれど、その時に友達としての付き合いがあるならば嗜めたり苦言を呈するぐらいはしたい。こういう風に言うと上から目線で自分でも感じが悪いなとは思うが、自分の意思を親や環境によって捻じ曲げられることが多かった俺としては、それがどんな結果になったとしても自分の気持ちを大事にして自らの進む道を決めてほしいと思うからだ。もちろんその選択が幸せに繋がればいいなとは強く思う、現在の二人は可愛くて好ましいし、子供らしくない俺とも仲良くしてくれる優しい子達なのだから。
なおとふみかのおかげで、他の級友達ともうまくやれていると思う。木を隠すには森にという訳ではないが、子供らしくないと自覚している俺がこうして幼稚園生活を満喫できているのは、騒がしく日々を過ごす幼稚園児の中に埋没できているからだ。
先生からすれば一人でぽつんと佇んでたり他の子からいじめられていたりする子供は気にかける対象になるが、俺の様に仲良しの友人がいて他の子供とも二人を介して遊んだりできる子供はそれ程心配せずに大らかに見守れる、比較的安全な園児にカテゴライズされる様だ。
それどころか最近では、手持ち無沙汰な時に泣いている子を慰めたり、あんまり皆と仲良くできてない子を遊びに誘ったりしている内にクラスのリーダーに近い位置にいると思われているフシがある。
結果的に忙しい先生のフォローになっているのは別に構わないのだが、意図的に雑用とか押し付けようとするのはやめてほしい。せっかくお手本がたくさんいるのだ、別に幼女界でてっぺんを獲るつもりはないが、知らない人に見られても不審に思われない程度には自然な幼女の振る舞いを身につけたい。
なおとふみかの二人と手を繋いで、絵本を読んだりお絵かきをしている女の子グループへと混ざりに行く。人間観察のスキルが上がりそうだなとふと思った。
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