最終章 エピローグ:魔獣人国のその後

 ジェンシャン魔獣人国が建国してから早20年が経過した。


 その間灯の封印が解けることは無く、彼は未だに巨大なクリスタルの中で眠っている。




「ここもだいぶ国らしくなってきたな」




「そうね、建物も沢山出来てきて立派なものよ」




 ジェンシャン魔獣人国の首都アカリ、ここでは多くの獣人族が暮らし、生活の拠点となっていた。




 魚人族やその他特別な環境下でしか生きられない種族を除き、ほとんどの住民がこの首都に集っている。


 その1番の要因は、街の中心にある巨大な教会が理由であった。




 教会内には灯の封印されているクリスタルが祀られており、獣人族達は毎朝欠かさずそれを拝んでいる。


 いつの間にか灯は神格化され、神と同じ存在へと祭り上げられていたのだ。




「もうあしらの力も必要なさそうぜよ」




 魔人達の助け無しに立派に暮らす獣人族の姿を目にし、カイジンはもう自分達の力は必要ないことを悟る。




「えぇ、そうですわね。そろそろわたくしも海へ帰ろうかしら」




「俺は昔からあいつらと暮らしてきたからな。ここで暮らして見守っていくつもりだ」




「私もここに居る。ご飯あるし」




 カイジンの言葉を受けてシーラ、ガンマ、ドロシーの3人はそれぞれ今後の方針を口にした。


 シーラとガンマは元から居た場所に残ることにし、ドロシーも食べ物目的で街に滞在する。




「あしも空へ帰るとするぜよ。シンリーはどうするのだ?」




「私は……、ここに居たらダーリンのことを考えていつも泣いちゃうから、森へ帰ることにするわ」




「そうか……」




 灯が封印されてからも、シンリーは獣人族の為にと尽力してきた。


 しかし、毎夜彼女が灯の前で涙を流していることをここに居る4人は知っていたのだ。


 そして4人もシンリーと同じ気持ちを持っていたせいか、彼女の言葉に影響されて悲しみが溢れてくる。




「よっし!それじゃあ皆、これからはバラバラに生活するだろうが、何かあったらお互い助け合うことだけは忘れんなよ?」




「うん」




「分かってるわよ」




「もちろんですわ」




「承知したぜよ!」




 湿っぽい空気を振り払うようにガンマが明るい口調で声を掛ける。


 それに全員が返事をしたのを確認すると、少しの間目を合わせた後、静かに解散していく。




 こうして、ドロシー、シンリー、ガンマ、シーラ、カイジンの5人は灯に導かれて新たな世界を創造した後、各々の道を歩んでいくのだった。






















 ――
























 魔人達がそれぞれ指針を決めて歩み始めた頃、獣人族でも様々な決まりごとが作ら始めていた。




「さて、ではこの国において最も栄誉であり、重要な使命である、魔王様の住まう教会の管理者を決めようではないか」




 魔獣人国の住民は集会の為に教会前広場に集まっていた。


 この日は街の長やその他重要な役職を決める大事な会議の日であり、魚人族など普段街に居ない種族も多く集まっている。


 これまでは住居などのインフラを整えるのが忙しかったが、ようやく生活の基盤が完成したのだ。




 そして今、最初の役職決めでこの国において最も重要な、教会の管理者を決め始めるところであった。




「はい!私がやります!」




「いえ、私にやらせて下さい!」




「ダメよ私がやるんだから!」




「わわ、私も、やりたいです……!」




 議長を務める兎人族族長ジェイの声に反射的に名乗りを上げたのは、ラビア、ネイア、アイラ、セーナの4名であった。


 今では灯を知らない世代が多く産まれている中、彼女達は相も変わらず灯のことを慕っている様子である。




「あなた達も変わらないわねぇ」




 他の獣人族がドン引きする程の熱意で立候補するラビア達に、姉のレイアはやれやれと呆れていた。




「お姉ちゃんは黙ってて下さい。私は普段から魔王様のお世話をしていたんだから、この役職を務めるのは当然のことですよ」




「そんなのはここに居る皆も一緒よ!」




 教会が出来る前からラビア達は灯を讃え、お供え物をし、クリスタルが汚れたら磨いてきたのだ。


 そうした努力をしていることを他の者も知っているからか、彼女達以外に立候補する者は居なかった。




「まぁ、お前達4人で管理者を務めるのに問題は無いだろう。だが、それだと次の世代へ繋ぐことが出来なくなるからな……」




「うっ……」




 獣人族は昔から世襲制が主流であり、親の仕事を子が引継ぐのが一般的である。


 だからこそ、もし彼女達が教会の管理者になるのなら、そこだけが問題であった。


 なぜなら、ラビア達4人はもれなく現在進行形で独身だからだ。




「せめてお前達の誰か1人でも結婚していれば、何も問題は無かったんだがな」




「何を言うんですかお父様!私は魔王様に一生の愛を誓ったんです、今更他の男と結婚など出来るはずがないでしょう!」




 ジェイの言葉はラビア達の逆鱗に触れてしまったらしく、次の瞬間には鬼のような剣幕で胸倉を掴まれていた。




「分かった!分かったから落ち着いてくれ……!」




 ジェイは怒りを露わにするラビア達のに慌てて謝罪をし、どうにか事なきを得る。




「しかし、お前達はそれでいいかもしれぬが、その後の世代はどうするつもりなのだ。管理者が居なくなれば困るのは魔王様だぞ?」




「それは、その……」




「お姉ちゃん、どうするのよ……?」




「うぅ、それは困るよ」




「ど、どうしましょう……」




 ジェイの最もな意見に、4人は何も言い返すことが出来ず押し黙ってしまう。


 そんな、先のことを考えていなかった娘達の反応にジェイは重いため息をつきつつ、ある提案をした。




「ならば、お前達4人を管理者として認めよう。その代わり、数人の子どもを教会に預けることとする。お前達は教会を管理すると共にその子達も育成し、将来の管理者として世代を繋げ」




 この20年間、事故や病などの影響もあってか獣人族も孤児が増え始めていた。


 だからそういった子ども達を教会で育て、将来の管理者とさせるという考えである。




「お父様、ありがとう!」




「やった!これで魔王様とずっと一緒に居られるー!」




「なるほど、ラビアのパパもやるわね!」




「あ、ありがとうございます……!」




 ジェイの考えに不満を漏らす者は誰もおらず、こうしてラビア、ネイア、アイラ、セーナの4人は教会の管理者として任命されたのだった。




「さて、では次にこの国の長達を束ねる新たなリーダーを決めよう」




 獣人族達は事前にガンマら魔人から、隠居の話を聞いていたので、ガンマの引退にあたって新たな獣人族のリーダーを立てることにしたのだ。




「これは各種族の長から決めることとする。誰か候補者は居ないか?」




「おうよ」




 ジェイがそう言い終わると、猫人族の長であるアッシが挙手してきた。




「おお、アッシか。そなたがリーダーに立候補するんだな」




「いや、そうじゃねぇ。俺にはリーダーの器はねぇからな。だからジェイ、俺はお前をリーダーに推薦するぜ」




 アッシは自身がリーダーになるのではなく、現在議長を務めているジェイを推薦してきた。


 その答えは予想していなかったようで、推薦されたジェイは目を見開いて驚いている。




「いや、しかし私にリーダーなど務まるか――」




「わしもジェイを推薦しようとしていたところじゃ」




「私もです、というかあなた以外に私達を束ねられる者などこの場には居りませんよ。よろしくお願いしますね」




 ジェイは自分には無理だと降りようとしたが、それを言い切る前に犬人族の長ガロンと狐人族の長キーナがそう発言してきた。


 他の長達は獣人族も同調するように強く頷き、次第に盛大な拍手が巻き起こりだす。




 この場にジェイをリーダーとして認めない者は、誰一人としていなかった。




「わ、分かった。……ゴホン!では改めて、私がこの国のリーダーとして前に立たせてもらう!」




 住民に背中を押された形で、こうしてジェイは魔獣人国のリーダーに就任した。




「では次に魔獣達との連携に関してだが、我々の間を取り持つ相談役にはテュポン様、エキドナ様夫妻にお任せしようと思う」




「了解した」




「えぇ、任せてちょうだい」




 この役職に関しては、エキドナ達と族長とで事前に相談して決めていたものをこの場で発表した。


 この国では魔獣も大切な仲間である為、エキドナ達のように人の言葉を扱えるものが間に立つことになったのだ。




「補佐としてイーとイルも協力してくれる。何か困ったことがあった際は彼らを頼りにするように」




 人造魔獣であるイーとイルも人の言葉を話すことが可能だが、2人は普段森で生活しているのでエキドナ達の補佐となった。




「では次の役職に移ろう――」






 こうして獣人族達は、魔獣人国という新たな世界で平和な暮らしを順調に実現していったのであった。


 人間に害されることなく、魔獣と獣人族が思いのままに暮らす、灯の理想とした世界がここにある。




















 ――




















 そうしていつしか、数百年の時が過ぎた。


 教会で眠る灯は未だ目を覚ますことはなく、魔獣人国を誕生させた神様として長きに渡る世代に崇め奉られている。




 そんな教会では、最近ある噂が流れていた。


 時折真っ白な美しい体毛を持つ小竜が真夜中に現れては、クリスタルの前で悲しげな鳴き声を上げているという。




 しかし、その姿を見たことがあるものはほんの数人で、信じる者は少なかったそうな。


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たまたまドラゴンを拾ったら異世界に迷い込んでしまったので、魔獣を仲間にしながら乗り越えます 雨内 真尋 @amahiro36

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