デートは続くよ。



 ショッピングモールを歩く、二人の選ばれし者が居た。


 トータルで二万円も掛かってない庶民的なコーデでありながら、輝かしいばかりのオーラを放つ二人の名前は、浅田次郎と浅田彩。


「次はどこに行く?」


 観衆の視線をほしいままにする二人は、ユニプロで買った服をそのまま着てデートを続行していた。


 せっかくのデートなのに、行き当たりばったりごめんなと苦笑いする次郎に、彩だけでなく周囲の女性も胸を撃ち抜かれた。


「ふふ、あなたと一緒ならどこだって良いのよ? 今度は優ちゃん達も連れて来ましょうね」


「はははは、そうしたらもっと騒ぎが大きくなるな」


 どれだけ感覚を鈍くしたとて周囲の変化は顕著であり、次郎も流石にコレは自分達が原因だと分かっていた。


 しかし、次郎は家族の中で一番の人気を持つのが優子とナイトだと思っているので、自分が及ぼす影響がそう大きくないと誤認している。


 実際のところ、女性同士で票の取り合いが発生しない唯一の男性である次郎は一人で女性票を奪い尽くしているし、世の中の頑張るパパさん層からの応援もあつい。


 仮にごく単純な人気投票をした場合、恐らくナイトと接戦を演じるほどの人気になっている。


 本人は知らぬ事だが、もう既に人気過ぎてパッパ×ナイト、そしてナイト×パッパと言う本の薄さに比例して罪が深い書物すら生まれている。


 なんなら、擬人化ナイトと人型パッパバージョン、犬型ナイトと人型パッパバージョン、擬人化ナイトと犬型パッパバージョン、犬型ナイトと犬型パッパバージョン等々、バリエーションが豊富にある。もちろん受けと攻めの矢印も双方向にバリエーションがあるので、もはや一大ジャンルとすら言える規模になってる。


「それよりあなた、聞きたいことがあるの」


「どうした?」


「あなた、尻尾はそれどうしてるの?」


 現在、次郎も彩もユニプロのスタッフに激推しされたコーディネートをそのまま着てる。何故なら着てくれるなら割引すると言われたから。


 彩は白いシフォンワンピースでシンプルに可愛く纏められたコーデに落ち着き、しかしユニプロのスタッフは女性が多かった為に次郎のコーデは戦争が起きた。もちろん次郎の預かり知らぬところで、視線と視線でスタッフ同士が殴り合いをしていたのだ。


 結果、下はグレーのストレッチジーンズ。上は黒のタンクトップにカジュアルな白いワイシャツを重ねてシンプルな物に決まった。と言うより、ユニプロにはシンプルなデザインの物が殆どだったので、違和感無くトータルコーディネートをするならこの様な形に落ち着くしか無かったとも言える。


 しかしながら、スタッフの情熱によって様々な仕込みが為されてる。例えば筋肉質な腕に捲られた袖は、次郎の腕が最もセクシーに見える腕捲り加減にされていて、この腕だけでご飯三杯は食べれる女性も居るだろう。


 更に腕を上げて服が持ち上がった場合は、ベルトバックルに引っ掛けるように持ち上がったタンクトップと、裾が絶妙な丈で選ばれたカジュアルワイシャツが同時に引っ張られて、これまた絶妙なへそチラが実現する。セクシーの権化である。


 ただ、常人であればそれだけで済んだコーディネートも、次郎は現在獣耳と尻尾を兼ね備えた夢のイケメンである。当然ながら、ジーンズをそのまま着用すると尻尾と干渉する。


「ああ、これはスタッフさんが穴を開けてくれたんだよ。流石に悪いから紅犬を解除しようかと思ったんだが…………」


 そう言われたスタッフ達は瞬時に結託し、「それを捨てるなんてとんでもない!」と次郎に詰め寄った。空想でしか存在しない犬耳イケメンをジーンズに穴が空いてない程度の理由で消されて堪るか。スタッフは魂を一つにした。


 穴の無いジーンズと犬耳イケメン。どちらかに手を加えるならば、考えるまでも無くジーンズだった。


「あらあら、人気者ね? お父さん♪︎」


 寄り添うように一歩近づき、隣を歩く次郎の腕に頭をこてんと乗せて寄り掛かる彩。身長差があるので肩には乗せられないが、彩にとってそんな事は些事だった。近くに居て、触れられる。そんな当たり前がどれだけ幸せな事か、娘に教えられた彩にはこれでも充分すぎる幸せだった。


「勘弁してくれよ。ここまで外見がアップデートするなんて思わなかったんだ」


「あら? 私が若返ってたのは見てたでしょう?」


「馬鹿言うなよ。お前はいつだって世界一綺麗で愛らしいんだ。ちょっとレベルが上がったくらいで俺の想いは変わらんさ」


「……もぅ」


 見ていた者は口の中が砂糖でジャリジャリしてる事だろう。特濃シロップで空間が汚染されている。


 女性は思った。あんな彼氏欲しぃぃいいいいッッ!


 男性は思った。あんな彼女欲しぃぃいいいいッッ!


 どれだけ綺麗になっても変わらず愛してくれる嫁。どんなに外見が変わろうともお前が世界一だよと本音で囁いてくれる夫。男女の夢が此処に詰まっていた。


 ショッピングモールに二人が現れた初期からずっと追い掛けてる剛の者はもう砂糖を摂取し過ぎて倒れそうになっている。糖尿病になったらきっと医者に「あの夫婦が悪いんです」と訴えるのだろう。だが無意味だ。


 これから何をしようか、相談しながら歩く二人は幸せを体現していた。これこそが蒼乃フラムが守りたかった物なのだと、フラムファンは理解するだろう。


「あら、優ちゃんからお電話よ?」


「向こうが終わったのか?」


 アイズギアを操作して着信を受けた彩は、そのまま腕輪型のガジェットを口の近くに持ってくる。あたかも時計で時間を確認でもする様に。


 通信端末でもあるアイズギアには当然、通話機能も存在する。無線接続可能なイヤホン等が有れば便利だが、無くても指向性スピーカーによって使用者に声を届ける事も出来る。今更ながら、アイズギアはかなり高性能な製品なのだ。


 だが彩はこの手の製品を少しだけ苦手としている。細かく設定が出来るのは利点だが、何を設定出来るのか分からないとそもそも操作出来ないのだ。


 だから彩は指向性スピーカーの設定方法がよく分からず、でも二郎にも娘の声を届けたいと思い、悩んだ結果普通のスピーカー通話に切り替えた。これなら近くに居る二郎にも声が届く。代わりに周辺に居る人々全員にも聞こえてしまうが。


「優ちゃん、どうしたのかしら?」


『あ、お母さん? こっち収録終わったからそっち行っても良い?』


「あら? どこに居るか分かるの?」


 子供達にはナイショのデートだったので、許可を貰ったらすぐにでも行くと言わんばかりの優子に首を傾げる彩だが、それを聞いた優子は吹き出す様にネタばらしをする。


『ふふっ、お母さん? 二人はもう少し自分の影響力とか考えた方が良いよ? ペイッターで二人を見たって呟きが溢れかえってるもん』


「え、マジかよ」


「あらあら、恥ずかしいわ……」


 今どき、有名人が道端を歩いていたらすぐさま呟かれる時代である。有名人にはプライベートすら無い時代をどう捉えるかは各々次第だが、次郎と彩にとっては恥ずかしい事であった。


『場所は分かるし、ナイトタクシーならすぐ行けそうだから真緒と一緒に行こうかなって。それとも、デートの邪魔をしちゃダメかなぁ?』


『ダメかなぁ?』


 優子のアイズギアから真緒の声まで聞こえて、彩は思わず顔が綻んだ。最愛の娘が二人、こちらに来ると言う。彩にも次郎にも、それを拒否する理由など無かった。


「ふふ、大丈夫よ? 四人でデートしちゃダメなんて事は無いもの。一緒にお出かけしましょ?」


「二人は昼飯食べたか? まだなら一緒に食おう。お父さん達は何食べようか悩んでて決められないんだ」


『まだー!』


『まお、ハンバーグたべたい!』


 次郎と彩は顔を見合ってから軽く笑い、「ファミレスにするか」と行き先を決めた。


 結局、どんなに稼いで有名になったとて、家族で気兼ねなく利用出来る場所がこの家族には一番素敵で楽しい場所なのだと二人は理解した。


 有り余る金を待っても、利用した店舗は庶民の味方であるユニプロで、これから行くのはどこにでもあるファミレスだ。


「まぁ、これが幸せって奴だよな」


「そうね。お金には替えられないもの」


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