下手なアイドルより。



「なぁ彩? そろそろ慣れてくれないか?」


「……でも、でもぉっ」


 娘二人がテレビに出てる頃、彩と次郎の二人は買い物デートに来ていた。


 未だにイケメンとなってしまった夫が慣れない彩は、優しい微笑みや苦笑を向けられる度にパタパタしてしまう。


 愛しい妻からそれほどに初心うぶな反応を貰えて満更でも無い次郎だが、それでも夫婦として普通の会話すら出来ない現在を寂しくも思う。


「だって、あなたのお耳、素敵なんですもの……」


「妻が犬耳属性を好むと初めて知った俺はどうすれば良いんだろうな?」


 ナイトに成りたいと願い、その結果として覚醒に伴って犬の因子を得てしまった次郎。正直なところ、その赤い犬耳は消そうと思えば消せるのだが、自らの願いが形となった物なので厭うつもりも無かった。


 周囲に奇異の視線を貰おうとも、これが家族の絆だと疑って止まない。


 実際のところ、何よりも目立つシンボルが頭と尻に生えてしまってるので即効身バレした上に、年齢問わず淑女の皆々様がソワソワしちゃってるだけである。


 家族の為に頑張り、命を張り、たとえ相手が竜だとしてもツケを払わせるお父さん。しかもイケメンで、若返り、実年齢からくる大人の落ち着きを持ちつつ、犬耳付き。


 そんなもの、主婦層だろうと娘層だろうとキュンキュンするし、少年や青年だって憧れてしまう。


 結果、デートする二人をチラチラチラチラと視線を送る人々が周囲に溢れていた。


 今現在、日本で一番カッコイイ人は誰かとアンケートを取れば、ダントツで一位を取れそうな程の人気になってるのが今の浅田次郎である。


 優子、真緒、彩の三人は可愛らしい女性という事もあって人気を三分にしてしまってるが、次郎はこの家族で唯一の男であり、票を奪い合う事も無い。


 もっと言うと、今現在が彩とのデート中で表情も柔らかく、彩自身も類稀なる美少女妻に若返ってる事から、お似合い過ぎて二人並ぶと相乗効果で三倍素敵に見える超常現象が起きている。


「そ、それより、優ちゃん達は大丈夫かしら?」


「心配ならアイズギアで見たらどうだ? 生放送なんだから確認出来るだろう?」


「でも、あなたとのデートなのに、スマホ見ながら歩くみたいな事はしたくないもの……」


「あ、彩……」


「あなた…………」


 ショッピングモールの一角が、もうなんか別の次元になってしまってる。


 名前を呼びあって見つめ合う二人は、まるでドラマのワンシーンだ。


「こうやってショッピングモールまで来てみたが、この後どうしようか?」


「ふふ、どうしましょうね」


 行き先が決まらない。ただそれだけの事すら幸せでにこにこする彩。周囲の男性客は釘付けだ。


「服でも見るか? お互いに若返ったから、合わなくなった服もあるだろうし」


「あら、選んでくれるの?」


「期待はしないでくれよ? この世のどんな服だって、お前の魅力を引き出しきってはくれないんだから」


 私もあんな事言われたい。周囲の女性客は魂の中でシャウトした。


 これでブランド物の服を買いにでも行くのがデートの定番なのだろうが、二児の親ともなればある程度は庶民的になり、世帯じみる。


 迷宮事変前ですら結構な稼ぎで家庭を支え、今では家族全員が銅級ダンジョン制覇者であり山ほどの金を持つ二人だが、選んだ店は庶民の味方ユニプロだった。


 後をこそこそ追い掛けてしまう一般人は少しがっかりした物の、十分もすればその考えも覆る。


「どうだ彩、似合うか?」


「あら、まぁ……♡」


 ただ、極々普通のワイシャツを試着して出て来た次郎を見た物は、男女問わずに胸が高鳴った。


 ダンジョンで鍛え上げられた無駄の無い実用的な筋肉がワイシャツを押し上げ、チラリと除く胸元が男の色気と言うものをムンムンに漂わせている。


 普段から一緒にいる彩でさえ頬を染めて両手をパタパタさせてしまうのだから、初見である一般客など卒倒物である。


 男性でさえ嫉妬の気持ちより先に憧れが来て、下手なアイドルに微笑まれるよりもトゥンクする。


「筋肉がついたせいで、今までのシャツはちょっとな……」


「素敵ですよ、あなた」


「ただのワイシャツなんだが……」


 その日、ユニプロへ偶然来ていた利用客は心を一つにした。


 ──ああ、カッコ良さと色気にはブランド力とか関係ないんだな。


 事実、今の次郎が着れば学生が授業で作った手縫いの課題服ですら映えるだろう。


「彩も選んだらどうだ? それとも、他の店に行くか?」


「ここで良いわよ。こんなオバサンがお高い服なんて着ても、見苦しいでしょう?」


「その発言は世間を敵に回すから止めた方が良いぞ、彩。それと、見苦しくなるのはお前の魅力を引き出せない服の方であって、断じてお前の事じゃない」


 隙あらばふわっと肩を抱いて見つめ合う二人に、追い掛けて来た利用客はお腹いっぱいだし、最初からユニプロに居た利用客は熱気に当てられて足取りがふわふわする。


 店員さえも二人を放っておく事が出来ず、既にオススメの服を…………、いや。二人に着て欲しい服を両手にダース単位で用意してスタンバイしてる。隙が出来たら突撃する構えである。


 今日のユニプロは、少しだけ売上が上がったそうな。


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