無視。



「ほら、起きなよ」


 トリプルに内包された最後の魔法陣、ヒーリングを両手で発動しながら滝谷を治療する。


 やはりジョニーズに選ばれるだけあって顔は良いのか、意識が無い状態のコイツは中々絵になってる。ベネチアンマスクがまた良い感じに雰囲気を出してるの笑っちゃう。


 喋らなければ良いのにって言う中身残念な人って割りと居るけど、コイツもまたその一人なんだろうと思うと、輪をかけて残念な奴だと思う。


「……んー、起きないな。連れ帰った方が良いかな」


「わぅ?」


 ナイトが「僕が運ぼうか?」と顔を出すけど、ナイトにハッピーヘッドを運ばせるの嫌だな。なんかしょーもない雑用を押し付けてる感が強過ぎる。


「まぁ、目が覚めるまで待ってみようか。武装の試用は此処でも出来るし」


 トリプルは試せた。ボルトガンも試して、新弾薬も試した。ベネチアンマスクも滝谷に使わせたから後で使用感聞こう。


 最後に残ったのは、今のところエッゼの下位互換たる大戦斧だ。


 この武器がエッゼに劣ると分かってても、だからって「じゃぁ要らない」と捨ておく訳にもいかない。


 だって研究所はこれを元にアップグレードを繰り返して、いつかエッゼを超えないといけないんだから、データ取りは大事なのだ。


 服はボロボロのビリビリだけど怪我はすっかり治った滝谷の傍に佇み、定期的にやって来るゴブリンを刻む。


「……今更だけど洞窟の中、大戦斧使いにくいな」


 洞窟の中は狭くないけど、かと言って長物を自由自在に振り回せるスペースがあるかと言えばそれも否だ。


 師範から教わったコンパクトな振り方で斧を使っていくけど、これはこれで鍛錬になりそうだ。


「………………んぁ」


「あ、目が覚めた?」


 試作斧にシールドを展開して大戦鎚代わりに使ってゴブリンをグチャった辺りで滝谷が起きる。遅いんじゃボケェ。ただシールドを使って斧を槌にするのは中々良い感じだった。今後は活用して行こう。


「……あれ、俺っ」


「気絶してたよ。どうする? 帰る?」


 私も粗方あらかたお試しは終わってるから、もう帰っても大丈夫だ。


「…………えっ、あれ、俺の怪我は?」


「治したよ?」


 まだ頭がハッキリしてないのか、いつものツンツン具合がなりを潜めて素直な感じで混乱してる滝谷。もしかして家だとそんな感じで猫被ってるの?


 ベネチアンマスクが邪魔で笑いそうになるけど、混乱されたままだと面倒だ。私は蒼炎で通路の片側に壁を作って少しばかりの時間を稼ぐ。


「て言うか、えっ、なに、お前その耳……」


「ほぇ? …………あぁ、ナーくんが私に憑依するとこうなるの」


 気が付くといつの間にか、私の頭に犬耳が生えてて、おしりでは尻尾がパタパタしてた。我ながら可愛いでしょコレ。


 フラム可愛いナイト可愛いを足したら可愛いに決まってるんだよなぁ! でも私より可愛い真緒の犬耳も見て見たい。ナイト、どうにか真緒にも憑依出来ませんかね?


「そんなことより、どうするの? 帰る? と言うか私は帰りたいけど、一人で残れる?」


「………………いや、帰る」


 まぁそうだよね。一人だったら気絶した時点で死んでるもんね。レベルが上がったとは言え、それだけでこの先は大丈夫だなんて自惚れられる訳が無い。


 何となく渋々といった感じの滝谷を促し、帰るなら帰ろうと端末を起動させようとしたら、ポケットに入れてたスマホがぶっ壊れてた。


 滝谷のスマホ画面はバキバキにひび割れ、あらゆる操作を受け付けない状態だ。もしかしたら操作自体は出来てるのかも知れないけど、画面が真っ暗なので何も分からない。


「ど、どうしよう……」


「だから言ったでしょうに。丸腰は舐めすぎだって」


「帰れねぇ……」


 滝谷の顔色が真っ青なのは、通路を塞いでる蒼炎に照らされたからじゃ無いだろう。


 こんな時にどうするかなんて、テレビでも頻繁に放映してるから滝谷も知ってるはずなんだけど、いざその時になると知識って以外と出てこないものだ。テンパってしまえば尚更に。


「私の帰還に便乗させるから大丈夫だよ。ほら、手を出して?」


「……あ、そっか。……………………すまねぇ」


「今度なんか奢ってよね」


 アイズギアを操作してさっさと帰る。一瞬の浮遊感を感じたら、次の瞬間には日暮れの下に居た。


「蓮ちゃんッッ……!」


 すると、帰りを入口で待ってたらしい滝谷の家族が、滝谷目掛けて猛ダッシュして来た。


「母さんッ!?」


「そりゃ自分の子供が丸腰でダンジョン入ったら慌てて駆け付けるでしょうよ」


 私が呆れ混じりに滝谷へ言えば、その時にはもう駆け付けた母親が滝谷を抱き締めていた。


 それで終わりかと思いきや、何故か滝谷の母親は私を睨み付け、大声で何かを喚き散らしてる。ヒステリック過ぎて何言ってるか全然分からないけど、どうやら私を糾弾してるらしい。


 ただ本当に何を言ってるのか分からないので、私はそれを無視して滝谷に声をかけた。


「じゃぁ、私はもう帰るから。月島さんにはちゃんと連絡するんだよ? これだけ元気なら番組出れるでしょ」


「えっ!? まっ、いまそれ!?」


 だってそいつ何言ってるか分からないんだもん。ヒス特有のパニックシャウトじゃん。仮に聞こえてても理路整然とした会話なんて望むべくも無いし。


 というわけで、ギャーギャーと喚き散らしてる女性を完全に無視しつつ、滝谷に「またね」と言って私は更衣室に向かって歩き出した。


 今日の晩御飯はカレーらしいので楽しみだ。早く帰ろう。


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