試用と戯れ。



 新装備のデータ取りがしたいと言われた私は、そのまま銅級ダンジョンまで来ていた。一人で。


 ダンジョンに一人で行かせないと言ってた家族も、全員が銅級ダンジョンを経験した事でこっちはフリーになった。


 依然として銀級は一人じゃダメと言われてるけど、銅級ならもう万が一も無いだろうって事らしい。仮に万が一があっても、ナイトが居るからね。万が一も億を超えて兆とか京になるだろう。


「さて、試しますか。………………ん?」


 代々木の銅級ダンジョンロビーは人が多く、平日の昼間だなんて少しも関係無い賑わいだ。


 更衣室を借りて着替えた私は銅色の鳥籠を前に装備の確認をしていると、なんか見覚えのある人物を見掛けた。


 トリプルをはじめ、武器や防具も研究所の新式を確かめながらその人物に近付くと、何やらブツブツと独り言を漏らしててヤバい雰囲気だ。


 多少はなのに人が近くに居ないのは、このヤバい雰囲気が原因だろう。


「…………えーと、ハッピーヘッド?」


「あっ!? 誰が幸せな頭だって!? …………ひィッ!?」


 名前すら忘れてしまったソイツは、クソガキハッピーセットのリーダーだった。ハッピーセットの頭だからハッピーヘッドね。


 まぁ幸せな頭してるのも否定しないけど。


「な、なんでお前が此処に居るんだよッ!?」


「こっちのセリフなんだけど? なんで素人が一人でダンジョン潜ろうとしてるの? こっちはアナタが潰れてるからって言われて番組参加を見合わせてるのに」


 ハッピーヘッドは振り返って声の主、つまり私の顔を見た瞬間に真っ青になって威勢が吹き飛んしまう。どうやら私の存在がトラウマになってるらしい。


「べ、別にお前には関係無いだろ!」


「え、いや、関係有るよね? アナタのせいで番組参加を見合わせてるって言ってるじゃん。ソロでダンジョンに潜れるくらい元気なら事務所にそう言いなよ」


 私だって未達成タスク残しとくの気持ち悪いんだから。さっさと終わらせたいんだよ。


 グローブを引っ張って着け心地を確かめながらジト目で見ると、ハッピーヘッドはバツが悪そうに目線を逸らした。


「て言うか、丸腰? 死にたいの?」


「う、うるせぇな! 未成年だから武器買えねぇんだよ!」


 ああ、そりゃそうか。私達浅田家の姉妹が例外なんだもんな。


 正確には未成年だから武器が買えないんじゃなくて、未成年だからライセンスの発行が通らないだけだ。


「自分のスペックのせいで忘れがちだけど、アナタ普通のジョニーズジュニアだもんね」


「悪いかよ!」


「いや、別に」


 ジョニーズジュニアはジョニーズの候補生みたいな扱いの人物が子供の頃からシノギを削って行く世界だけど、実のところ子供用って訳じゃない。


 余裕で20歳を超えてる所属アイドルだって居るし、今後は22歳までって年齢制限も加わるそうだけど、その後も継続するなら事務所と協議して許可を得れば続投も可能らしい。


 そもジョニーズジュニアとは、ジョニーズとしてデビューして無い人達の総称である。


 だけど、いやだからこそと言うべきか。やはり子供の内からって活動する場合も多いのだ。


 有名なところで言えば『荒らし』の皆さんとかまさにソレ。未成年の内からジュニアとして活動を続けて、今じゃジョニーズの看板を背負ってるグループの一つである。


「…………ああ、だからか。ジュニアから正式にジョニーズ入りしたくて我武者羅がむしゃらなんだね。それで自分の頭超えて有名になって行った私が気に入らないんだ」


「ッな!? ち、ちげぇしッ!」


 完全に図星と言った表情で顔を逸らすハッピーセットに、今までクソほどムカついてた気持ちが少し和らいだ。まぁそれでも依然としてムカつくクソガキには変わりないけど。


 目的があって、そこに辿り着くまでは手段を選ばない。その一点に関しては共感出来る。……その一点だけね。


「なら、一応教えといてあげるね。私を下げたってアナタが人気になる訳じゃないよ」


「うるせぇな! 分かってんだよそんな事!」


「分かっててやってるなら、アナタはただ性格が悪いクソガキって事になるけど」


「うるせぇって言ってんだろ!」


 頭に来て私を殴りたいけど、私が相手だと返り討ちに遭うと学んだハッピーヘッドはギリギリと拳を握るだけに留まった。おお、凄い進歩じゃないか。


「まぁ良いや。ほら、ダンジョンに潜るんでしょ? 早く行こうよ」


 私はクソガキの手を取ってダンジョンに向かう。研究所から直接来たから実はそんなに時間無いんだよね。夕食までには帰らないと。


「……な、はぁっ!? 待て待て、おまっ、一緒に行く気か!?」


 私の行動からその先を考えたハッピーヘッドが慌ててこの手を振り払おうとするけど、残念ながらステータス的に無理だ。私の手を振り解きたかったらレベルが足りない。


「はぁ、何言ってるの。当たり前でしょ? アナタを一人で行かせて死なれたら、私が何言われるか分からないじゃん。此処でこうして遭遇しちゃってんだからさ。周りを見てみなよ? 目撃者どれだけ居ると思ってるの?」


「えっ、あ…………」


 そう。私は此処でコイツに遭遇した時点で、コイツの面倒を見るのはほぼ確定なのだ。コイツを一人で行かせたら、多分そのままゴブリンにボコられて死ぬ。一人で来るなんてコイツはダンジョンを舐め腐ってるとしか言えない。


 お父さんだってミスったら死ぬって覚悟をして、身辺整理までしてから来てたんだからね? その事実を知った時のお母さんがどれだけ怒ったか知らないでしょ?


 なのに、お父さんみたいな丸腰で、お父さんほどの覚悟も無くソロプレイをしようとするなんて舐め過ぎてる。


 端末さえあったら帰還出来るとタカをくくってるのかも知れないけど、ゴブリンにスマホをぶっ壊されたら逃げれないんだからね?


 私がアタッカーやってて一番驚いてる事って、これだけの冒険を繰り返しても壊れないアイズギアの剛性だったりするんだよ。もちろん地上に帰る度にメンテナンスして貰ってるけどさ。


「ほら、良いから行くよ。どうせ右も左も分からないんでしょ? ああ、身バレすると面倒そうならコレあげるから被りなよ」


 もう既にロビーで大勢に見られてるから今更かも知れないけど、私は研究所で渡されたネタ装備「ベネチアンマスク風ヘッドマウントディスプレイ」をハッピーヘッドに被せた。


「ちょ、まっ……! 心の準備が……」


「ダンジョンの中は心の準備させてくれるほど優しいモンスターなんて居ないから」


 慌てるハッピーヘッドの手を引いて、私は強引にダンジョンホールにダイブした。


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