第28話 それはダメだよ、マクガイバー

ダンジョン情報誌「ダンジョン・メイツ」の記者、マッケインは先日、中級ダンジョンを見事踏破したパーティのリーダーであるマクガイバーについてインタビューしに来ていた。

彼のチームメイトや知り合いにインタビューした後に本人からもインタビューする予定で居た所、丁度、マクガイバーは後からやって来るらしく、周りのインタビューを先に済ませておけるとマッケインは喜んだ。



「あいつは、スケールのデカイ男さ。いつかどでかい事をやるとは思っていたが。」


そんな風に語るのはマクガイバー率いるパーティ「ビッグマン」が良く利用する酒場のマスター。彼はこんな風にも言った。


「とにかく考え方が普通じゃない。大きな男っていうのはああいうのを言うんだろうね。」


遠い目をしながらマスターはタバコを燻らせ、彼にそんな目をさせるマクガイバーの事を語り始めた。


「知ってるかい?蒸留酒ってのはアルコール度数が高いんで水で割ったりするんだが、店じゃ客を捕まえる為に色々なものを混ぜてカクテルとか作ったりする。でもあいつ、いくつかの酒を頼んだと思ったら『腹に入ったら同じだ』って言いだして度数の高い蒸留酒を割らずに飲み始めたんだ。後で水を飲むつもりだったんだろうが、結果はお約束通り、速攻で酔いつぶれて寝ちまいやがった。その時、俺は思ったね。『こいつはいつか何かやらかす。』とね。」



「マクガイバー?ああ、あいつか。俺は今でも信じられない。あいつがダンジョンを踏破するなんて。でも、心の中じゃ、ちょっとだけ期待してた。あいつは俺なんかとは考え方が違ったからな。」


そう語るのは、マクガイバーを知る中級冒険者。彼とも何度かパーティを組んだ事もあるらしく、マクガイバーのエピソードを聞かせてくれた。


「ミノタウルスって知ってるか?頭が牛の大男だ。そりゃもう獰猛で手が付けられない。そんなのは俺もどっか別の世界の話だと思ってたんだが、この間、出たんだよ。その時にだ。マクガイバーの奴、ミノタウルスを見るなり猛然と駆け出してさ。『ダメだ!マクガイバー!一人で前に出ちゃ!』とは言ったんだが心の中では『お、すげぇ。あんな化け物にも恐れずに率先して立ち向かってる。』なんて思ったものさ。でもさ、あいつその後どうしたか知ってるか?『俺と一緒に牧場経営しないか?』って言ったんだよ。向こうもいきなり友好的に話し掛けられて戸惑っていたのは今になったら笑える話だ。え?返事って?そりゃ『ブモォ!』に決まってるじゃないか。人語話せないんだから。マクガイバーの奴、見事に吹き飛ばされてたよ。綺麗なもんだった。それでも諦めずに『じゃあせめて鶏男とか知り合いに居たら紹介してくれ』とか言ってにじり寄ってたのはさすがだと思ったよ。ミノタウルスも謎の圧力に怖気づいて上手く動けなかった様で、お陰で多少の怪我だけで倒せたのは幸運だった。その後にマクガイバーに『なんでビジネスチャンスをダメにする!』とかキレられたのは呆れたけどな。あいつ、ミノタウルスが牛語も話せるって思い込んでたんだよ。牛語を話せるなら牛を飼うのも上手く行くとか言い出してさ。『その前に人語を話せないじゃないか』って言ったら『それくらいなら教えられるはずだ』なんて言うんだよ。『なら牛にだって人語教えられるだろう?覚えられねぇよ』と言ったら『そんなのやってみなくちゃ分からないじゃないか』だってよ。その諦めない姿勢には見習うべき所は確かにあった。」



「あいつは凄い奴さ。突然とんでもない事を仕出かすから見ていてヒヤッとする事もあるけど、あいつのやらかし・・・、ゴホン。あいつの挑戦でクリア出来たのもあるからね。」


マクガイバーのチームメイト、マリーはそう語った。何を思い出しているのかは分からなかったが、苦虫を噛み潰したかのような表情が印象的だった。そんな彼女は今までのマクガイバーの行動を語ってくれた。


「私達は幸運にも宝箱を見つけたのよ。でも不運だったのは、宝箱は池の真ん中の孤島にあった。それで良く見たら、池じゃなく沼だったの。底を調べようと棒を突っ込んだけど、全然底が分からなかった。だから底なし沼じゃないかと皆で答えを出したんだけど、底なし沼だって分かったからと言って、宝箱が取れるわけじゃなく、私達に飛行の魔法なんて使えなかった。目の前にお宝があるのに指を咥えて見ているだけなんて悔しい、って思ってたらマクガイバーがこう言ったの。『こんな事もあろうかと』って。」


そこでマリーは一度、何かを思い出す様に口を噤んでから溜息と共に続けた。


「あいつ。私達が期待に満ちた目で見ていると自信ありげに頷いた後にいきなり沼に向かって走り出したのよ。私達はポカーンとしてたんだけど、状況が分かると慌てたわ。だって底なし沼に突っ込もうとしてるのよ?『ダメよ!マクガイバー!』って私も思わず叫んだわ。その時は皆、マクガイバーが死ぬんじゃないかと思ったんだけど。あいつはやって見せたのよ・・・。片足が沈む前に一歩踏み出してその足が沈む前にもう片方を前に踏み出すなんてふざけた偉業をね!」


ガックリと肩を落とし項垂れるとマリーは気を取り直したのかまた話を続けた。


「私達は空いた口が塞がらなかったわ。アホじゃないかと頭の片隅に過ったのは確かね。でもあいつ、やり遂げたのよ!腰まで沈む前に真ん中の孤島にしがみ付いて体を引きずり上げたのよ。それでこっちを振り返ってドヤ顔でさ。大きく腕を下から巻き上げる様に振り上げて、さも『お前達も来いよ』見たいな感じでこっちに促すのよ?イヤイヤイヤ、無理だから。その時、思ったわ。成功する奴ってのはこういう奴なんじゃないかって。その後?マクガイバーの奴、孤島は小さかったから助走も付けられないで顔を青くしてたわ。それでどうなったかって?そりゃ生きて帰って来れたから笑い話になってんじゃないの。」



「そういえばあれもあったな。」


そう言ったのは同じくチームメイトのパターソン。彼にもマクガイバーにまつわるエピソードがある様だ。


「ちょっと深い穴があってな。そんなに大きくはないが両手を広げて端から端には届かないくらいだった。問題は、その底に、探していた要救助者が居たって事だ。そんで意識がなさそうでよ。でも俺達もそんな場所に居るなんて思ってなくて、ロープなんて持ってなかった。一度帰るか?でもそれまでにあいつは生きていられるのか?って皆で揉めた時、マクガイバーがまた『こんな事もあろうかと』なんて言い出したんだ。『おいおい、またか』って思ったのは内緒だ。なんであれ、提案するのは悪い事じゃない。それがどんなに酷い提案でもな!」


パターソンは思わず口調が荒くなったがすぐに落ち着いて続きを話し出した。


「やつ、なんて言ったと思う?『俺、実は忍者に憧れてさ。良く壁を走ろうとか訓練してたんだ。』だぜ?いきなり何を言いだすんだ、こいつ、って思ってたら、『壁を三角跳びで蹴って昇って行くって言うのがあってさ。』とか平然と言いやがんの。お前、それ、失敗したら二重遭難、二次災害じゃないか!って思ったけどよ。あいつ、自信満々なんだよ・・・。それにいつ、下の要救助者が死ぬかも知れないって状況でさ。俺らも断りづれぇって。一応は『それはダメだ。マクガイバー。危険すぎる。』って言ったけどよ?あいつ、『大丈夫さ。慣れている』とか言うんだよ。」


困ったような顔で話すパターソンはどうしようもない状況だったと体全体でアピールするかの様に首を横に振った。それが要救助者を救う安全な方法が見つからないのを嘆いたのか、はたまた別の何かに嘆いたのかは窺い知れなかった。


「それでよ。あいつ、業を煮やしたのか、実際にやって見せたら分かって貰えると思ったのか、俺らの制止を振り切って穴に飛び込んだんだよ。こっちがどれだけ心配するか知ってほしかったな、あんときは。結果?無事生還してるってのが答えさ。でもな、あいつ、あん時、下に着いたは良いけど足を骨折しやがんの。その痛みに耐えながら自分にも要救助者にも応急措置してさ。その間に俺らが一度帰って準備し直して皆で救助したのは良かったのか悪かったのか今でも分からねぇ。要救助者もさ、『目が覚めたらしかめっ面の奴が隣に居て。こっちが痛みに耐えてるのにウザい位、話し掛けて来て恩人じゃなけりゃ殴ってた』って言ってたよ。多分、マクガイバーの奴、死にそうな奴の意識を繋ぎ止めようとしてたんだと思うけどな。」



「あれもあったわね。」


そう言ったのもマクガイバーのチームメイトのロザリーだった。


「通路の壁にね、矢が出てくるような穴が並んでたの。どう考えても罠だってわかるじゃない。準備もないから引き返そうって話になったんだけど。マクガイバーがさ。『俺に良いアイデアがある』って言ったの。皆の視線はマクガイバーにくぎ付けよ。『またか』って。思いつくアイデアが普通と違うのよ。ちょっと間違えれば単なるサイコパスよ。結果がついてくるって本当、大事だなって思ったわ。その時も上手くは言ったんだけどね。それでも私は目を疑ったわ。自分の体に油を掛け始めたのよ。たっぷりと。その上、通路にも撒きだしたわ。」


そこでロザリーは一度、話を止め、同意を求める様な困った顔をしてから続けた。


「もう分かるわよね?あいつ、助走をつけてスライディングしたの。足からじゃなく頭からね!勇気と無謀は紙一重って言葉を思い出したわ。いくら壁に空いた穴が胸から腰の辺りにあっても、普通は他にも罠があるって思うじゃない?あいつにはその発想が無かったのよ!後で聞いたら『やれると思った』、ただそれだけよ!。どうなったかって?床にも罠は有ったって言うのが結論よ。でもね、幸運にも、スピード付けて飛び込んで、油で滑ってったからかも知れないけど、マクガイバーが通り過ぎた後に罠が出てたわ。多分、踏んだ時に飛び出す筈だったんでしょうね。誰も罠のある所に頭から飛び出すなんて思わないわよ。罠を仕掛けた相手もね。」


困った顔のまま同意を求めてくるロザリーは本当は何かを叫びたかったのかも知れないが、圧の籠った声でまた続けた。


「でさ、笑えるよね。そんなので壁に穴がある所を通り抜けられるわけもないじゃない。穴が空いている区間の途中で止まったわけよ。気まずい空気が流れたわ。普通はさ、そこで戻って来るじゃない。匍匐前進するなりして。尤も、通り過ぎたところの罠は作動してたけどまだ有るかも分からなかったけどね。そこで戻ってこないのがマクガイバーよ!あいつ前に進んだのよ。後少しって言うのもあったし、大口叩いた手前、帰って来辛かったんだと思うけど、そんなプライドで命賭けないでって言いたかったわ。でもあいつの幸運は本物よ。何事も無く向こう側について、ドヤ顔で『早く来いよ』みたいな雰囲気出して私達を見るわけ。私達?一度帰って大楯持って来て壁に当てながら進んだに決まってるじゃない。床を棒で探りながら。私達が戻ってきたときのマクガイバーのホッとした顔を見て私達も溜飲を下げたけどね。」



「お前達。あれを忘れてないか?一番酷いのがあっただろう?」


そう語ったのはマクガイバーを陰で支えるサブリーダーのアンジェロ。周囲の皆もハッとした顔で皆で目配せし合った後に頷いていた。


「あれはそうだな。なぜその結論になったのか今でも分からない。俺達がダンジョン制覇の一歩手前に来た頃だ。他の冒険者も入った事のない区域だからか、罠が多くてな。どう見ても床に罠がありそうな場所に出くわして。でも他の通路は探索済みで、そこを越えないと先に進めないって状況だったんだ。」


当時を思い出したのか、緊張した面持ちで語るアンジェロ。周りの皆も同じ様な顔付きをして話を聞いていた。


「『何が仕掛けてあるか分からないから歩いて渡るのは出来そうもない。』って俺は言ったんだ。するとマクガイバーの奴、こう言ったんだ。『歩かなければ大丈夫そうか』って。俺は何も聞かずに思わず言ったよ。『それはダメだ、マクガイバー。やめておけ』って。話も聞かずに否定するのは失礼?奴にはそれだけの実績がある、良くも悪くもな。」


そこで話を区切ったアンジェロはハァッと溜息を吐いて頭に手を当てながら語りだした。


「それで止めないのがマクガイバーなんだよ。奴ご自慢の綺麗な歯を見せながらニヤッと笑ったらよぉ。何したと思う?地雷原に片足跳びで突入したんだよ!ああ、地雷原だよ!後で調べて知ったんだけどな。あいつもさすがに後で顔を青くしてたけどその時は自信満々だったよ!しかもケンケンパってお前遊びか!って俺達全員が思ったのは間違いない。なんでそこで両足付く動作入れるんだよ!ってハラハラしながら見てたらよぉ。あいつ、渡り切りやがった。でもよ。そうじゃない、そうじゃないだろう?歩いちゃ駄目だからってそうじゃないだろう?このもどかしさが分かるか?分かってくれるか?」


激しく同意を求めてくるアンジェロの悲痛な表情は印象的だった。


「でもよ。あいつのそのむぼ・・・、勇敢な行動で俺達は一気に他を引き離したのは事実だ。あれが俺達が誰よりも先にダンジョン踏破した一番の要因だったと思う。その区域を抜ける方法を知っていたのは俺達だけだったからな。ダンジョン踏破した今は皆に教えたが、もし誰も方法を知らなかったら多くの死傷者が出ていたはずだ。そう考えると、あいつは多くの命を救ったのかもしれない。」



アンジェロが感慨深げに語り、皆がその余韻を味わう中、酒場の入り口が勢いよく開けられ、話の中心人物であるマクガイバーが飛び込んできた。

彼は酒場に入るなり、大きな声でこう叫んだ。


「皆!朗報だ!天空ダンジョンに行く方法を思い付いた!届かない所にあるなら届かせれば良いじゃないか!もう先方には話が付いている!大砲を貸してくれるってさ!その大砲で打ち上げて貰えば俺達が一番乗りだ!」


マクガイバーの急な話に、彼のチームメイトは顔を見合わせた後、やれやれと言った表情で口を揃えて言った。


「それはダメだよ、マクガイバー!」

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