GO IN TOYA☆
今なら、まだ──。
全速力で追いかければ、まだ──。
…………まみちゃん。
卒業の道はひとつではなく、ふたつあった。
まみちゃんで、卒業するのか。
まみちゃんを、卒業するのか。
俺は後者を選んだ。
後悔はない。……はず、なのに──。
「うっわ。すっげえ女だなー。ちゃっかり汚物野郎と同じ方角に走っていったよ。まぁ、大丈夫だろ。あの女、エロくて乳でかくてクッソ可愛いし。おまけに打算的と来たもんだ。ひぇ〜痺れるねぇ!」
ちびっ子……。お前って奴は本当に、正論しか言わないよな。
それでも好きなんだよ。どうしたって好きなんだ。
いきなり嫌いになんて、なれないよ。
好き過ぎて好き過ぎて、つらいんだ。
「うあぁぁぁあああ」
もう、言葉になんてならなかった。
恋ってなんだろう。人を好きになるってなんだろう。
どうしてこんなにも、まみちゃんのことが好きなんだろう。
…………心地が良かったんだ。
思考を停止して、想いに馳せて、周りが見えなくって、視線はいつだって君を追いかけていて──。ただ、君だけを見ている時間が日に日に増えて、頭の中は寝ても覚めても君でいっぱいになって、満たされて──。
──十五年。
もう、わかっているのに。まみちゃんはただ、外見が良いだけの女だった。
なのに、どうして。ここまでわかっているのに、どうして……。
こんなにも、想いが溢れて止まらないんだ──。
「うあぁぁあああああ」
好きだ。好きだよまみちゃん。大好きだ。サヨナラなんてしたくない。
したくない、のに…………。
「世話係……。お前の決断は正しい。……けどこんなの、悲しすぎるだろうが!」
「そうね。未経験のあなたには身の丈に余る決断だったわね。一人であまり、溜め込まないことよ。相談くらいならいつでも乗ってあげるから」
「そうだぞ世話係! 特別に俺の妹を紹介してやっから、ダブルデートでもしようや! お前になら妹を任せられる! 今日から俺が、お前のお兄ちゃんや!」
恋に盲目する、チリアクタ……。
「女なんて星の数。お前にとって今日は終わりじゃない。始まりだと思え!」
「せやで! 元気だしていこーや! なんなら俺が相手してやってもええんやで? がんばったご褒美あげたるでぇ? どや?」
……なんだよ、これ。
どうして俺は、こんなにも温かくて優しい言葉を掛けられているんだ。
あまつさえ、励まさられているんだよ。
……ありえない。
だってこれじゃあまるで、盲目していないみたいじゃないか!
恋は人を馬鹿にも阿呆にもさせる天然のドラッグじゃないのかよ?!
あぁ、なんかもうダメだ。
考えると余計に胸が苦しくなる。
恋ってなんだろう。
愛ってなんだろう。
恋に盲目するってなんなんだろう。
…………まみちゃん。
……まみちゃん。
まみちゃん…………。
「うあぁぁああああああ」
十五年間の思い出が──。涙として流れてくれるのならよかった。
けどこれは、違う。
確かに卒業した、はずなのに──。
追いかけたくて追いかけたくて、たまらないんだ。
「うぁぁああああああああああ」
もう、たまらないんだよ!!
「あーあー。男が人前で泣くなっての。泣くならせめて隠せ! 情けねえツラ晒すんじゃねぇよ! せっかく負け犬界のホープになったってのに、これじゃあ台無しじゃねえか! ったく、しゃあねえなぁ」
あ……れ? 真っ暗だ。でも柔らかい。ぷにぷにした二つの大っきなナニかの真ん中に鼻が挟まって、汗ばみながらもイイ匂いがする。
(……くんか。くんか。すぅぅはぁ…………)
記憶の中のイイ匂いT.O.P10に変動が起こっていく──。
それだけじゃない。頭撫でられランキングにも同じく変動が起こっている。
心地良いランキングにも──。
癒やされランキングにも──。
汗ばみ度ランキングにも──。
まみちゃんで埋め尽くされたランキングが、次々に書き換えられていく──。
ずっとここに、いたい。
ずっとここに、挟まっていたい。
「ったく。オメーは赤ん坊かよ? 後輩女子に甘えるとかバブみ好きかっての! 先輩ヅラしてたくせに色々台無しだな? 泣き止んだならさっさと顔を上げろってんだよ! 甘えん坊めが!」
ん? バブみ? バブみって言ったのか?
それはちょっと、違うんじゃないかな?
この場合は『よちよち』して『がんばったね』『えらいね』って言わないとバブみは成立しなくない?!
歳下に甘える=バブみだと思ったら大間違いだからな?!
「おい? 聞いてんかよ? さっさと顔上げろや?」
「あっ、ごめん」
「ったく。ヨダレ垂れてんじゃねぇかよ?! ふざけんなよオメー?」
「ご、ごめん……」
そもそもこんな乱暴な言葉遣いでバブみはありえないから!!
おぎゃれないから!!
……って、なんだよ。
正論ばかりかと思ってたけど、普通に間違えるときもあるんだな。
…………いや。そりゃ、そうか!
間違いがあったから、俺たちは今、こうして──。
と、ここで──。校内放送が入った。
『レディースエーンジェントルメーン! 楽しんでおりますか後夜祭! 意中の相手とらぶらぶちゅっちゅしておりますでしょうか〜!
ここで恋する皆さんに、ホットなニュースをお届け!
若干十五歳にして神々影流『免許皆伝』の位に就いた孤高の才女!
かたやおっきなおっぱいに恋い焦がれて日常のすべてを捧げてきた約束されたBSS戦士!
なんとここに、異質なカップルが爆誕!
校内ベストカップル審査会は見逃しませんでした。耳を澄ませば聞こえてくる。『大丈夫? おっぱい揉む?』これこそが入り口にして至高。年の差カップルのあるべき姿にして伝家の宝刀!
バ・ブみ!
校内ベストカップル。最有力候補。此処に極まれリだぁー!』
孤高の戦士って……。
約束されたBSSって……。
って!! それよりも!! バブみ?!
確かに、さっきのあの感じは絵面的にはありがちなバブみだったかもしれない。遠目からなら『大丈夫? おっぱい揉む?』が聞こえてくるシチュエーションだったかもしれない。
……でもな。言葉遣いがあまりにも愚か過ぎて、母性の欠片も感じられないんだよ!
そもそも俺は赤ん坊でもなければ、甘えん坊でもない!
……抗議だ。断固として抗議してやる!
「おいおいおいおいおーい。ナマいってんじゃねぇよ? なんでわたしがコイツと? ありえねぇだろうがよ!」
あっ。今、最優先に抗議すべきはバブみじゃない。校内ベストカップルについてだ!
「今まで散々お世話ばかりしてきたからこそ、甘えたくもなる。そんな夜だってあるよな!」
「ははっ。さっきまでとは違って良い面するようになったじゃねえか! おぎゃり出したら止まらない男って面構えしてらぁ!」
「よっ、甘えん坊の世話係! 今まで苦労してきたんだ。今度こそ幸せになってくれよな! ばぶばぶばーぶぅってな! ぷげら!」
いや、やはりバブみなのか?
「やるじゃねえか! 御剣さんを射止めちまうなんてな! 下半身に眠る未使用のエックスカリバーで免許皆伝を打ち破る日は近そうだな!」
「お世話係くん。今度はちゃんと幸せになるんだよーう!」
「そうだぞ! 応援してっからな! 甘えん坊の世話係!」
ちが……う。……俺が今、真に向き合うべきはバブみでもベストカップル賞でもない。……チリアクタたちだ。
「お前は幸せにならなあかん。ここにいる誰よりも幸せにならなあかんで!」
強引トーヤTIMEを終えたあたりから、違和感はあった。
でも俺は目を背けた。そうであっては困るから、聞こえないフリをして考えることさえやめた。
けど、今なら──。
向き合える。
「今日までお前が過ごした時間に無駄なことなんてなにひとつなかった。すべては今、この瞬間のために繋がっていたと思え! ここから先はずっと、お前が甘えるターンだ! ばーぶぅ!」
この場に居る誰よりも恋に盲目していたのは俺だったんだ。
なんせ十五年物だ。
同年代で俺を超えられる奴なんて、そうはいないだろうさ。
「案外、お前みたいな尽くしたがり屋が甘えん坊のバブみ野郎になっちまうんだよな。かつての俺がそうだったように……。まっ、大人用おしゃぶりのハンドメイドなら任せてくれな。しゃぶりやすいようにカスタマイズしてやっからよ!」
それなのに俺は、邪神召喚の供物に捧げようとした。
BSSの成れの果てで──。らぶらぶちゅっちゅするカップルのすべてを恋に盲目するチリアクタとしていたんだ。
「石の上にも三年。おしゃぶりマイスターへの道は険しいわよ! ついて来れるかしら?」
でもそれは、大間違いだった。
ラブラブしながらも他人に目を配り、ちゅっちゅしながらも温かい言葉を掛けられる人間のいったいどこが、恋に盲目していると言えるのだろうか。
「ちっ。世話係になら傷心中の妹を任せられると思ってたのによ! だがそれでいい。一番大切なのは、お前の気持ちだからな。甘えん坊のバブみ野郎、おめっとさん! 今度はちゃんと幸せになれよ!」
人の幸せを祝える人間のいったいどこが、恋に盲目していると言えるのだろうか。
「なんや。せっかくワイが相手してやろ思うてたのに、先客がおったんか。……まぁええことや。今度は間違わんと、ちゃんと幸せになるんやでぇ!」
皆が皆、恋する者すべてが盲目しているわけではなかったんだ。
互いに互いが、思いやる心さえ忘れなければ──。それはきっと不確かではない、確かなる愛と呼べるものになるんだ。
「世話係、お前がNo1だ!」
用法、容量を間違えなければ──。
愛ってやつはこんなにも!
「世話係! 幸せになれよー!」
恋ってやつはこんなにも!
「お世話係くん! お幸せにねー!」
素晴らしい!
素晴らしいんだ!
でも──。
『みんな、ありがとう! 俺、幸せになるよ!』
とは、言えない。
大団円を迎えるには、まだ早い。
喉元まで出かかる言葉をぐっと飲み込み、見る人次第ではどちらとも取れるさわやかな笑顔でやり過ごす。
ここにはひとつ。決定的な間違いが存在しているからだ。
「明日も明後日も、ずっとお前がばぶばふするターンだ!」
「ハンドメイドおしゃぶりのカスタマイズ表、下駄箱に入れとくからな!」
「おい、なんでオメーはまんざらでもない顔してんだよ? 気持ち悪ぃだろうが! やめれ!」
「妹とは縁がなかったけど、俺のことは気軽にお兄ちゃんって呼んでくれよな!」
「心変わりがあったらいつでも言うんやでぇ?」
遠巻きの温っかい声に包まれながらも、火の玉ストレートな正論が突き刺さる。
当然だ。なんせ俺たちはカップルではないからな。ましてや友達と呼べる間柄にさえない。出会って一時間にも満たない関係で、お互いのことを殆ど知らない。言わば他人だ。
しかし──。同じ穴の狢ではある。
この事実が俺たちを強固に繋いでいるからこそ、今があるのだと思う。
だから──。
「へへっ」
斜め四十五度からの上目遣いで、人差し指で頬をカキカキしながらハニ噛んでみせる。
「ったく。冗談じゃねえよ。外野に乗せられてかなんか知んねーけど、腑抜けた面しやがってからに! 校内ベストカップルとか勝手にやってろっての。あたしゃ知らねーかんな!」
他人の目を気にしない、真っ直ぐで君らしい返答。
でも──。
「さーてと、用は済んだし帰っかなー。……んで、オメーはどうするよ? 屋上に戻るんか? おぉん?」
俺たちは他人であって他人ではない。
同じ穴の狢──。見た目ほど強くはなくて、繊細で脆くて、誰よりもきっと──。弱い。
言葉にする必要はない。
互いにわかっていれば、それでいい。
「……いんや。もう、あの場所に用はないかな。二度と行くもんか」
「あははっ。ちげぇねぇ。ちげぇねぇな! わたしも二度と行かねー!」
「はははっ」
「あははっ」
──記憶の中の笑顔ランキング──。更新を確認。
またひとつ。まみちゃんが消えた。
夢から覚めたとはいえ、俺にとってまみちゃんは人生そのものだった。
たとえ盲目していたとしても、間違えだらけの恋だったとしても──。
好きでいた時間を無かったことにはできない。
以前以後と区切りをつけて、Reスタートを切るには長過ぎる恋だった。
ただ、この気持ちも時間も永遠ではない。
今もこうして脳内ランキングから姿を消しているように、少しずつだけど、ぜんぶではないにしても、やがては消えるものなのだと思う。
それはたぶん、君も同じだと思うから──。
だから。
だから、もう一度──。
「あのさ、もし良かったら俺と踊ってくれないか?」
「はぁ? 今、ここで踊る意味わかって言ってんのか? あんまし調子乗ったこと抜かすんじゃねーぞ?」
一度は諦めた、この先に続く道を──。
「もちろんさ! ちぃちゃん、踊ろう! 俺のフォークダンスはタンゴのように激しいけど、ついて来れるかな?」
「おい、殺すぞ? 馴れ馴れしくその名で呼ぶんじゃねぇっ! それから勝手に手を握るな! 許した覚えはねぇぞ?」
君と二人で──。
「じゃあいくよ! ちいちゃん! 大きく振ってせーっの! ワン・ツー・スリー! フォーー!」
「こぉんのっ! カス野郎がァッ!! まじで調子乗ってんじゃねえぞ? 指ヘシ折るぞコラ? やっちまうぞオラァッ?!」
明日も明後日も、その先もずっと──。
歩きたいと思うから──。
「構わない。今日、君とここで踊れるのなら!! どうなったっていい!!」
「んなっ?!」
だから──。
だから、もう一度‼︎
ここから先はちーっとばかし、
「さぁ、踊ろう! ちぃちゃん!」
「ひあっ! ちょっ、あっ……やめっ」
Let’s START!
──GO IN TOYA☆
────────────
これにておしまいです。
拙作に最後までお付き合いくださりありがとうございましたm(__)m
NTR系BSSの末に幼馴染を奪われ、恋に敗れた俺──。やるせない思いを立入禁止の屋上でブチ撒けていると何故か、言葉遣い激悪の『ちびっ子』が現れて『ボロクソ』に説教されてしまった件。 おひるね @yuupon555
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