卒業。
「えと、えーと……ねっ!」
さぁまみちゃん、はよ!
俺を主食であるゴハンにクラスアップさせるんだ!
──苦節、およそ二ヶ月。
頭をフル回転させて帰る港理論へと辿り着きゴハンで良かれと思った、あの日──。
信じて止まなかった。
疑うことを知らなかった。
自分がゴハンであると本気で思っていた。
が、現実は違った。
俺はゴハンではなかった。目指すべき第一段階がゴハンであることに気づいたときにはもう──。すべてが手遅れだった。
しかし幸か不幸か、ちゃぶ台はひっくり返った。二度三度ひっくり返って巡り巡って、絶対に来るはずのなかった『俺のターン』が訪れた。
この機を逃せばもう、次は二度と来ない。
だから踊るんだ。
今度はちゃんと同意の上で、強引トーヤTIMEではなく! 永遠の愛を誓うためにフォークダンスを踊るんだ!
さすればなれる。
帰る港になれるんだ!
たとえ、ラーメンを食べに行ってしまおうとも、菓子パンをつまみ食いしまくろうとも、肉をたっくさん頬張ろうとも!
必ず戻って来る。今回のように、勝手に居なくなったりはしない。
君の行き着く先──。終着点になりたいんだ、俺は!
だから──。
「えと、えーと……!」
言葉選びはいいから、はよう!
今さっき振ったばかりで、言い出しづらいのわかるけどさ!
ゴハン任命を今か今かと、待っていると──。
突如として、ちびっ子の声が響いた。
「ほーら、忘れもんだぜ! 返してやんよ! せーーーーッの!」
──ドュンッ。
肩を落として敗走していたマサヤンの後頭部に、泥団子を直撃させてしまったではないか!
「ぐぁぁあああ」
当たるのと同時に、思い出の泥団子が砕けて弾ける──。
「きったねー花火だな! まあ、きったねー男には、きったねー泥団子がお似合いってことだろうよ!」
「……くぅっ」
強いな……。その強さはいったい、どこから来るのだろうか。
マサヤンを圧倒できるだけの剣術やら居合術やらの、なにかしらの心得があるのはわかる。
なんせ俺が同じことをしたら片手で捻り潰されて病院送りにされてしまいそうなものだからな。
でもさ。恋ってやつはそんな単純なものじゃないだろ?
好きって気持ちの前ではさ、力で勝っていようとも弱くなっちまうものだろ?
俺にはわかるんだよ。
嫌ってほどに、わかっちまうんだ。
だって君は、屋上に居た。
生半可な覚悟で侵入できるほど、ヤワな場所じゃなかったはずだ。
だから、わかっちまうんだよ。
どれだけ親戚の猫を想っているのか──。
あいつは女心を股間で弄ぶ最低最悪の男だ。そんな男と付き合ったところで先は見えている。
でもだからって、そんな簡単に割り切れるものかよ?
終わりが来るとわかっていても手を伸ばして届くのであれば、伸ばしたくなるものじゃないのかよ?!
先がなくとも、終わりが見えていても──。
たとえ一秒でも同じ時間を過ごせるのなら──。
それでいいじゃんか?!
なぁ、それでいいじゃんか?!
大事なことなので二回言った!(心の中でだけど!)
…………あぁ、そうだよ。俺には決して真似できないよ。できるわけがない。
だからちびっ子。君がとっても眩しく見えてしまうんだ──。
それに、な。
「ふふっ。ざまあないなぁ、マサヤくん。なーんかスッキリしちゃうなぁ! えへへ!」
可愛い。この笑顔の前では、すべてがどうでもよく思えてしまうんだよ。
「よしっ。えーとね。トウヤくん! ただいまだよ? 色々と遠回りしちゃったけど、無事に戻ってきました! これからまた、よろしくできるかな?」
「うん! おか……おかえっ……(ゴホッゴホッ」
あ……れ? 声が……。なんでもいい。いいから早く返事を!
こんなチャンス、もう二度と訪れないんだから!
「おかーり! ……でも、ごめん。まみちゃんとはもう、一緒に居れないよ」
あっ。違!
「……んんん? 聞き間違えかな。トウヤくん、今、なんて?」
「聞き間違えなんかじゃないよ。だってもう、好きじゃなくなったから」
「……えぇぇえええ?」
ちょ、待てよ俺。なに言ってんだよ?
違うだろ? 違う。違う。違う。
違っ! …………く、ない。
……………………。
……………………。
帰る港であれば構わないと思っていた。
でも──。今のまみちゃんを受け入れてしまったら、俺の好きなまみちゃんではなくなってしまうんだ。
特大ブーメランが過ぎるんだよ。
ついさっき自分で言ってたじゃんか。
『あっちがだめだったからこっち。
こっちがだめだったからあっち。
そういうのは嫌だ!』って。
自分がされて嫌だったことを今──。まみちゃんは俺にしているんだ。
こんな悲しいことってないよ。
これじゃあ、マサヤンと同じじゃんか。
…………それくらい許してやれよ。無自覚なんだから受け入れてやれよ。好きなんだろ?
わかっている。許したい。まみちゃんと一緒にいたい。好きだ。大好きだ。愛してる。
世界で一番、愛してる!!
──だからこそ、許せない。
俺が好きになったまみちゃんは、こんなことをするような子じゃないんだ。
まみちゃんは良い子なんだよ……。人の傷みがわからないようなクズい子じゃないんだ。
まみちゃんのいいところを言い出したら切りがないくらいだ。
たとえば──。顔が可愛い。おっぱいが大きい。他にもたくさん。……たくさんあるんだ。
髪がツヤツヤで、
良い匂いがして、
まつ毛が長くて、
…………………………。
……………………。
……………。
おっぱいが大きくて、
良い匂いがして、
おっぱいが大きくて、
……あれ?
おっぱいが大きくて、
良い匂いがして、
……違う。おっぱいはもういい。それ以外だ。
爪が綺麗で、
スカートの丈が短くて、
太ももがそそって、
良い匂いがして、
おっぱいが大きくて!
……だから! おっぱいはもう! いいんだよ!
他だよ他! おっぱいとか外見以外でいいところを言えよ!
…………………。
…………………。
おっp…………あっ。
仕切り直して、初手でいきなり……。
……あぁ、そうか。そういうことだったのか。
帰る港であればいいと思っていた。
主食であるゴハンになれればいいと思っていた。
でもそれこそが、俺もまた──。
恋に盲目したチリアクタに他ならなかったんだ。
だってまみちゃんのいいところ、外見以外になにも──。思い浮かばない。
「……ごめん。そういうことだから」
「そんな……。そんなのってないよ! トウヤくんのバカーッ! もう知らないんだからーッ!」
違うんだ。違うんだよまみちゃん……。
俺の名字はトウヤじゃなくて、トオヤなんだよ。
十の夜と書いて『トオヤ』なんだよ!!
そして名前は輝く男と書いて『テルオ』なんだ!!
今までずっと目を背けて来た現実が、一気に押し寄せる。
まみちゃんは俺の名前をただの一度だって、ちゃんと呼んでくれたことはなかった。
間違えたまま、十五年間を過ごしてきてしまった。
教えてあげれば済んだ話だ。でも言わなかった。……できなかった。言えなかった。……違う。気にならなかったんだ。
出会いから既に俺は──。恋に盲目したチリアクタだったんだ。
思考を停止して、恋だの愛だの不確かなものに溺れていたんだ。
嘘に塗れた、十五年間だったんだよ。
そのことに、今──。
ようやくをもってして、気づいてしまった。
だから──。
「サヨナラ。まみちゃん。今まで──。ありがとう」
走り去る彼女の後ろ姿に、
届かぬ声で──。別れを告げた。
──二◯二三年。九月二十四日。二十時三十四分。
まみちゃんからの、卒業──。
+────+
ハートに星、コメントにブクマありがとうございます。たいへん励みになっております!
次でラストの予定です。
最後までお付き合いくださると嬉しいです(__)!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます