逆転サヨナラ特大ホームラン!


「はははっ。たくさんまわり道しちゃったな」


 親戚の猫がハニカミながら笑顔を見せた。


 輩系らしからぬ表情が、場の異様さと迫るカオスを漂わせる。


「……ねぇ、マサヤ君。まわり道って、どういうこと?」


 半ば強引に、話に割って入るようにまみちゃんがたずねた。


 当然だ。話の流れ的に、まみちゃんとの関係を指しているように聞こえなくもないからだ。


 もし、そうだとしたら──。


 容易にちゃぶ台がひっくり返る事態にだって成りかねない……。


 (……ゴクリ)


 固唾を呑んで見ていると親戚の猫は、なんのためらいもなく──。

 

「悪いまみ。俺と別れてくれ」


 なんてこった。こやつ、言いよった。言いよってしもうたぞい……。


 考えなかったわけじゃない。

 親戚の猫がクソッタレな奴でまみちゃんが幸せになれない可能性。


 でもまみちゃんは世界で一番可愛いんだ。こんなにも可愛い子と相思相愛になれて、大切にしない男は地球上の何処を探しても居やしないって結論に至ったんだよ。


 それなのに……。

 

 居やがった。こんなにも近くに居やがったよ……。


 事態は思うよりもずっと深刻だ。

 俺がまみちゃんを好きなように、まみちゃんもまた──。親戚の猫にメロメロ。


 と、なれば──。


「え。やだ。やだよ! なんで?! どうしてなの?! たくさんわがままだって聞いたじゃん?! 昨日だって朝までマサヤくんのわがままたくさん聞いたよね?」


 素直に別れを受け入れられる、はずもなく──。


「だりぃな。じゃあはっきり言ってやるよ。もう、好きじゃなくなった。これでいいか?」


「なにそれ……? 遊びだったの? わたし、初めてだったんだよ?! 大切にしてくれるって、誰よりも一番に大事にするって約束してくれたよね? だから今日だって朝までマサヤくんのわがままたくさん聞いてあげたんだよ?」


「あー。まじでだりぃ女だな。んなもん、そんときのノリに決まってんだろうが。いちいち真に受けてんじゃねえよ、めんどくせぇ」


 外道だ……。人の気持ちをいったいなんだと思っているんだよ。


 あぁ、もういっそ。ヤッちまうか?

 外道諸共、地獄に落ちるのなら本望だぞ?


 でも、な。そんなことをしたって、傷付いたまみちゃんの心は癒やされやしない。


 むしろ逆に、優しいまみちゃんのことだ。かえって心を傷めてしまうかもしれない。


 じゃあ今の俺にできることって、なにがあるのだろうか。


 ……そうだな。


 そっと寄り添って涙を拭うことくらいならできる。

 フィナーレを延期すれば時間はたんまりある。そのまま朝まででも、翌日以降もいつだって、まみちゃんが寂しくならないように側にいれる。


 今の俺にはもう、受験勉強の必要もないしスーパーマン業務に明け暮れることだってできる。


 未来を見ずに、向こう見ずに──。


 今だけのために、君に寄り添える。



 って、あれ……?


 ひょっとしてこれってもしかして? 


「そんな……。ひどい。ひどいよ……マサヤくんのバカぁ……」


 まみちゃんが停泊しに来ちゃう感じ?


 俺ってばやっぱり帰る港だった感じ?


 だってまみちゃんが泣いている。

 にも関わらず! チラッチラッと視線を感じるんだよ!


 呼ばれている気がするんだ!


「もぉ、やだ……やだよぉ……(チラッチラ)」


 間違いない! あぁそうだよ!

 今、君の涙を拭える手頃なスーパーマンは俺を除いて他にはいないじゃないか!


 なんてこったい!


 もう二度と、この手は届かないと思っていた。

 振られて綺麗サッパリお別れしたつもりだった。


 でもまた──。まだ──。

 君が俺を必要としてくれるのなら──。


 何度だって俺はスーパーマンの仮面を被る!



 みっともなくたっていいさ。

 おこぼれ頂戴の負け犬だと思われてもいいさ。

 帰る港として必要とされるのであれば俺は──。受け入れるのみ!


 さぁ、まみちゃんにハンカチーフを!


 さぁ、帰る港! 受け入れ態勢用意!

 

 

 が、しかし──。

 帰る港直行便かと思われた船舶は、とんでもない方向へと舵が切られていた。


「ちぃちゃん! これでフリーだ! 俺たち、付き合おう!」


「は? 無理に決まってんだろ?」


 あ、れ……?


「ど、どうして……? 俺が好きだから会いに来たんじゃないのか?」


「はぁ? いったいいつ、お前を好きって言ったよ? 耳糞詰まり過ぎなんじゃねーの? 耳鼻科行ってこーよ?」


「なんだよ、それ。じゃあ……その泥団子は……? ずっと大事に持っていてくれたんじゃないのかよ?!」


「あ? あぁ。これか? きったねー泥団子だよな。まるでお前の心を映し出してるようで笑えんだろ? だから見せたくなっちまってな」


 あ、あれぇ……?


「ちぃちゃん。笑えない冗談はやめてくれ。さすがに俺だって凹むよ……」


「いやいや、冗談なわけねえだろ? さっきから胸元と太ももばっかちらちら見やがってからに。どれどれ成長したかってか? 本当にお前、変わっちまったな。エロ猿かよ」


 おっかしいなぁ……。


「ち、ちが! それはちぃちゃんのことが好きだから! あの日、一緒に泥団子を作って誓いを立てた日からずっと好きだったから! ずっとずっと想って来たから!」


「あぁ、そうかよ。腰振るしか脳のねぇチンパンには興味ねえからどーでもいいよ。お前にはエロい女がお似合いだぜ? とっとと寄り戻して、似た者同士イチャコラやってろよ」


 ちょちょちょ、ちびっ子ぉぉおお?!


 まみちゃんの悪口はだめだよぉお?!


 ていうかクソッタレ男にまみちゃんをおすすめしちゃだめでしょうが!!



「ちぃちゃん…………クッ。わかったよ」

 

 おいおい。嘘だろ? 冗談だよな? 


 おい、マサヤン……お前、どこに向かうつもりだよ? その方角は違うだろ? 正気か? 正気なのか?

 

「まみ。さっきは悪かった」


 言いよった。こやつ、言いよったわい……。


 なんて腰の軽い男なんだ。

 フットワークの軽さ選手権があったのなら、表彰台入りしてしまいそうなほどに軽快な身のこなしじゃないか……。


 浮いた話のない、硬派設定はどこにいったんだよ。


 いや。当たり前か。

 一度は手放してしまったとはいえ、まみちゃんの可愛さは揺るがない。


 恥を忍んででも、手を伸ばしてしまう気持ちは痛いほどにわかる。


 でもな。親戚の猫、オメーはダメだ!

 お前だけにはもう、まみちゃんは任せられない!


「ヤメて。触らないで」


 そうだ。その意気だ、まみちゃん!


 こういうゲスな輩はしっかりと拒絶するんだ!


「俺にはもう、まみしかいないんだ。まわり道しちゃったけど、こうして戻って来た。俺にとってまみは帰る港だったんだよ。ただいま、まみ! ほら、おかえりって言ってくれよ?」


 まるで詐欺師の常套句だな。

 まみちゃん、騙されちゃダメだぞ!


「やだ。まわり道で済む話じゃない! マサヤくん酷すぎるよ。こんなのあんまりだよ……」


「今はまだ、許してくれなくてもいい。ゆっくりでいいさ。ゆっくりでいいから、いずれは許して欲しい。これから毎晩、まみが望む限りベッドの上で償わせてもらうからさ。な? いいだろ?」


「……マサヤくん…………」


 あ、こりゃだめだ。断りの姿勢こそ見せてはいるけど、本気じゃないやつだ。

 きっとこのあともう少しだけ、駄々を捏ねてみせて「もうだめだよ? これからは一生、わたしを大切にすること♡ 約束できる?♡」ってな感じに収まるのだろうな。


 そりゃそうだよ。なにより俺ならそうする。最愛の人を失う悲しみの前では浮気のひとつやふたつ、些細なことでしかない。


 帰る港になるための条件は、浮気を許すことから始まるのだから──。


「あのね、もう無理なの。あっちがだめだったからこっちとか、こっちがだめだったからあっちとか。わたしはそんな気持ちでマサヤくんと付き合ってたわけじゃない! あんなふうに捨てられるならもう、一緒になんていたくない!」


 あ……れ? おかしいな。


 もしかしてまみちゃん。君は帰る港、否定派だったりするのか?


「わかったよ、まみ。約束するよ。これからはずっと一緒だ。もう二度と離さないから。おいで? 今日は君が子猫ちゃんだ。たくさん可愛がってあげるよ。頭撫で撫でしてあげようね」


「やめて。触らないで。汚らわしい!」


「ちょ、まみ?!」


 ……お、や? おやおや?


「もう無理だから。今後二度と、わたしに関わらないで」


 なんてこった。言いよった。絶縁宣言しよったわい!


 まさかまさかの!

 まみちゃんは帰る港、否定派だったんだ!


 ってことは……!!!!


「トウヤくん、あのね!」


 キッッッタァァアアア! 九回裏ツーアウト満塁。


 か・ら・の!


 逆転サヨナラ特大ホームラン! 



 帰る港! 帰る港!


 ゴハン! ゴハン!



 幸せいっぱい夢いっぱいのハッピーエンドが──。



 すぐ、そこに!!


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