二人を繋ぐ、思い出の泥団子


「いいの。トウヤくんはなにも悪くないの……」


「まみが良くても俺が嫌なんだよ。俺の大事なもんにちょっかい出す男はぜってー許さねえって、前に言ったよな?」


「マサヤくん……♡ うん♡ 聞いた♡」


 ……大丈夫。わかっていたことだ。 

 まみちゃんは親戚の猫にメロメロ。目の前でラブラブされたところで今更、なんてことはない。


 電話越しとはいえ散々、卑猥混じりな声を聞かされてきたからな。


 あの絶望と比べれば、公然でできるイチャつきなんてママゴトみたいなものだ。


 とはいえやはり、長居は禁物だ。


 一秒でも早く立ち去るに限る。


 だから俺のやることはひとつ。


「このたびは大変! 申し訳ございませんでしたぁ!」


 誠心誠意を込めている風に、深々と頭を下げる。


 親戚の猫が謝罪を望むのなら、応えるだけのこと。


「いやいや先輩。なんの冗談っすか? 手も足も地面につけないで、それのどこが謝罪なんすか? 舐めんてんすか?」


 なん……だ、と?


 しかも敬語が少し崩れている。先人たる先輩に対する態度にほころびが生じている。


 この流れはまずいかもしれない。

 

「お願い。トウヤくんを許してあげて。悪いのは……わたし……だから」


 やっぱりな。一度は瞳の奥までメロメロのメロでいっぱいにして引き下がりはしたけど、土下座ともなれば話は別だ。


 それになによりまみちゃんは悪くない。

 悪いのはスーパーマンの癖して、欲しくて欲しくてたまらなくなってしまった、欲しがりさんの俺だ。


 俺なんだよ。


 だからまみちゃんが罪悪感を抱く必要なんて、これっぽっちもないんだ!


「まみちゃんはなにも悪くない。だから──」


 気にしなくて大丈夫だよ、と続けようとしたところで──。親戚の猫の怒鳴り声にかき消されてしまった。


「俺のまみが取られそうになったんだ!! 俺の女に手を出すとどうなるのか、この男にわからせてやらねえと気が済まねえんだよ!!」


 気迫に圧され、あわやちびってしまうかと思った。


 でも大丈夫。これは茶番。


 強引トーヤTIMEを傍観するくらいには余裕があったことを考えると、本気で怒っているわけじゃない。


 愛を育むために俺をダシに使うだけだ。


「マサヤくん……♡」


 うん。メロメロだな。完全に虜だ。ダシの効果はバツグンだ。


 俺に対して抱く罪悪感も二秒で消えちゃったみたいだしな。


「おい、早く詫びろや? あんま舐めた態度取ってっとやっちまうぞコラ?」


 はははっ……。カッコいいなぁ。

 ここぞのタイミングで完全なるタメ口に変えてきたよ。


 確実に狙ってやってるよなぁ。


 まみちゃんがメロメロになるのもわかる気がする。


 男としての格が違う。


 体格も顔も洒落度も、なにもかも。


 あぁ、生物としての格が違うんだ。


 ならいいさ。もういいさ。もとよりそのつもりさ。


 土下座だってなんだってしてやるよ。


 そんで戻ろう。屋上に。


 今の俺にはもう、守りたいプライドもヘチマもなにもないのだから。


「誠にっ! 申し訳ございまっ────」


 両手両膝を着き、頭を下げた瞬間だった。


 下げたはずの頭は意識とは反対方向に引っ張られ、視界は地面から一転。夜空に変わっていた?!


「ぐぁぁっ?!」


 誰かに髪の毛をぐいっと引っ張られてる?!


 痛い、なんてものじゃない!


 なにごと?!


 仰け反りながらもイナバウアーさながらに見上げた先にいたのは──。


「ナイスガッツ。いいもん魅せてもらった」


 あ。ちびっ子……。なんだよ。結局お前も降りてきたのかよ。あぁ、そうか。灰は拾ってやるとか言ってたっけ。


 でもさ、止め方……。


 めっちゃ痛いからね?


 「誰、あの子?」

 「世話係の仲間っぽくね?」

 「仲間ってことは略奪幇助ほうじょの疑いがあるのか?」

 「まぁ、そうなっちまう……のか?」


 まずいな。このままではちびっ子にまで火の粉が降りかかる。


 告れ告れと強引に俺の背中を押したから、感じる責任でもあるのだろうか。


 べつにいいのに。むしろ逆だよ。俺は君に感謝してもしきれないくらいの恩を感じている。


 だから──。


「心配すんな。俺なら大丈夫。土下座くらい朝飯前だっての!」


「は? 大丈夫とか大丈夫じゃないとかじゃねえだろ? 良いとか悪いとかそんなんでもねえよ! なぁ、お前はただの負け犬だろ? 謝るようなことしたのかよ?」


 本当に正論しか言わないよな。


 でもさ。世の中、正しい行いが必ずしも正しいとは限らないんだよ。


「……したさ」


「してねぇだろ! お前はただの負け犬だ。勝ち犬になり損ねた哀れな憐れな負け犬だろうが! 調子くれてんじゃねぇぞ? 負け犬の分際で!!」


 ちびっ子……。


 今、それ言う?


「でもな。お前はそんじょそこらの負け犬とはワケが違う。誇れよ。お前は負け犬界のホープだ!」


 なんだよ突然。負け犬なのになんだかちょっと、格好良いじゃんか。


 褒めてるのか貶してるのか、もうわかりゃしないな……。


 いや。最初から貶されてなんかいないのか。

 ちびっ子はただ、事実を述べているだけだ。


 きっとちびっ子は、俺が土下座をすることを許してはくれない。


 出会って数十分だけど、曲がったことが大嫌いな芯のある子だということだけはわかる。


 でもこのまま親戚の猫が引き下がるとは思えない。


 今この場で考えうる最悪のケースは──。


 『ちびっ子VS親戚の猫』


 この対戦カードだけはなんとしても阻止しなければならない。


 って思ってすぐに!!


「まぁ、あとはわたしに任せとけ」


 は? ちょっ、任せるっていったい? そう思うのと同時に──。視界から消えた?!


「は……?!」


 二歩、三歩、前にいる。


 そして気づいたときには、親戚の猫の喉元に小っちゃな木の棒を突き付けていた?!


「こんな簡単に間合いを許しちまうんだな。次期、免許皆伝と持て囃されていた頃の面影すらなくなっちまったな」


 ちょっ、え?!


「ち、ちぃちゃん……」


 えぇっ? ちぃちゃん?


 ちびっ子だからちいちゃん的な?!


「お前、本当に変わっちまったよ。ガッカリだよ」


 木の棒で、吹き飛ばす。


 尻餅つく親戚の猫?!


「ぐあっ……。くっ……変わったのは君のほうだろ……」


 まるで涙を堪えるように唇を噛みしめる親戚の猫。

 かと思えばちびっ子まで切なげに表情を曇らせている。


 なんだ?


 この二人は、いったいなんなんだ? 


 ていうかこれ、なに? なんなの?


「わたしはあの頃のままだよ。今でもさ、もってるよ。あの日マサヤンがくれた泥団子」


 ま、ま、マサヤン?!


 マサヤンって言ったのか?!


 やばい。急展開過ぎて話がまったく見えない。でもこの二人がなにやら親密な関係にあるってことだけはわかった。


 だってマサヤン。マサヤの後に『ン』を付けてしまうなんて、相当な間柄じゃなければ許されない!


「……嘘だ。だって、だって……あの泥団子は十年以上も前のものだぞ? あるはずがない!」


「なら嘘かどうか確かめてみろよ。ほら」


 ポケットからまんまるの、泥団子を取り出した?!


「こ、これは……本当なのか? あの日の……あの日の俺たちの泥団子なのか……?」


 なにこれ。本当になんなの?


 よくわからない。けど──。


 繋がってはいけない何かが、繋がってしまった気がする。


 もしかして。


 ちびっ子、君もまた──。


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