ちょぉおおっと待った〜!
──ここだぁっ!
フォークダンスに花咲かせる二人の間にカットイン。
すかさずまみちゃんの手を取り、全身全霊の
──えいやぁっ!
尻餅つく親戚の猫を尻目に、まみちゃんの両手をぎゅっと握る。
──絶対に、離さない!
「えっ……? えぇッ?!」
まみちゃんに考える間を与えずに、繋いだ手を大きく振ってワン・ツ・スリー!
レッツ、フォークダンススタート!
「ぁゎぁゎ……と、と、トウヤくん?!」
少しでいい。最後に少しだけ、俺に時間をくれ。
想いを伝える機会はいくらでもあった。
なにげない朝の登校。駅のホーム。電車の中。学校までの並木道。隣にはいつも君がいた。
あのときもあのときも、希望的観測に流れてしまったあのときでさえも──。
想いを形にできなくとも、言葉にするだけの距離には君は、いつでもいてくれた。
それなのに──。
──結局、俺は逃げていただけだった。
逃げていたのは、俺のほうだった──。
ビューティフルライフなどと妄想を膨らませ理想を描き、なによりも大切なまみちゃんの気持ち(幸せ)を
俺は未来を生き、君は現在を生きていた。
そして、今もまた──。前ばかりを見ている。
前へ。とにかく前へ進むために──。俺は君に、想いを伝えに来た。
だからごめん。まみちゃん。
とりあえず俺と、踊ろうか!
「えっ、ちょっ、と、トウヤくん?!」
大丈夫。まみちゃんは真っ直ぐな子だ。目の前のことで精一杯になれば、思考は暫し停止する。
俺の知っている、いつもの君で居てくれればいい。
だから感じろ。まみちゃんの呼吸を──。
息遣いを──。温度を──。
過ごした十五年間を感じるんだ。
…………………………………。
…………………………………。
さぁ、いくぜ! ここから先はちぃーっとばかし、
──GO IN TOYA!!
「あわわわと、と、トウヤくん?!」
さぁ! いくぞ! まみちゅワン!
呼吸に合わせて、ステップ・イン・ザ・ムーン!
握った手を空へと突き上げて!
「好きだ!」
──まだだ!!
まだまだこんなものじゃない!
俺のまみちゃんに対する想いは、こんな三文字で片付けられるほど簡単には出来ていない!
さぁ、続けていくぜ!
イン・ザ・ムーン・ステップ!
ステップ・ステップ・ステップ・ステーーップッ!!
「好きだ! 好きだ好きだ好きだ! 大ッ好きだぁーッ!」
まだだ。まだまだまだまーだだ!
こんなんじゃ全然、足らないぜ!
もっと強引にイカせてもらうぜ!
──GO IN TOYA!!
「ぁゎっ……ぁゎぁゎ。と、トウヤくん?!」
大丈夫。まみちゃんの注意の大部分はダンスに引きつけられている。
告白を断ったり、俺を振り払う余裕はない。とにかく今はダンスの動きに合わせるだけで精一杯だ。
おそらく一分とは持たないが、十分。
だから大きく──。それでいて小刻みに!
激しくステップを踏んで、まみちゃんをリードする!
いつか夢見た後夜祭でのフォークダンス。
事前準備とダンスレッスンは何年も前から積んでいる!
今宵、君と奏でるのは──。タンゴのように情熱的なフォークダンス!
さぁ踊れ。俺!
踊れ踊れ踊れ! 踊れ!
彼女は今──。この瞬間だけは、お前の自由だ!
強引に。もっともっと強引に!
──GO IN TOYA!! GOGOGO!!
「好きだ!! 世界でいっちばん! 愛ッしてるーッ!」
足らない。足らないよ、まみちゃん。
君に伝えたい想いは、まだまだたくさんあるんだ。
好きだの愛してるだのの言葉のひとつふたつで終えられるほど、俺は君に夢中だったわけじゃない!
だから!
もともっともっと強引に!
──GO IN TOYA!! GOGOGOGO!!
ステップ・イン・ザ・ターン!
ステップ・ステップ・ステップ・ステーーップッ!
「笑った顔が好きだ! 怒った顔が好きだ! 嬉しそうにする君も好きだ! 舌舐めずりする、そんな君も好きだ! 好きだ好きだ! まみちゃん! 君のすべてが大ッ好きだぁー!」
足らない。足らないんだ。
止まらない。止まれない。
好きが溢れて止まらない。
止まれないよ。まみちゅワン!!
「みんなみんなぜんぶ好きだ! 世界で一番愛してる!! 十五年間、ずっと!! 想い続けてきた! 君を思わないときなんて片時もなかった。一年前の今日も、五年前の明日も、十年前と十五年前の昨日と明日と明後日でさえも、いつだって瞬時に思い出せる! 目を閉じれば百万通りの君の笑顔で溢れてる! 頭の中は三百六十五日四六時中おはようからおやすみまでキミの笑顔でいっぱいだ!」
それなのに、どうして俺は──。
君の笑顔を奪っているのだろうか。
「……トウヤくん…………あのね……あの……ね、もう……」
今にも泣き出しそうな顔で、気まずそうに声を絞り出している。
こうなることはわかっていた。
君は根が優しいから。
結局言えずじまいで順序を間違える。
そうしていつの間にか諦めてしまう。
だから俺はなにも言わずに身を引いた。……にも関わらず、来てしまった。
君にはいつでも笑っていてほしいのに。心の底から、そう思っているのに──。
それでも、もう──。止まれないんだ。
わかってはいるけど──。もう、止まれないんだよ。
この矛盾にだけは抗えない。キミがいない、この先へと続く一歩への衝動だけはもう、抑えられないんだ。
バッッッカヤロォォォォー!!!
「まみちゃん!!!! 好きだぁぁぁああああ!! 指先からつま先までキミのすべてが好きだぁぁぁあああ!! 大ッ好きだぁぁぁぁあああ!! 俺と結婚を前提にお付き合いしてください!!」
君なしでは俺は生きてはいけない。
俺にとってキミは、すべてだった。
君のすべてが好きだった。怒った顔も拗ねた顔もなにもかもぜんぶ。
でも──。
「トウヤくん……ごめんね……ごめんね……」
苦しそうに表情を歪ませながら泣く、君の顔だけは好きにはなれない。
最後に見た、まみちゃんの泣き顔はいつだっただろうか。
あれは確か──。
二○一ニ年。四月二十日、十四時三十七分。
小学校に入学してすぐに、まみちゃんの忘れ癖が発覚したんだよな。
そして訪れる運命の日。
五時間目の算数の授業。
ついに先生から『おい、ワレ? ええかげんにせぇよ? 宿題忘れたっちゅーんなら居残り勉強の刑に処すだけで許したる。でもな、教科書を毎回忘れるっちゅーんは看過できん!! なにしに学校に来とるんじゃワレは!! イテマウゾワレェ!!』と、叱られてしまったんだ。
そのときのまみちゃんは『うわーんうわーん』って涙を滝のように流して、鼻水まで垂らして呼吸を乱して……顔を真っ赤にして……。
とてもじゃないけど、見ていられなかった。
だから誓ったんだ。
幼いながらにも誓ったんだ。
まみちゃんは俺が守る。もう二度と泣かせるもんかって。
そして俺はスーパーマンの仮面を被った。
コンパス定規分度器。教科書、宿題、ノートにプリント。なんでもまみちゃんに貸したさ。
代わりに俺が怒られるハメになろうとも、君の笑顔を守るためならば、些細なことでしかなかった。
あの頃の俺は純粋だった。
ただ君が好きで、ただ君を守りたいだけだった。
それがいつの間にか──。将来を語り、受験戦争を語り、ひいては就職戦争。勝ち取れホワイト企業と粋巻くようになっていた。
見返りを求めてしまった。
君が欲しくて欲しくてたまらなくなってしまった。
スーパーマンだったはずの男は、守るべき大切な人の幸せを勝手に決めつけるモンスターに成り果ててしまったんだ。
……あぁ、すべてわかっているさ。
嫌ってほどにわかっているんだ。…………バッカヤロー。バッカヤロー。バッカヤロー…………。
バッカヤロー……十夜輝男……──。
だからせめて──。
最後くらいは──。
「生まれてきてくれてありがとう! 今まで隣に居てくれてありがとう! ありがとうありがとうみんなみんなぜんぶありがとう!」
感謝の気持ちを言葉に──。
「君は地球に舞い降りた天使だ!! 今日まで君と過ごせた日々は俺にとって生涯の宝物だ!!」
ありったけの笑顔で──。
「これからは彼氏と末永く幸せになってくれよ!! いつだって、君の幸せを願ってるからさ!!」
スーパーマンになった、あの頃のように──。
「……トウヤくん…………ありがとう……。ありがとうね……」
君の笑顔を守りたい。ただそれだけのために──。
「ほらほら笑って笑って! 元気ない顔はまみちゃんらしくないぞ!」
純粋に君の幸せのためだけに──。
「大丈夫。俺が星々に願えばどんな願い事だって叶うんだ。まみちゃんが幸せになれますようにって、夜空に百万回。お祈り済みだからさ! 彼氏と幸せになれる未来は約束されてるんだ!」
十五年間。毎晩欠かさず君を想ってきた。
そこにはもう──。
俺は居なくても、構わない!
「……トウヤくん…………ありがとう。……うん。わたし、幸せになるね。ううん。違う。わたしね、今とってもとっても、幸せなの! たぶんきっと、トウヤくんのおかげだね。ありがとう。ありがとうね!」
それは──。初めて見る顔だった。
物心ついてから幼馴染として過ごした十五年間の中で、とびきり最高の笑顔。
記憶の中の何処にもいない。
脳内まみちゃん笑顔コンテストぶっちぎりの第一位。
まみちゃん笑顔コレクション・ザ・ベスト。殿堂入り確定。勿論、不動の第一席。
……可愛い。世界一可愛いよ……。
あぁ、なんだろう。
この笑顔は反則だよ……。俺たちが過ごした十五年間を一瞬で否定できるだけの、最高の笑顔じゃんか……。
これが完膚なきまでの敗北ってやつなのだろうか。
でも不思議と嫌な気がしない。
それどころか晴れやかな気持ちに包まれてさえいる。
……あぁ、そっか。
この先、もう俺(スーパーマン)が居なくても大丈夫って思えるだけの、そんな──。最高の笑顔だからか!
「今までありがとう、まみちゃん!」
これでもう──。
思い残すことは、なにも──。
+
「やだ。素敵♡」
「やれやれ。お世話係、お前がNo1だよ」
「大丈夫。お前には次がある! なんなら俺が相手してやってもええんやで?」
不思議なことに恋盲チリアクタ共から温かな声が向けられていた。
憎き敵のように思っていたけど、それは少し違ったのかもしれない。
とはいえ長居は禁物だ。
だって俺には──。
と、思ったところで──。
「もう、用は済みましたか?」
声を掛けて来たのは親戚の猫だった。
まみちゃんに夢中ですっかり忘れていた。
ヒップアタックされたのにも関わらず、なにも言わずに待っていてくれたようだった。
親戚の猫……。
まみちゃんの相手が誰なのかは後夜祭が始まるまでわからなかった。
屋上からこいつの姿を見たときは正直、ゾッと寒気がしたよ。
ガッチリとした体つきに短髪。クリーム掛かった髪色が洒落っ気と危うさ全開のチャラさを醸し出す。──見るからに危険な男。
しかし残念なことに浮いた話は聞かず、見た目に反して硬派だという噂もちらほら耳にするイケてるメンズ。
しかも二学年。年下だ。
いったいどんな面をして会えばいいのかと思っていたが、案外なんてことはなかったな。
見た目によらず、歳上を敬う心がある出来た後輩じゃないか!
とはいえ長居は禁物だ。
「そういやこれって、略奪だよな?」
「まぁ、結果は失敗に終わったけどな」
「じゃあ、失敗したから略奪ではないってことか?」
「まぁ、そうなる……のか?」
いやはや。まずいな。
恋にうつつを抜かす恋愛脳共が気づき始めてしまった。
俺には大義名分がない。
親戚の猫にヒップアタックをする道理もなければ、まみちゃんへの告白自体、略奪行為に他ならない。
人様のパートナーに茶々を入れる者は総じてこの世のクズと世論は決まっている。
好きだったのは俺が先とか、幼い頃からの馴染みだとか、そんなものは一切関係ないんだ。
あるのはただ、人様のパートナーに手を出した事実。
取り沙汰されればもう、屋上には戻れないかもしれない。
それだけは絶対にあってはならない。
と、なれば──。
「んじゃ、お二人さん! 末永くお幸せにね!! 邪魔者はここいらで
秒速で去るのみ。
親戚の猫。俺に時間をくれてありがとうな。
敵ながらにして、話のわかる良い奴だった。
案外、こんな出会い方さえしていなければ仲良くやれていたのかもな。
いや、ないか。絶対ないな。
不本意ながら弱者男性と言われがちな俺と、輩系を書いて写したようなお前だ。
この世に生を受けた時点できっと、相容れない存在だろうさ。
まっ。言葉にすることはないが、最後に時間をくれたことだけは感謝している。
アディオス。親戚の猫──。
来世でまた会おうぜ!
「いやいや先輩、なに帰ろうとしてるんですか? 人様の女に好きだのなんだの言ったんですから、詫びるのが筋でしょうが?」
お、や……?
もしかしたら俺は──。
大きな勘違いをしていたのかもしれない。
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