三年の夢と卒業式
あぱぱ
第1話
プロローグ
2025年 季節は春だった。桜が舞い、小鳥達のさえずりが聞こえてくる。
生命達が魂の鼓動を世に広めている中、俺の心は冬のように冷えきっていた。
社会に投げ出され早5年、その厳しさに完膚なきまで叩きのめされ。メンタル的にもガタがきて、最近、会社を退職した。
まずは、職失記念に酒を飲み惚けて、そのまま爆睡。次の日は二日酔いの頭痛に悩まされながらも、忙しくてやる余裕のなかったゲームに手を伸ばし久々にプレイした。
翌日、目を覚ました時には、何のきまぐれか山に登りたくなっていた。
何故山に? と思うだろう? 俺もよくわからない。
ただ、変わったことをしてみたい。いつもと違うことをしてみたい。会社に縛られていた自分の体を自由に動かしまくってやろうと思ったのかもしれない。
そうして俺は、町外れにある山へと向かった。
山の景色も悪くない。豊かな自然に草木の香り、鳥達の囀り。リフレッシュとかするなら快適な場所だと思う。
景色を堪能しつつ、山道を登っていると、途中で獣道をみつけた。
迷いなく、獣道へずいずいと進んで行った。
しっかりとした山道があるにもかかわらず、あえてその道を歩くのは何故なのか。今度はしっかり説明できる。
誰も彼もが通ってきた道よりも、誰も通っていないような道を歩いた方が特別感があるし、ワクワクする。ただそれだけのことだ。
特別は、周りとの違いを見せつけているようで、優越感に浸れるから好きだ。
だから、自分以外の特別な存在を見るのが嫌いだ。
学校に一人はいる、いつも周りに人が集まっていて、その中心で高らかな笑いをみせる人間。
存在自体が周りと違い、他の人間にはないオーラのようなものが感じられる。
そう、例えるなら主人公みたいなやつ。モブとは格が違う。
そういう奴を見ていると、自分は特別じゃないと心の底から思い知らされる。
ひょっとしたら、俺の人生が思い通りにならないのも、俺がこの世界の主人公じゃないからか? そうだ、きっとそうに違いない。
そんなことを考え、浮ついていた気分が重く、深く沈んでいく。せっかくワクワクしていたのに……。
しばらく歩き続けていると、開けた場所に出る。
そして、固まった。
「神社‥‥?」
それは山の中で鬱蒼と生茂る木々を退けるようににして、ポツンと、建っていた。
戸惑いはしたものの、それはすぐに興奮に変わった。
「すげー! なんでこんな山奥に!? マップとかには神社があるなんて、書いてなかったぞ? ……そうか! きっとこの神社は特別で、選ばれた人間しか見つけることができないもので……ふっ」
「いい歳にもなって、何考えてんだか」
自嘲気味に笑い、神社に近づいてみる。遠目からだとわからなかったが、柱の木が腐っていたり、鈴が落ちていたりと、おまけには賽銭箱の横側が破壊されている。誰かが盗んだのだろうか? 中を覗いてみると予想どおり中は空っぽだった。
この神社の様子から察するに、もう何年も放置されている。いや、マップから消えるってことはもっと経ってるな。
この神社を見ていると、誰にもあいてにされないことの辛さが、悲しみがひしひしと伝わってくる。
そういえば、この前の同窓会で女子全員が俺の名前を忘れていたっけな。あん時はすごく辛かった。自分の人生を、生きた証を拒絶されているみたいで……すごく悲しかったよ。
思い出に浸ったせいか、神社が自分と似ている気がして、不思議と親近感が湧いてくる……。
「ま、賽銭くらいは入れとくか」
俺はポケットの財布から500円玉を取り出した。いつものお参りなら、10円くらいで済ませているが、今回は特別。少しくらいは奮発してもいいと思った。
そして俺は、穴の開いた賽銭箱に金を投げ入れ、片方だけついた鈴を鳴らして手を合わせ目を閉じた。
辺りが静寂に包まれ、不思議とこころがやすらいでゆく。その時……
「ピシャンっっ!!」
突然の音に驚き目を開ける。
布団に寝ていた。
驚き、辺りを見回す。そこには、何の変わりもない、いつもの自分の部屋がただただ存在している。
しかし、違和感がなくなることはなかった。
今はアパートで一人暮らしをしている。
なのに、どうして実家の自分の部屋に寝ているんだろう?
壁に掛けてあるカレンダーをみる。
「2014年 4月1日……」
もしかして‥‥今まで人生で体験してきたことは、全部夢だったのか? いや、夢であってほしい。
あんな地獄のような毎日はもうたくさんだ。きっと俺は長い悪夢に晒されていただけなんだ。と、自分に言い聞かせていると
「ドッドッドっドッドッ‥‥」
誰かが階段を駆け上がってくる。そして、部屋のドアが勢いよく開かれた。
「おはよー!」
一人の少女が大声をだしながら、部屋にずしずしと入ってくる。
「お兄さん! 今日からまた、高校生だねっ! 新しい友達できるといいね!」
お兄さん? 知らない。妹なんていないぞ。まさか、俺はまだ夢の中にいるのか?
「そうだよ! ここは夢の世界で、お兄さんはこの世界の主人公なんだよっ!」
「はっ?」
夢? やっぱり夢なのか。 そして俺は主人公か、いい響きだ。さぞかしいい夢を見れるに違いない。って、そこじゃないだろ! どうして夢を見ている! さっきまで山の古びたボロ神社で……。
「ボロ神社とは失礼ね。あれでもいちよう私のお家なんだけど」
まただ、何でこいつは俺の考えを読み取れる。
「そりゃ、神様だし。私。」
神様? アンタが? どこからみても、小学生くらいの女の子にしか見えない。話し方にも品のようなものがまったく感じられないし……。唯一、普通と違うところと言えば、整った顔立ちに金髪のサラサラしたツインテールの髪。これぐらいだ。
「そうよ、私はあの神社に祀られている神様よ」
あの神社って、俺が山で見つけた? 本当か?
「本当よ」
マジか
「マジよ」
どうしーー
「そろそろ口で喋って貰える? 心を読むのも大変なのよ」
「あぁ、すいません。その、どうして俺を夢の世界に? それと現実の俺はどうなってるかを教えてくれ」
「ちょっとお兄さん、私は神様よ? もっと言葉や態度を謹んだらどうなの?」
まあ神様が相手ならわかるんだけど、見た目が少女な分、どうもいつものような口調で話をしてしまう。それにこれは俺の夢だぞ、夢の中でくらい馴れ馴れしくしてもいいじゃないかと不満が漏れる。
少女は諦めともとれる面倒そうな顔をして言う。
「まぁ馴れ馴れしくしてもいいわ。で、話を戻すけど、久しぶりにお参りにきたから、ちょっといい思いをさせてあげようと思って、それでお兄さんを夢の世界に連れてきたの」
「久しぶりって……どれだけきてなかったんだ?」
そう訊ねると一瞬まゆをひそめ、ニコりと笑って答える。
「四百‥‥いや、ニ百くらいだったかしら‥ねぇ?……」
全然参られてないじゃん。
「いいのよ‥気にしなくて。とりあえずいい思いをさせるかは考えることにするわ」
やべ、聞かれてた。つーか、気にしてんじゃーー
「気にしてないわよ。それと、貴方の体なら、神社の中で眠っているわよ」
眠っているって、全然眠気がなかったのにどうやって?
「私は神様よ? 貴方を眠らすなんてちょちょいのちょいよ」
ほんの一瞬、自分の体に乱暴な事はされていないかと心配になるが話が進まなくなるので次の質問をする。
「俺が主人公ってことは、この夢は楽しいものなんだよな?」
神様は慎ましい胸に手をあて、自信ありげに言う
「ええ! この世界で退屈なことなんて何一つないわ! ‥‥ただ‥」
露骨に表情が暗くなる。なに、怖いんだけど……。
「これは夢。だから、当然終わりがくるわ」
この夢もいずれ終わる……。なんら普通で当たり前のことだ。てっきり、恐ろしいデメリットがあるのかと思った。
「まあ、夢だし仕方ないよな。でも、確定でいい夢を見らるんだったらそれだけで満足だ」
俺が返すと、神様は驚きとも戸惑いとも取れるような顔をした後に、笑った。
「そう!充分なのね。意外と謙虚なとこがあるじゃない」
まるで俺が神様におねだりする図々しいやつみたいじゃないか。俺はいつだって謙虚で自分を押し殺して生きてきた。だから、会社の上司に酷い新人虐めを受けても何も言えなかった。
きっと向こうからしたら、何を言っても謝罪の言葉しか飛んでこない、殴りがいのあるサンドバッグとして見られていたのかもしれない。まったく、我ながらよく5年間も持ったものだと自分で感心してしまう。
「ちょっと、暗い話をしないでくれるかしら? 今はお兄さんの楽しい夢物語について話をしたいのよ」
「あ、あぁ……すいません」
口調こそ少しキツかったが、どこか温もりのようなものが感じられた。神様なりに気を使ってくれたのだろうか。
「この夢から覚めるのには条件があって、それが満たされるまでは絶対に覚めることがないの」
「その条件は?」
「三年生の卒業式を迎えた時よ」
「つまり、三年間高校生として楽しく生活して、卒業するまでは夢が覚めることはないと?」
「ええ。その通りよ。途中で夢が覚めてモヤモヤするなんてことも絶対に無いわ」
素晴らしい!! おそらく人生で一番楽しい学生時代で主人公体験ができるのか! 何て嬉しい条件‥‥ちょっと待てよ。
「この夢で三年過ごしたあと、現実の俺はどうなる? もしかして、3年間寝たきりなんてことはないよな?」
「そこはご心配なく。現実ではたった三時間、昼寝をとったことになってるわ」
「良かった。それなら問題ないな」
「それじゃあ、私はしばらく消えることにするわ。何かあったらスマホのメールで『助けて神様ー!』って書き込んでね」
助けてって、俺は主人公なんだぞ? 助けを乞う必要もないと思うんだがーー
「それじゃ、楽しい夢の世界でご幸せに~」
どこぞのテーマパークにあるアトラクションの前口上みたいなことを言いながら、目の前の少女はスーっと景色に溶け込むように消えてしまった。
「ちょっとお!!」
聞き覚えのある声が下からきこえてくる。
「いつまで寝てるの!! 学校遅刻しちゃうわよ!」
母の声だった。母は俺が二十歳になる前に癌で亡くなっている。
父もすでに他界しており、祖母に余計な心配をかけまいと、社会で一人、苦しみを背負い続けていたことを自覚すると、やはり自分のメンタルは強いのだと感じた。
俺は懐かしき母の声に返事をし、階段を駆け下りた。駆け降りている最中、目頭が不思議と温かくなるのを感じた。
三年の夢と卒業式 あぱぱ @kakuyom1
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