とある王子の秘めた想い

一帆

とある王子の秘めた想い

「さあ、王子! このいばらの向こうに、貴方を待っている美しい姫がいます!」


 ボクの前で、黒髪、黒メガネ、見慣れない白いシャツ、チェックのリボン、チェックの短いプリーツスカートの女の子 ―― ミサキが目を輝かせながら言った。


「えー。でもぉ」

「目の前のイバラも、王子が触ればササーっと道を開きましょう。ですから、何も痛いことも怖がることもありません! 百年ですよ! 百年!! このイバラは王子に触れられるのを待っていたのです。どの棘にします? どの棘も期待に満ち溢れてピンと輝いていますよ?」


 目の前にあるイバラの棘もボクが触るのを今か今かと待っているってどうゆう状態?? ふつーに気持ち悪くない?? 


 ミサキは、立ちすくんでいるボクがイバラを怖がっているのかと思ったのか、にっこりと笑顔を浮かべてボクの目をのぞき込む。


 近い!! 近いって!!


 ボクの心臓がドキンと跳ね上がる。


「なにを迷っているのです! 姫は王子の口づけで目を覚まし、物語は二人は幸せに暮らしましたとさというハッピーエンドにむかって突き進みましょう!! さあ! さあ!!」

「え、でもぉ……」


 そう言われても、あまり乗り気じゃない。


 だって、会ったこともないお姫様だよ。

 顔はいいけど、性格がチョー悪いかもしれないじゃん? 

 それにさ、ボクはミサキのことが好きなんだけどなぁ。


「貴方は王子なのです! やればできる王子なのです。思い返してみてください。私が空からやってきた日を」


 そうなんだ。

 ミサキは、ある日空から降ってきた。そして、開口一番に、ミサキは、「この世界は悪魔によってねじら曲げられてしまいました。私はこの世界をもとのおとぎ話に戻すために外の世界からやってまいりました」と言ったんだ。


 そんな話、だれが信じるかって?


 そりゃ、ボクだって信じたくなかったよ。未来が決まっていて、その通りにしなきゃいけない人生ってどうかって思ったさ。ボクはのんびりお城でお菓子でも食べて暮らしたい、危険な冒険にも行かず、呑気な王子であり続けたいと思ったよ。でもね、ミサキには有無を言わせない強引なところがあって、冒険に出る羽目になったんだ。

 例えば、ミサキが、この先にいるドラゴンを倒せるのはボクしかいないと予言するだろ? そしたらね、本当にボクしかドラゴンを倒せなかったんだ。そんときはちょっと嬉しかったりもした。

 それにね、ミサキの予言通りにボクが行動すると、ミサキがすごくうれしそうに笑うんだ。ミサキが「やりましたね! 王子」と言って自分のことのように喜んで、ぎゅっとしてくれるし。……だから、ここまで来ちゃった。


「このさきには、糸車のツムに触れて百年の眠りについたそれは美しい姫が眠っているのです。姫が眠ったものだから、庭の馬も、ブチの猟犬も、台所の火も眠っています。料理人は手を振り上げたまま、焼き肉でさえ焼けるのをやめて眠っています。王様もお妃さまも寝ています。さあ、みんなが、貴方がお姫様を起こすのを待っています! さあ、勇気をだしてイバラに触れてください!!」

「わかったよ」


 ボクはしぶしぶ、イバラに手を伸ばした。すると、まるで魔法のように、ぱあっと一斉にイバラの花が咲き、道が開けた。今までは、どの王子もイバラに引っかかって先に進めず死んだというのに。(ここに来る前に立ち寄った村でおじいさんがそう言っていた)


「ほら! 大丈夫だったでしょ? さ、先を急ぎますよ。王子!!」


 ミサキがボクの背中をバンと叩いて、笑いかけてくる。本当に嬉しそうに笑う。つられて、ボクの気持ちまで嬉しくなってしまう。ミサキのことが好きという思いがどんどん大きくなっていく。


 ミサキって、ほんとずるいよなぁー。


 ボクはわざと肩をすくめて、「はいはい」とやる気のない返事をするしかないじゃないか。


 イバラをぬけて、庭にでると、ミサキが言ったように庭では馬が、先へ進むとブチの猟犬が眠っていた。台所では料理人が手をあげたまま眠っていた。百年間手をあげて寝てたんだろうか。かわいそうになって手をさげてあげる。


「だめです! 料理人は起きた後に、そこにいる小僧の頬をぶつのです。小僧は泣くのことが決まっていますから、手はもとにもどしてください」

「はいはい」


 ボクは仕方なく、料理人の手を元に戻す。そして、ミサキにくっついて先に進む。ミサキの短いスカートが揺れる。なんかすごくドキドキする。


「さあさあ、こちらです。こちらの塔を登っていくと、お姫様が眠っています」

「えー。階段上るのー。めんどー」


 あんまり運動が好きじゃないボクはミサキに文句を言う。どう見たって、古い塔の最上階へ、ためらわずまっすぐ登っていくなんてできないよ。階段が老朽化しているかもしれないし。最上階につくまでに息が切れるかもしれない。


「大丈夫! 王子ならためらわずまっすぐ登っていくことができます。ゴールは近いのです!」

「じゃあさぁ、ミサキが先にのぼってよ」


 ボクは仕方なく妥協案を提案する。ミサキが前を登るのなら、揺れるスカートの奥までのぞけるかもしれないなんてよこしまな考えはないよ。でも、全然知らないお姫様にキスするためにこの階段を登る理由もない。


「ほら、もしかしたら、階段が崩れたりするだろ?」

「わかりました」

 

ミサキが右手をボクの方に差し出した。


「じゃ、手をつないで、一緒に登りましょう! それなら、ためらわずまっすぐ登っていけるでしょ?」

「……………ソーデスネ」


 ボクはそっぽを向いてなるべく抑揚がないようにして答えた。そうじゃなきゃ、顔が真っ赤になりそうだったから。

 

 そして、おずおずと左手でミサキの手を握った。華奢で柔らかい手。ボクの心臓がドキンドキンと大きな音を立てる。


 『ねえ、ミサキ。 ボクがキスしたい相手は君なんだけどな』


そんな言葉をいえるはずもないか。ミサキがぜったい困った顔をするのは目に見えているから。


「さあ、行きましょう!!」


 ミサキと手をつないで古い塔の階段を登りきるのはあっという間だった。息切れひとつしなかった。心臓はドキンドキンしているけど、これは違う理由だし。


「さあ、この先にお姫様が眠っていますから、王子のキスで起こしてあげてくださいね」


 ミサキが立ち止まり、ミサキがボクと繋いだ手をそっと放した。ボクは急に不安になる。


「ミサキは? ミサキも一緒に行くだろう?」


 よく見ると、ミサキの全身にぼわっと青白い光がまとわりついている。なんだか、ミサキの輪郭がぼやけているようにも見える。


「いえ、私の役目はここまでです。この先には行けません」

「なんでだよ!?」

「私はお姫様を起こしに行かなくなった王子をここに連れていくことが使命でした。なので、私の使命は終了し、もとの世界に戻ることになります」

「そんなの聞いていないよ!」


 ミサキの輪郭はどんどん青白い光に溶けていき、……、そしてその光はろうそくの火が消えるようにふっと消えてしまった。


『王子との旅はとても楽しかったです。これからは、外の世界から見守っています。私の大好きな王子。お姫様とお幸せに………』

「ちょっと、ちょっと待ってよぉ!!!」

 

 いくらミサキを呼んでも、もうそこには古い塔の階段と扉しか残っていなかった。






 どのくらい時間がたっただろうか。ボクにはわからないけど、百年はたっていないと思うよ。自嘲気味に笑ってみる。


「……、ミサキに言われた通り、扉をあけて、姫にキスをするとしようか」


 ボクは、誰にも言えない思いを胸にしまって、眠っている姫のいる部屋の扉に手をかけた………。


                               おしまい



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