第11話 百年前の続きを
「これから、盆踊りが始まります。皆さん、ふるってご参加をください!」
のどかなアナウンスの後、盆踊りが始まった。
遠は心霊スポットの後に帰ってしまった。
花梨ちゃんと真帆ちゃん、そしてもみやまんたちと途中まで一緒に夏祭りを楽しんでいたけれど、三人とも盆踊りの輪の中に入ってしまった。
わたしと雫さんは花壇の淵に腰を掛けて、連なる提灯の下で踊る人たちを眺めていた。
「りん、ボクに何か話したいこと、あるんじゃない?」
どきっとした。その通り、話したいこと、聞きたいことがたくさんある。
恐る恐る隣に目を向けると、雫さんは穏やかにわたしを見つめていた。
「あのね……」
「うん」
何て言えばいいのだろう。思わず視線を落としてしまう。
スピーカーから流れる賑やかな何とか音頭と、力強い太鼓の音で賑やかだ。なのに、雫さんの声はきちんと耳に届くから不思議。
「わたしね、夢を見たの」
「どんな夢?」
「龍神様って人と、おすずちゃんって女の子に会った夢。夢の中で、わたし……おりんちゃんって呼ばれてた」
「そっか……それで?」
わたしは思い出しながら、ぽつりぽつりと夢の内容を語った。
本当は夢の中の女の子は鈴って書いて「りん」という名前だったこと。
紛らわしいから、鈴ちゃんが「おすずちゃん」、わたしが「おりんちゃん」と呼ばれたこと。
龍神様が雫さんそっくりだったこと。性格がブラックだったことは、言わないでおいた。
「本当にあったことなのかな? ただの夢たったのかな」
「夢じゃないよ」
雫さんの言葉に、はっと顔を上げる。
「夢じゃないよ。おりんちゃん」
雫さんは微笑む。
「治水工事をしてから、龍神様はお役御免になってね。ほら、もう荒ぶる川は存在しないのだから、神様に頼る必要はないからさ。上手く川からの水を田畑に引くこともできるようになったから、湧き水も不要になった」
確か龍神様も同じことを言っていた。
「神様は、どうなったの?」
「花宮家当主、つまりおすずちゃんのはからいで、宿無しになった神様は、花宮家の屋敷神になったんだ」
「屋敷神……花宮家って、うちのこと、だよね」
雫さんは、だだ微笑む。
おすずちゃんがわたしのご先祖じゃないかって、薄々思っていたし。
花宮家、うちの屋敷神様……つまり、それは。
「ブラック……じゃなくて、あの時の龍神様って……」
「はーい、ボクです」
あのブラックさんが、雫さん?!
強引だけど、基本的には優しいところもある雫さんが、人のことはどうでもいいような態度のブラックさん?!
もしかしたら、と思わないわけじゃなかった。でもあまりにブラックだから、違う人……神様だと思いたかったのかもしれない。
「当時のボクは、かなりやさぐれていたから……ごめんね」
「確かに……やさぐれていたね、雫さん」
「ごめんなさい」
雫さんは、しょんぼりと肩を落とした。
色々言いたいこともあったけど、どこか憎めないんだよね……ブラックさんも雫さんも。ずいぶんな目に遭わされたけど。
「おすずちゃんが言ってたんだ。おりんちゃんは、恐らく自分の子孫じゃないかって。村を救うために先の世から来てくれた……ってね」
「おすずちゃんが?」
「そう。おすずちゃんの努力なしでは、治水工事はなし得なかったと思う。でもキミとの出逢いが転機となったのは確かだから。おすずちゃんは感謝していたよ」
もしかして褒められているのかな? でも。
「雫さんに、いいように遊ばれていただけな気もするけど……」
「だから、ごめんってば」
あんまりいじめたら可哀想かな。あの後、おすずちゃんと頑張ってくれたみたいだし、このくらいにしておいてあげよう。
でも、ただでは許してあげられないかな。
「……じゃあ、りんご飴買ってくれたら許してあげる」
「ふふ、おりんちゃんは心が広いなぁ」
「そう?」
「そうだよ」
そうかなぁ……と思っていたら雫さんは嬉しそうに、わたしの頬にそっと触れた。
「あれから色んなことがあったんだ。おすずちゃんの子供たちに囲まれて、花宮家はいつも賑やかだった。でもいつの間にか子供たちは大人になって、おすずちゃんもいなくなって……でも、ボクは信じていたんだ。またいつか、キミに会える日が来るって」
「雫さん……」
わたしにとっては、ついさっきの出来事だけど、雫さんにとってはあれから長い年月が経っていたんだ。
姿かたちは変わらないけれど、ブラックさんが今の雫さんになるまで、きっとたくさんの出会いと別れがあったのだろう。
「……やっと逢えた」
雫さんは消えそうな声でささやくと、わたしの頬をするりと撫でる。
その手はひんやりしているのに、わたしの頬はじわじわと熱くなる。赤くなったわたしの頬に触れて、嬉しそうに目を細める。
こ、これは……まずい。このままじゃ、あれをされちゃう!
「ちょっと待った!」
両手で雫さんの口元を塞ぐ。雫さんは不服を目で訴えてくる。
「あの時、わたしにお嫁さんになってとか言っていたけど、あれは……」
「本気だよ」
「生け贄的なものじゃなくて」
「ボクと結婚してってこと」
結婚!?
雫さんの爆弾宣言に、頭が大混乱だよ!
「待って待って! わたし、また中学生だし、彼氏もいたことないし、雫さんのことは好きかもしれないけど、まだ結婚なんて考えられないよ!」
「え……」
わたしの言葉がショックだったのか、雫さんは放心したように、ぽかんとしてしまう。
「りん……」
「ごめんね、雫さん」
「ボクのこと、好きって言った?」
「え? えっと……」
わたし、そんなこと言ったかな? 自分の言葉を思い出してみる。
『雫さんのことは好きかもしれないけど』
うわ、言ってる! でも『かもしれない』だった気がする。
「雫さん、わたし」
「嬉しいな、これで両想いだね!」
雫さんはわたしの膝裏を腕ですくうと、ぴょんっと飛び上がった。突然の浮遊感に、とっさに雫さんにしがみつく。
「きゃああっ!」
「大丈夫だよ、ほら見てごらん。きれいな景色だから」
そおっと目を開く。みるみるお祭り会場が遠ざかっていく。お祭りの提灯が、盆踊りを踊る人たちの輪がぐんぐん遠ざかる。
太鼓の音も、もう届かない。ふわりとそよぐ夜風が、少し冷たくて心地いい。
足元には町の家々に灯る明かりが、まるで地上に瞬く星のようだ。
「きれい……」
怖さも忘れて呟くと、雫さんは満足そうに目を細める。
「じゃあさ、結婚を前提にお付き合いからどうかな?」
「お付き合い……」
「そ。ボクの恋人になってよ。今風にいうなら彼氏かな?」
「彼氏……」
雫さんが、わたしの彼氏!
結婚なんて言われても、実感がなかったけれど、彼氏と言われて初めて実感がわいてきた。
心臓がドキドキして、息をするのも苦しい。嬉しいような、怖いような、恥ずかしいような……そんな気持ちが一気に押し寄せてくる。
「可愛いくてカッコ良くて、危なっかしくて目が離せない……昔からも、今も大好きだよ。おりんちゃん」
「雫さん……」
「ボクの恋人に……彼女になってください」
頭上の満月に近いお月様が、雫さんの顔を照らし出す。その表情が少し不安げで、思わず笑ってしまう。
「……わたしで、いいのかな」
「もちろん。キミがいいんだよ、凜」
うわあ! 今のはグッときた!
心臓のドキドキがしんど過ぎて、逃げ出したくなる。
でもここは夜の空の上。
雫さんの腕から逃れることはできない。
「百年前の、続きをしていい?」
ちょん、と鼻先同士が軽く触れる。
ブラックさんに迫られた時と同じシチュエーション。でも、わたしを見つめる目がとても優しい。
「ふ、フツツカモノデスガ……ヨロシク、オネガイシマス」
「うん。こちらこそ」
雫さんが笑う。
わたしは……雫さんのまつ毛が案外長いことを発見してから、そっとまぶたを閉じた。
おわり
我が家の屋敷神様は。 小林左右也 @coba2018
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