第10話 探検ふたたび

「りん?!」


 焦ったその声で、はっと目を覚ます。


「だからダメって……あれ……?」


 わたしの顔を覗き込んでいるのは、ブラックさん……ううん違う、本物の雫さんだ。今は美少女みたいな男の子の姿をしているけれど、間違いなく雫さんだ。

 わたしと目が合うと、強張っていた頬をゆるめた。


「よかった……気分は? どこか痛いところは?」

「……ない、です」

「なんで敬語なのさ」


 雫さんは気が抜けたように笑った。

 すると雫さんにのし掛かるように、花梨ちゃんが顔を出した。

 

「よかったぁー! 突然倒れるからびっくりしたよ」

「本当に、肝が冷えましたよ花宮さん。ああでも、無理はなさらずに」


 もみやまんも、心配してくれていたらしい。


「廃神社の呪いかと思ったよ……」


 真帆ちゃんがまだ不安そうに呟く。


「あれ……わたし」


 頭がぼーっとして、今の状況がよくわからない。


「今どこにいるの……?」

「まだ廃神社だよ。急に倒れてさ……タダノが動かさないほうがいいって言うから」


 遠がぶっきらぼうに教えてくれた。

 タダノさんから、タダノ呼ばわりとは……遠の奴め。態度変わりすぎじゃない?

 雫さんに助けられながら身体を起こすと、古びた鳥居が視界に入ってきた。なんと鳥居の下で横になっていたらしい。


「中に入るのもアレだし、ちょうど日陰になっているの、ここくらいしかなくて」


 真帆ちゃんの声を聞きながら、霧がかった頭の中が少しずつはっきりしてきた。


「おい、頭ぶつけたんじゃないか。大丈夫か?」


 珍しく遠が心配してくれているらしい。頭は……どこも痛くない。


「……ここの神様に会ってきた」

「うわ、やばい……やっぱ頭を打ったんじゃねーの」


 遠がわたしの頭に手を伸ばす。たんこぶでも確認しようと思ったのだろう。けれど、その手は雫さんがぴしゃりと叩き落とされ、代わりに雫さんがたんこぶの確認をしてくれた。


「うん、特に腫れていたりケガしたところもなさそうだね」


 雫さんはひと通りわたしの頭を撫でると、ボサボサになった髪まで手ぐしで整えてくれる。仕上げに髪留めをつけ直し「うん、可愛い」と、嬉しそうにほほ笑んだ。


 興味深々な、みんなの視線がいたたまれない。わたしだって、こんな状況いたたまれな過ぎる。


「もう、大丈夫だから!」


 雫さんの手から逃れると、花梨ちゃんに尋ねた。


「わたし、どれくらい気を失っていたの?」

「うーんと、十五分くらいかな」


 その答えにびっくりした。あんなに長い時間を過ごしていたのに、こちらではその程度の時間でしかなかったらしい。


「よーし! りんちゃんも復活したところで探検続行よ!」


 花梨ちゃんは探検を続ける気満々だ。


「花宮さん、無理しなくていいですよ。ここで休んでいてはどうですかな?」


 気遣うもみやまんの言葉に、少し迷ってから首を振った。


「ううん、もう平気。わたしも行くよ」


***


「では、いよいよ神社へ突入です!」


 花梨ちゃんのリポートが始まった。元気な声と共に、廃神社の境内へ足を踏み入れる。

 不思議と最初に感じていた気味悪さは、どこかへ行ってしまっていた。でもそれはわたしだけみたいで、真帆ちゃんと遠は悲痛な面持ちで歩みを進めている。


「この小高い山の上に祠がありますが、危険なのでズームで見てみましょう。部長、はいズーム!」


 もみやまんが熱心にスマホを祠に向けている。その間、花梨ちゃんは自分のスマホであちらこちら写真を撮っていた。


「あ! 見てみて! ここ! これって、建物の基礎じゃない?」


 突然花梨ちゃんが地面を指さして、みんなを手招きしている。花梨ちゃんが指し示しているところへ行くと、長方形の形で石が規則正しく並んでいる。

 もしかして……閉じ込められた小屋? 広さがちょと同じくらいのような気がする。小屋は川のすぐそばにあったけれど……あ、治水工事したからか。


「この人身御供に選ばれた娘たちが閉じ込められていたのよ! そう! 当時はこの神社の近くには鶴ヶ久美川が流れていたの!」


 花梨ちゃん、ご解説ありがとうございます。さすが郷土史をしっかり調べているだけある。

 花梨ちゃんが目を輝かせる横で、真帆ちゃんと遠は、慌てて土台から遠ざかっていった。


「さあ! いよいよ幽霊とのご対面だよ!」


 はりきって、花梨ちゃんは歩き出した。



「えー全然幽霊出てこないじゃん」


 一通り探索したけれど、単なる寂れた神社だった。


「まあまあ、下條さん。もう成仏されていると思えばいいじゃないですか」

「でもー」


 幽霊が出てこなくてがっかりしている花梨ちゃんを、もみやまんが穏やかになだめている。


「ね、帰る前にお参りしておこうか」


 雫さんの提案に、もみやまんが頷いた。


「そういたしましょう。ほら、皆さんも一緒に」


 雫さんともみやまんが祠に向かって手を合わせる。花梨ちゃんは渋々、真帆ちゃんと遠は真剣な面持ちで手を合わせた。

 わたしもそっと手を合わせる。


 龍神様……ブラックさんはあれからどしたのかな? おすずちゃんと治水工事を手掛けた後は、消えちゃったのかな……。

 かなりブラックな性格だったけど、雫さんとそっくりだったせいだからか憎めなかったな。まあ、ちょっと強引だったけどね。

 ふと、キスされそうになったことを思い出すと……何とも言えない気持ちになる。うっかりほだされそうに……ううん、ならない。なってない!

 大きく頭を振ってから、改めて手を合わせる。


 でも、人身御供になったり、花街に売られていった女の子たちがいたことは本当のことなんだよね。

 気休めにもならないけれど、わたしは祈った。

 どうか、本当に龍神様の生け贄になってしまった女の子たちや、花街に売られてしまった女の子たちの魂が、少しでも安らかになりますように、と。



「残念ながら、今回の撮影では幽霊や怪異は訪れませんでした。いずれまたの機会に、この地を訪れたいと思います。この度は最後までご視聴ありがとうございました」


 花梨ちゃんがスマホの前で最後に締めくくり、心霊スポット探検は幕を下ろした。

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