《後編》一緒に

 ジェレミアと結婚をしてふた月が過ぎた。

 新国王としての彼は前国王の方針を踏襲しながらも新しい施策も提案し、大臣や国民たちからの評判は上々だ。

 彼は宣言通りに呪いを他人に移す研究も始めさせ、更に呪いを引き受けてくれる赤子の募集も始めた。この報酬は赤子にもその家族にも破格のもので、更には国の英雄にもなれるとのこともあり、問い合わせが多いらしい。


「君はなにひとつ、罪悪感を覚える必要はない」と彼は笑顔で言う。「これは国を存続させるための王としての決断だからね」

 存外に精神がタフらしい彼は、冷徹に思える決断も軽やかにしてしまう。私が即位していたならば、この厄介な呪いを他人に移すなんて方法を考えることはなかっただろう。


「でも、私情も入っている。秘密だけど」

 そう言って彼は私を抱き寄せ額にキスを落とした。ヴェール越しではあったけど。周りにグウェンやトリスターノがいたから。ジェレミアは人目を憚らずにイチャイチャしてくる。おかげですっかり、おしどり夫婦扱いだ。

 グウェンなんて、

「姫様がこんなに幸せな結婚生活を送れるとは」としょっちゅう嬉し泣きをしている。


 それは私が一番驚いていることなのに。




 そうして更に驚くことに、ジェレミアの母国リューゲから本当に彼を頼った人たちが来た。政治学者や元大臣に老騎士。国にいても遅かれ早かれ、良くて投獄悪くて拷問のち死刑だからだそうだ。

 その中のひとり、老騎士が途中の村で拾ったという少女を連れていた。


 ノアと名乗る彼女は現在は魔法は使えないけれど、かつて私に呪いを掛けた女性の生まれ変わりなのだと主張した。

 女性は自分の死は覚悟をしていて、死後の世界で苦悶するろくでなし男を見て楽しむつもりだったという。ところがカッサーノはあっさり殺されてしまった。


 すると女性は急激に後悔したそうだ。自分が復讐したいのはカッサーノであり無垢な赤子でも国民にでもない。こんな展開は予想外で、呪いを解く方法が失くなるとは微塵も考えていなかった。

 彼女の魂はもう一度人に生まれ、自分の仕出かしたことの後始末をつけることを神に願った。


 願いに願い続け、そしてノアとして生まれた――。




 彼女は女性の生まれ変わりの証拠だと、私に呪いを掛けたときのことを詳細に語った。それは事件を知る者を驚かせるほど正確で、地方に住む12歳の子供が知っていることとは考えられないとのことだった。


 ノアはあの女性の生まれ変わり。


 それは事実のようらしい。

 更に彼女は、今際の際の大魔女から魔術書と魔女の才を譲り受けたこと、書物はとある廃墟に隠してあることも語った。

 その場所は都からだいぶ遠かったので捜索隊が結成され、何故か国王名代としてトリスターノも加わった。




「兄も、君のために何かしたいというのだ」とジェレミア。

 そんな話をしたのは、プライベートの時間だった。とはいえ近くには侍女や侍従がいるのに、彼はおかまいなしに私を膝の上に乗せてキスの雨を降らせる。


「自分と僕を大切にしてくれる恩返しなんだって」

「どう考えても私のほうが幸せになっていると思うの。恩返しをしなければならないのは、私だわ」

 私にはまだ恥じらいがちゃんとあるので、こっそりと囁いた。


「恥ずかしがるエウフェミアは可愛いなあ。そう思うだろ?」

 ジェレミアは周りの侍従たちに問いかける。彼らの困惑も何のそのなのだ。

「可愛い妻は、僕が全力で守るからね」





 ◇◇




 それから間もなくして、王族の墓がある大聖堂の司教がやって来て、父カッサーノの墓が荒らされたと告げた。ろくでなしのそれは隅に目立たなくあって、墓守りたちもあまり気に掛けていなかったらしい。いつ荒らされたのかも分からないという。


 荒らすも何も、副葬品は入れておらず盗るものなどないはずだと侍従長が言えば司教は、遺体が盗まれたのだと答えた。


「そんなものをどうするのかしら」

「バレてしまったら仕方ない」

 そう言ったのは、ジェレミアだった。

「あなたが盗んだの!?」

 そう、と悪びれもなくうなずく私の夫。


「カッサーノを甦らせてみようと思い、魔女組合にやらせている。君には内緒にしておくつもりだった」

「どうしてそんなことを!」と叫ぶ司教。「神の摂理に反している」


 するといつも柔らかい表情のジェレミアが真顔になった。

「摂理よりも国とエウフェミアを救うことのほうが重要だ。元々、正しく呪いを解くにはカッサーノが必要だった。だから彼には生き返ってもらう」

 黙る司教。


 生き返る。ろくでなしの父が……。


「すまないね、エウフェミア」ジェレミアが私を見る。目には悲しみがあるようだ。「僕は手段は選ばない。正義や道徳よりも自分と愛する人たちの存在のほうが大事だ。嫌いになったかい?」


 彼の手が伸びてきてヴェールの隙間から入り込み、頬を撫でる。優しい手つき。

「責任も非難もすべて僕が背負うよ」

「いいえ。私だって愛する人が大切よ。幸福も悲しみも重荷も責任も、ふたりで分かち合うの。婚礼のときにそう誓ったわ」


 ジェレミアはにこりとして、司教に「失礼」と一言断りを入れると、ヴェールの上からキスをしてくれたのだった。




 ◇◇




 数週間後、ノアが何十冊もの魔術書と共に帰ってきた。

 これで呪いが解けることが実現味を帯びてきた。誰も彼もが浮き足だっている。


 ついでにノアとトリスターノはすっかり仲良しになったようだ。トリスターノ曰く、可愛い妹ができて嬉しいらしい。何しろ愛しの弟が妻にべったりになってしまい兄離れをしてしまったからだ。


 ノアも早くに両親を亡くし親戚をたらい回しにされていたらしいのだが、どこに行ってもおかしなことばかり言う気味が悪い子と疎まれていたのだそうだ。老騎士に出会ったときは、最後の親戚にも捨てられて、なんとかして私に会わなければならないとひとりで旅を始めて餓死しかけていたところだったそうだ。

 だからなのか、なにくれとなく世話を焼いてくれるトリスターノが大好きらしい。


 弟の従者を辞めたトリスターノは、今ではまるでノアの兄のようだ。




 そんなある晩寝室で、いつも通りに私を膝の上に乗せたジェレミアが深刻な顔をして悩んでいると打ち明けてきた。


「一体どうしたの。悩みなんて初めて聞くわ」

「非常に困っている」ジェレミアはそう言いながらも私の模様まみれの頬にキスをした。

「呪いが消えたら、君のこの模様も消える」


 ……まさかこれが好きだから惜しいと言い出すのだろうか。

 彼と出会って数ヶ月。ジェレミアが一般的な青年とはだいぶ違っているのはすでに深く理解した。だがもしや、性癖も普通ではなかったのだろうか。


「消えたら君はヴェールをやめるよね」

「そうね。楽しみ」

 だけど深いため息をつくジェレミア。

「そうしたら君の美貌を皆が見る!」


 どういうことだろう。


「僕の可愛い君を見せびらかしたい。だけど他の男どもが君をそういう目で見るのかと考えると嫉妬で腸が煮えくり返る。どうすればいいんだ」

 ……ええと?


「男どもを城から一掃してしまう?」

「ジェ、ジェレミア?」

「だけど長年に渡りエウフェミアに貢献してきた忠臣たちだ」

 ほっと胸を撫で下ろす。

「奴らの目を潰す?」

「ジェレミア!」

「魔女組合に、エウフェミアの顔だけ判別できないような呪いをかけてもらうのもいい」

「ジェレミア。冗談にしては物騒すぎるわ」


 すると私の夫は、子犬のような顔をむけた。

「エウフェミア。僕は本気なのだ」

「……私たちの婚約をまとめてきた大使はね、あなたのことを『いささか残念な王子』と評したの。実際はそんなことはなくて最高に優秀で頼もしい王子だったわ。しかも幸運ももたらす福の神」

 そうかいと照れるジェレミア。可愛い。


「だけどやっぱり『いささか残念』も正解だわ。そんなことで悩む王はきっと、世界であなただけよ。男の人たちに変なことをしたら、嫌いになってしまうから」

「それは困る」

 とたんにジェレミアは私のいたるところにキスをし始める。

 私は思いきってその背に腕を回して、抱きついた。


「私が好きなのはジェレミアだけよ。よそ見なんてしないから心配しないで。もし私を好意的に思ってくれる人がいても粛清してはだめよ。あなたのお父様といっしょになってしまう」

「……そうか。ならば僕は寛大にならなければいけないのか」

「そうよ」

「努力する。だから約束だよ。君は僕だけ。僕も君だけ」

「私はあなただけ。あなたは私だけ。約束ね」





 ◇◇




 それから更にひと月。

 残念ながら解呪は成功していない。


 ノアは組合の魔女たちと契約をしてその力を授かった。そうやって魔女になるのだそうだ。これで呪いが解ける……かと思いきや、ノアと件の女性が別の人間だからなのか、契約した魔女が違うからなのか、うまくいかなかった。


 一方で父の甦りは成功した。私は会っていないけど、どうやら生前そのままの性格で復活を遂げたらしい。トリスターノをはじめ、並みいる大臣魔女ノアたちの説得にも耳を貸さずに処置を完全に拒否。あげくに魔女を口説く始末。

 これはダメだと父は術を解かれて骨に戻ったそうだ。


 となるとジェレミアが最初に提案した、呪いを他人に移す方法が最良だ。今はその研究に取り組んでいる。

 期限まで約半年。幸い、国におかしな兆候は出ていない。のんびりはできないけれど、まだ猶予はある。




 そんなある日の夕方のこと。

 ノアとトリスターノが私のもとにやって来た。内密の話がしたいという。

 人払いをして私のほかは侍女のグウェンだけになるとノアとは、


「実はあなたの呪いをとく新しい呪文が完成しています。多分成功するでしょう」

 と言った。だけどその顔は陰り、隣に立つトリスターノの手を不安そうに握りしめている。

「何か問題があるのね?」

 うなずくノア。


「秘密を漏らしたら極刑と陛下に言われています」

「ジェレミアがそんなことを?」

「ええ。彼は激しい性格みたいですね」

 トリスターノがうなずく。


「呪文も手順も簡単です。ただし必要なものがあります」とノア。「あなたを真に愛する人の心臓です」

 血の気が引く音が聞こえた気がした。

「陛下は今夜実行するつもりです。知っているのは魔女組合と、私が先ほど打ち明けたトリスターノ様だけ」


 ノアが言い終わるのを待てずに走り出した。今の時間、ジェレミアは執政室にいるはずだ。

 廊下を疾走する私に皆が声をかけてくるけれど、答えるどころではない。


 部屋に飛び込むと、机に座って書類仕事をしていたジェレミアが驚きの顔で瞬いた。それからいつもと変わらない笑顔になって、

「どうしたんだい」と尋ねる。


「幸福も悲しみも重荷も責任も、ふたりで分かち合うと誓ったわよね!」

 ジェレミアの顔から笑みが消えた。

「今夜の件は中止よ、ジェレミア。心臓なんて提供したら、あなたを絶対に許さない」


 大臣や従者たちが戸惑いの声を上げて王と私を見比べる。


「だけど君に生きてほしい。僕で君を救えるのなら、喜んでこの体を差し出す」

 ジェレミアは力強く断言した。

「バカじゃないの!あなたはお母様の悲しみをそばで見てきたのに、私に同じ思いをさせるの?まだ半年もあるのに、何をつまらない決断をしようとしているのよ」

「だが君は呪いを赤子に移すのは、本当は嫌だろう?」


 ジェレミアは立ち上がると机を回って私のもとに来た。手をとり、手袋越しに撫で回す。


「エウフェミアは呪いよりも、この文様の苦しみを他人に与えたくない」とジェレミア。「だけど今のところ有効な手立ては他に見つかっていない。二択なら僕を使ったほうがいい」

「バカね。どちらも同じくらい嫌よ。まだ半年あるのだから早まらないで」


「まさか陛下はご自身を犠牲にしようとしているので?」

 大臣のひとりが尋ねる。

「そうよ」

「ではそれは最終手段にしましょう。最後のひと月になっても呪いが解けなかった場合に実行を」と大臣。「陛下はもう国民に大変な人気がありますからね。あなたを失うのは、政略的に良くありません」


「ほら。周りも反対しているわ」

 ジェレミアがくしゃりと顔を歪めた。初めて見る表情だ。その頬に触れようとしたら、抱きしめられた。

「君を失うことが怖い。こんな気持ちは初めてなんだ。どうすればいいか分からない」


 いつも前向きな彼が、初めて見せた弱気だった。




 ◇◇





 ノアと魔女組合はあらゆる試みをし、幾つもの解呪方法を考案してくれた。だがどれもうまくいかず、そんな中で大魔女の古い書物からみつかったのが、呪われた本人が自分の力でそれを解く方法だった。


 もちろん簡単なものではない。失敗をすれば私は死ぬ。魔女が魔力を込めた火掻き棒を使って自分で魔方陣を書き、呪文を唱えるそうだ。全て覚えてソラでやらなければならない。魔方陣の書く順番ひとつ、呪文の一句でも間違えたらおしまいだそうだ。


 この話にジェレミアは渋い顔をした。私を危険に晒すより、自分が犠牲になるほうがいいと言うのだ。私はそれをそっくりそのまま言い返した。


「ねえ、ジェレミア」

 定番の彼の膝の上。近頃の彼は時間があれば私を乗せて抱きしめる。きっと不安からなのだと思う。

「あなたに初めて会ったとき、私は『間に合わないかもしれないけれど、国だけは救いたい』と話したと思うの」

「……そうだね。覚えているよ」彼は私の首筋に顔をうずめる。


「私は物心がつく前から呪われていたでしょう。だから死ぬことは嫌でも覚悟は決まっていたのよ」

「……うん」

 頼りない声を出す愛しい人の髪を撫でる。

「だけどあなたに会って覚悟はなくなってしまったわ。ずっと一緒にいたいの」


 ジェレミアが顔を上げた。

「僕だって」

「私は自分の望みを叶えるために解呪に挑むわ。絶対に失敗しない」

「エウフェミア」ジェレミアが泣きそうな顔をしている。

「そんな顔をしないで。あなたといつまでも二人でいるためにやるの。あなたの存在が私を強くしてくれる。私のもとに婿に来てくれて、ありがとう」

「僕こそ。選んでもらえて幸せだ」




 決して失敗をしないよう、私は時間をかけて魔方陣と呪文を完璧に覚える努力をした。どちらも普通の人間には縁のないもので、書物を見ながらですら間違えてしまうような代物だった。

 だけどジェレミアの存在が励みとなり、私は必死に習得に励んだ。


 解呪の儀式には、その最中に呪いが解けることを心の底から望む人の思い千人分が必要で、ジェレミアはお触れを出して国民に協力を要請した。


 これで失敗をすれば私は死ぬ。

 死んだときに国に何が起きるかは分からないけど、できうる限りの対策はとってある。ジェレミアと精鋭大臣たちがいるから心配はないはず。


 私は必死に入念な準備を続けた。

 傍らにはいつもジェレミアがいて、私の手を握りしめてくれていた。






 そうして期限まで残り三ヶ月という日に儀式を決行することになった。ジェレミアが王宮にやって来た日のように、空を重い雲が覆っていた。雨に降られるとまずいので、行うのは城の広間だ。


「妃殿下。窓の外をご覧下さい」

 大臣に言われて近寄ると、雨が降りそうだというのに庭に大勢の人が集まっていた。城の人間もいれば、市井の庶民もいる。

「亡き女王陛下と現国王陛下の善政の賜物です」と大臣。


 私は窓を開けると、頭を深く下げて礼をした。父がろくでなしだったせいで、国民にいらぬ不安を与えた十八年だった。これが私ができる最後の謝罪と感謝になるかもしれない。


 隣にジェレミアが立つ気配がした。彼が私の手を握る。彼の手はいつでも力強くて私の支えとなってくれる。


 群衆から拍手が起こり、やがて怒濤のような音になり城を包んだのだった。





 広間でジェレミアとグウェンに見守られ、十二人の魔女に囲まれて解呪の儀式に挑む。

 絶対にやり遂げてジェレミアと共に生きるのだ。その思いを胸に頭と体に叩きこんだ手順をこなす。火掻き棒で床に傷をつくり魔方陣を描く。本来の用途でないそれを使っての線描は、集中しないと間違えてしまいそうだった。それに加えて呪文の詠唱。何百何千回と練習をしたけれど、緊張で口内が乾き、うまく言えていないのではという不安に襲われた。


 それでも、全てを終えることができた時。


 炎で焼かれるような激しい痛みに襲われ、その場にくずおれた。まさか失敗したのかと絶望したのはわずかな間だけだった。

 痛みは直ぐに引いた。

 駆け寄ってきたジェレミアに抱き起こされる。

 不安げに私を見る彼。私はそっと手袋をめくった。それから乱暴に脱ぎ捨てる。

 素肌の手には何もなかった。

 呪いの文様はきれいさっぱり消えていた。


 ジェレミアがヴェールをめくる。

「ああ!」

 彼はそう叫んで私を抱きしめた。グウェンも良かったと叫んで腰を抜かしている。


 魔女の代表がやって来た。笑顔だ。

「おめでとうございます。成功です」





 ◇◇





 私に掛けられた呪いは解かれた。国も安泰だ。

 ジェレミアは大喜びで、儀式を行った日を『感謝の日』として国民に祝い酒と菓子を振る舞う祝日と定めた。


 誰もが喜び、城の廊下や広間で舞い上がった大臣や侍女が踊る中、ひとり深刻な顔をしたノアがやって来て、全て終わったから自分を処刑してほしいと言い出した。前世での罪を償うと言うのだ。


 そんなことを言われてもノアと件の女性は別人だ。大体、ノアがいなくなったらトリスターノが泣く。

「それならば魔女には魔女のやり方で、罪を背負ってもらおう」そう言ったのはジェレミアだった。




 それから数日後。私たちの寝室に、朝一番で駆け込んできた青年がいた。ジェレミアによく似ている。

 トリスターノだった。

 彼は起きたら全ての不具合が治っていた、何が起きたのか分からないと話した。


「僕がノアに依頼したんだ。すごいな。怪我も火傷も完治している」

 にこにこと話すジェレミア。


 どこか引っ掛かりを感じ、トリスターノが帰ってからジェレミアを問い詰めると、彼の不具合は治ったのではなく移してもらったのだと白状した。


「誰に?」

「もちろん彼に怪我と火傷を負わせた義兄たちにだ」やはりにこにことしているジェレミア。「すまないね、エウフェミア。冷酷な僕に落胆したかい?」

 彼はそう言いながら、私の手に額にとキスを落とす。


「まだまだあなたは知らない面を持っているのかしら」

「エウフェミアが探してくれるかな。時間ならば沢山ある」


 そうして私の愛しい人は、君といられて幸せだなぁと呟く。


「あら、私も幸せよ」

「いいや、僕のほうがずっと幸せだ」


 よいしょと彼は私を膝の上に乗せた。

「今日の公務は休みにしよう。エウフェミアを堪能する必要がある」

「毎日そう言っているわ。飽きないの?」

「飽きないさ。文様のあった君も美しかったけど、ない君も美しい」


 扉をノックする音がした。

「ほら、起きる時間よ」

 ジェレミアは

「あと半時間後に来てくれ!」

 と廊下に向かって叫ぶ。

「一緒にいられる幸福を、ふたりで分かち合わないとね」



 そう言って、些か残念な国王は今日も『寝坊』をするつもりなのだ。

 もっとも私もやぶさかではない……。





 ◇◇





 ジェレミアたちが我が国に来て一年が過ぎたころ、彼らの母国リューゲでは革命が起きた。あちらから来た学者の話では、革命軍の中心は、ジェレミアが庶民のふりをして親しくしていた人たちだったとか。

 事実かどうかは、分からない。


 それからトリスターノは妹のように思っていたノアに迫られている。四年ほど待ってくれれば結婚相手にちょうど良い年頃よなんてアピールされているらしい。

 彼は『年の差が』なんてぶつくさ言いながらも満更ではなさそうだ。


 兄弟の母君は時々、自分にはふたりの息子がいると思い出すようになった。一瞬でしかないしあれこれ錯綜はしているけれど、兄弟は喜んでいる。




 ヴェールを必要としなくなった私の世界は明るくて、となりには素晴らしいジェレミアがいて。

 彼に巡り会うために呪われたのだろうかなんて考えてしまうほど、私は幸せになったのだった。

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呪われた王女と見捨てられた王子のお話 新 星緒 @nbtv

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