【短編】魔法少女だけど、もう28歳だし結婚したいなぁ

夏目くちびる

第1話

「いや、無理だろ」


「何でそんな酷いこと言うの?」



 とあるビルの一室。飾り気のない殺風景な空間の中で、男と女が話をしていた。



「だって、お前が結婚したら誰がこの世界を救うんだよ。魔法少女って、世襲制じゃねぇんだろ? お前以外、適合してる奴がいねぇんだろ?」


「まぁ、そうだけどさ」


「なら、お前が守るしかねぇじゃん。あんまフザけた事言ってんなよな」


「助手のクセに、生意気な〜」


「うるせぇよ。魔法ぶっ放すしか出来ない脳筋のお前の、誰が命を救ってると思ってんだ」


「むぐぐ」


「精神支配系の敵とか、記憶操作系の敵とか、お前泣いちゃってまともに戦えねぇじゃんか」


「そ、そうだけど」



 次第に、女の顔色が悪くなっていく。



「世界をお前が救って、俺がお前を救う。そのプロセスの、どこに結婚をブチ込むんだよ。定期的に、魔物は地球ぶっ壊しに来るんだぞ? お前、世界平和ナメてんのか?」


「……ひくっ。ご、ごめんなさい」


「お前にガキが出来たら、産休を代替してくれる奴がいんのか? それとも、腹ん中にガキ入れたまんま死闘すんのか? それでガキが死んだら、お前立ち直れんのか?」


「ど、どおじでそんなに、ひ、ひどいこどいうのよぉ〜……っ」


「そういうの、全部引っくるめて覚悟決めて、お前は魔法少女になったんだろうが。あんまワケ分かんねぇこと言ってっとぶっ飛ばすぞ」


「な、なん……でよぉ〜。ひっく。べ、べつに、結婚しだいっで、ちょっと言っでみただげなのにぃ〜……」



 そして、彼女は泣きながら机に突っ伏して、クネクネ体を動かしながらワンワン泣いてしまった。



「気が済むまで泣け。どうせ、お前の苦悩なんて誰にも分かんねぇから」


「うぅ〜……」



 泣き喚く女の頭を撫でて、男は窓の外を見た。



 街は、さっきまで巨大な魔物に侵されてボロボロになっていたとは思えないくらい元通りの姿だ。



 それもこれも、全て魔法少女であるネネコのお陰である。世界は、彼女が救っている。誰も知らないことだが、そういうふうに出来ているのだ。



「コーヒー飲むか、魔法少女」


「う、うん」



 この、イサミを除いて。



 二人の関係は、幼馴染でありパートナー。決して報われることのない、運命の傀儡として生きる存在。



 だから、ネネコに力を与えた存在は、二人をそれぞれ『ネオアダム』、『ネオイヴ』と名付けたのだ。



 ある日、地球に巨大な隕石が飛来して、その衝撃で次元の裂け目が発生してしまった。



 裂け目は異世界と繋がっていて、そこから魔物が地球を攻めてくるようになった。



 そして、現れた魔物に殺された最初の被害者がイサミであり、ネネコはイサミの命を救う為に魔法少女となったのだ。



 ――じゃあ、俺の命はお前のモンだな。



 街を元通りにしたことで、イサミは生き返った。そして、その恩義を返すため、イサミは一生をネネコに尽くすと決めたのだ。



 だから、二人はパートナー。切っても切れない、共同体なのだ。



 因みに、イサミはネネコの3つ下。25歳である。



「イサミは彼女とかいんの?」


「いねぇよ。中卒でずっとお前と一緒にいんのに、いつ作るんだよ」


「作んないの?」


「お前が死んで、明日世界が終わるなら作るよ」



 ネネコから見て、イサミは控え目に言っても美形であった。



 異常に鋭い赤目と、一度死んだことで真っ白になった髪の毛が特徴。薄い唇に、コケたような頬で狂犬のような雰囲気を思わせるが、それでも高い身長と相まって、街を歩けば女を振り返らせる魅力がある。



 暴力的で、やや口が悪く、物事の全てを合理的に考え、性格もかなりクセがある。しかし、それは全てがネネコを生き残らせる為に芽生えた意識の賜物であるのだ。



 そう説明してやれば、ネネコも少しは救われるだろうに。



「最近、よく結婚式に招待されるの」


「へぇ、楽しいのか?」


「楽しいけど、羨ましい」


「だから、結婚したいとか言い出したのか」



 イサミは、ミルクと砂糖をたっぷり入れた甘いコーヒーをネネコの前に置いた。



「まぁ、そんな感じ。ドレスとか、着てみたいなって」


「じゃあ、二度と結婚式に行くな」


「えぇ?」


「お前、戦いの安定性がメンタルに直結してる節があるだろ。だからダメだ」


「でも、大切な友達だし。付き合いとかあるし」


「お前が死んだら、大切なそいつらも死ぬ。守りたいなら、結婚式に行くな」


「もういい、相談した私がバカだった」


「ほら、そうやってすぐに思考放棄するだろ。魔法少女とはいえ若くねぇんだから、もう少しリスクマネジメントしろ」


「ま、まだ若いですから!? 28歳なんて全然若いですから!?」



 ネネコは、どこにでもいる普通の女だ。



 丸い目と、丸い輪郭と、丸い雰囲気に、丸い言葉遣い。ほんわかとした優しい顔立ち、フワフワした茶色い髪の毛。一目見れば、いい子だと直感するような、普通のかわいい女。



 ただし、修羅場をくぐり抜けて成長した精神は、やはり並大抵ではない。ここ一番での度胸は尋常ではなく、それによって生まれる限界を超えたパワーを振るい、何度も窮地を脱している。



 ただし、それは以外は本当に普通の女だ。



 公立高校、女子大を経て一般的なメーカーに就職し、現在はイサミが経営するなんでも屋の経理として働いている。



 シーキューブのティラミスが大好きで、趣味は映画を見る事。得意技は、赤い雷を呼んで攻撃するトニトルス・ブレイカー。



 だから、人並みに恋をしてみたいし、人並みの幸せを夢見ている。ずっと、普通の生活に憧れている。



 しかし、そんな夢を抱くからこそ、魔法少女は敗北するとイサミは知っている。



 それを防ぐため、彼はネネコに強く当たるのだ。



「つーか、28歳なら魔法少女っていうか魔女だろ。あのフリフリのピンクの衣装、そろそろ卒業しろよ」


「いいじゃん、かわいいんだから」


「かわいいか?」


「かわいいでしょ!?」



 言って、ネネコは魔法のステッキを亜空間から呼び出して変身した。



 ピンクと白を基調とした、ファンシーなイメージのミニワンピース。そこに、白くて大きなベレー帽と、腰には黄色いリボンを締め、白い二―ソックスにピンク色の靴を履いている。



「体型にあってねぇんだよ。お前、おっぱいデカくなりすぎ」


「んなっ!」



 確かに、普通の成人女性と比べて、ネネコの胸は大きかった。



「企画モノのエロビデオじゃねぇんだぞ。真面目にやれよ」


「真面目にやってんでしょ!? この格好じゃないと、調子出ないんだから!」



 実を言うと、衣装はネネコが幼少期に憧れた魔法少女のモノであり、彼女の意識一つでいくらでも変えられる。



 極論を言えば、ステッキさえあればジーンズとパーカーでもいい。そのことを、イサミはとっくに知っているのだった。



「このリボンは何なんだよ」


「変身するとき、私の体を隠してくれてるじゃん」


「このベレー帽は」


「ピンチの時、投げて変わり身にしたり出来るじゃん」


「なんで目の色が黄色になるんだよ」



 普段は、ブラウンである。



「これは、魔法陣を網膜に宿すことで簡易的な魔法を無詠唱で発動する為だってば」


「じゃあ、このおっぱいはなんだ。ふざけてるのか?」


「勝手に大きくなっちゃったんだから仕方ないでしょ!?」



 恥ずかしくなって、つい魔法を発動しかけたネネコの腕を、イサミは素早くとって未然に防いだ。



 強い。



「まぁ、中校生から着続けてれば、もう変えられないか」


「そ、そうだよ。しかも、かわいい」



 ため息を吐くと、イサミは掃除用具入れから道具を取り出して準備を始めた。



「あれ、もう動くの?」


「あぁ、今夜の予想だ。場所は、千葉のこの当たり。時間は、22時から23時ってところ。準備しろ」



 言いながら、地図を広げ指差す。



「はぁい」



 イサミの役割は、これだ。



 襲来する魔物の日程や場所を予測し、その先の地形を確認して戦略を練り、そしてネネコに伝える。



 いくらネネコが強力な魔法を使えたり、壊れた街を修復出来ると言っても限度がある。だから、場所を外して巻き戻せないくらい被害を得れば、世界はその形のまま未来へ進むことになる。



 その為、イサミは何でも屋をこなしながら次元の裂け目の情報を集め、この世界に起きる微かな異変を察知し、現場へ向かう。幸い、場所は次元の裂け目が目視出来る南関東に絞られている為、彼は東京に会社を作ったのだ。



 無論、その結論を導くまでに、尋常ならざる努力があったのだが。



「じゃあ、行くぞ」


「うん」



 ……その日の戦いで、ネネコは負傷した。彼女は、自分の体を治す魔法を使えないのだ。



「痛いよぉ」



 呟くネネコの傷を、何も言わずに治療するイサミ。何でも屋の彼は、無免許でありながら世界最高の医療技術を会得していた。



「ほら、治ったぞ。後は、お前の治癒力でどうにでもなる」


「ありがと、ぐすん」



 ベソをかきながら、イサミにしがみ付くネネコ。どうやら、結婚話のダメージは、思っていたよりも深く心に残っているらしい。



「そんなに結婚したいのかよ」


「うん、したい」



 即答されても、イサミは彼女の頭を撫でてやる事しか出来ない。



 彼は、一度死んだ影響で心の大切な部分を失っている。その為、小学生までの生前の記憶でしか恋愛を判断できないのだ。



「……仕方ねぇな。おい、神」



 呼びかけると、事務所の扉がひとりでに開いた。その先はトイレのハズだが、広がっている景色はまごう事無き異世界の聖域のモノだ。



「なんじゃ?」



 そこから出てきたのは、可愛らしくも幼い金髪の少女だった。



 しかし、見た目は実際の年齢に比例するワケではない。彼女はネネコに力を与えた存在、つまり神であり、異世界から次元の裂け目を塞ぐために日々尽力している向こう側の英雄なのだ。



「こいつの結婚相手、用意してやってくれ。出来るだろ?」


「……なんじゃと?」


「ネネコの結婚相手だよ。このままじゃ、行き遅れにコンプレックス抱えたせいで世界が滅びる」


「お主、ワシを呼び出して言う事がそれかえ?」



 神を呼び出すためには、寿命が10年必要だった。つまり、たった今イサミはその供物を捧げたという事になる。



「仕方ねぇだろ。ガタガタ言ってねぇで何とかしろよ。運命操作くらい出来るだろうが」


「相変わらず口が悪いのぉ。まぁ、仕方あるまい」


「ネネコ、ババアに好みの注文でもしておけ。何かあるだろ」


「ババアじゃないわい」


「ちょ、ちょっと待って?」



 とんとん拍子で進んでいく自分の婚活の様子に、ネネコが待ったをかけた。



「なんだよ、念願の結婚が叶うんだぞ。喜べよ」


「いや、普通に考えて分かるよね? 私が言ってるの、そういう事じゃないって分かるよね?」


「何言ってんだ、お前。ババア、分かるか?」


「分からん。せっかく手に入るんじゃから、貰っておけばよかろう」



 二人は、腕を組んで首を傾げた。



「いやいやいや。だって、いつも二人きりでいる幼馴染に『結婚したいなぁ』って相談してるんだよ? 生き死にを共にして、いつ終わるかもわからない戦いに身を投じてるパートナーに『結婚したいなぁ』って漏らしてるんだよ?」


「あぁ」


「私、普通だけど普通じゃないんだよ? そんな女が、唯一本音を言ってるの。しかも、その相手は男なんだよ? 他の人には強がって、自虐するしか出来ないホントの本音なんだよ?」


「そのようじゃの」


「なら、普通は分かるよね? 私が実は何をしたいのか、ここまで言えば流石に分かるよね?」


「分かんねぇよ、バカじゃねぇの?」


「なんで!?」



 立ち上がった瞬間、包帯が剥がれた。傷は、既に治っている。



「ははぁん。イサミ、ワシには分かったぞ。ネネコが、何を言いたいのかの」


「なに? 教えろ、ババア」



 尋ねると、ネネコは照れたように俯いて、腕を抱いてからチラチラとイサミの顔を見た。



「ズバリ、ネネコはこの世界の男に興味が無いのじゃ。ワシの世界にいる、ハイエルフ族のような気品溢れる美男子を求めておるのじゃよ」


「あぁ、なるほど。そりゃ、こっちでの生活に求めるのは厳しいわな」


「ちっがう!」



 デスクを叩くと、立てかけていた本が倒れた。



「ちげぇじゃねぇか。適当抜かすなよ、ババア」


「おかしいのぉ」


「なんでわかんないのよ! バカ!」


「じゃあ、ガタガタ抜かしてないで答えを教えろよ」


「う……っ。そ、それは。だって、恥ずかしいもん」



 ネネコは、処女だった。



「ははぁん。イサミ、今度こそワシには分かったぞ。ネネコが、どんな相手を求めてるのか」


「本当か? 教えろ、ババア」



 すると、ネネコは指先をコネコネしながら瞬きをして、小さく息を漏らした。淡く、弱くて、しかし熱の籠った吐息だ。



「ズバリ、ネネコは同性愛者なのじゃ。それも、本来では結婚が許されぬ幼子が好みなのじゃ。だから、答えに困っておるのじゃよ」


「あぁ、そう言う事だったのか。そりゃ、俺には言いにくいわな」


「ち、違うに決まってるでしょ!?」



 叫ぶと、周囲にビリッと赤い雷が走った。神でも打ち消せない雷を、イサミは神を抱えてサッと躱した。



「ババア、お前さっきから適当しか言わねぇな」


「おっかしいのぉ」


「どこに曲解する要素があるのよ!? 答えなんて、目の前にあるでしょ!?」



 言われても、全然ピンと来ていない二人だった。



「ははぁん。イサミ、ワシには――」


「どうせ違うから黙ってろ」


「……ワシ、神じゃぞ。そんな酷い言い方しなくてもいいじゃろう」



 神は、完全に拗ねてしまった。涙目になって、ブツブツ文句を垂れている。



「けどよ、ネネコ。お前のそういう優柔不断な態度が、お前の幸せを遠ざけてるんじゃないのか?」


「え? 急に何?」



 詰め寄って、雷でバチバチ言っているネネコの手を掴み、イサミは顔を近づけた。



「せっかく、ババアが好きな相手を連れてきてくれるって言ってんだ。だから、欲を曝け出しゃいいじゃんか」


「でもぉ」


「どんな無茶を言っても、叶えてくれるんだ。どうしても無いなら、イケメンで優しい石油王とか。そんな感じで頼んでみろよ」


「……イサミは、私が誰かと結婚してもいいからそう言うの?」


「少し、寂しいけどな。何か守るモノがある方が頑張れるっていうなら、それでもいいんじゃねえのって思う」



 言うと、ネネコは神を見た。



「神様、私は」



 覚悟は。



「私は……」



 覚悟は。



「……あの、魔物って後どれくらい倒せば終わるんですかね」



 残念、決まらなかったようだ。



「数は分からぬが、こっちでも勇者が頑張っておるからの。まぁ、5年といったところじゃろう」


「そうですか」



 言うと、ネネコはイサミの肩をポコっと殴って、ベーと舌を出した。



「まぁ、33歳ならセーフですよね」


「何がじゃ」


「いいんです。私、やっぱり結婚やめます」


「俺の寿命、無駄遣いしていいのか? 俺の体に入ってるけど、お前のモノなんだぞ」


「イサミが勝手に使ったんでしょ。先に死にそうだったら、私のを分けてあげるから今回はパス」


「ババア、そんなことできんのか?」


「まぁ、出来ないこともない」


「そうか。じゃあ、またその時に」



 そして、神は卓上のお菓子を一つパクって、聖域へと帰っていった。



「ねぇ、彼女欲しい?」


「いらねぇよ、眠てぇコト言ってんなよ」


「またまたぁ、私が結婚したら寂しがるくせに〜」


「俺が寂しいのと、お前に彼氏が出来るのは全然関係ないだろ」


「ありますぅ、私に彼氏が出来ないのはイサミのせいですぅ」


「うっぜぇな、ぶっ飛ばすぞ」


「私の方が強いので無理ですぅ」



 そんな感じで、魔法少女のメンタルダメージは結婚せずとも回復したのだった。



 ところで、その日からイサミは何故かネネコを抱きしめて眠るようになった。



 失った心の奥底にある、彼の昔の気持ちが無意識的に体に現れてるのかもしれない。



 ネネコは、それが面白くて仕方なかった。

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【短編】魔法少女だけど、もう28歳だし結婚したいなぁ 夏目くちびる @kuchiviru

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