第六十七話 吸血鬼(9)
「簡単ですよ。強く念じるだけでいいんですからね」
「なぜわかる?」
「僕もやったことがあるからです」
メルキオールはしれっと言った。
「お前とあたしは身体の作りから何から違う」
ズデンカは否定した。だが、言葉とは裏腹にやる気になっていた。
――こんなやつやヴィトルドにすらできるのならあたしにだって出来るさ。
ズデンカは撲るのを止め、カアから距離を取った。
そして、静かに掌を向ける。
「おらっ! どりゃあ!」
大声を張り上げて、気力を集中させた。
しかし、うまくいかない。
しだいにズデンカは恥ずかしくなってきた。
「もっと静かにやるんです」
メルキオールは答える。
ズデンカの打撃により、全身を破壊されたカアはまた再生を始めている。またすぐに近づいてきて攻撃されることだろう。
――面倒だな。
両手を前に突き出したまま、ズデンカが気を抜いた瞬間。
物凄い光線がほとばしり、カアの全身を焼き尽くした。
眩しく、ズデンカは眼底を焼かれるように思ったので反射的に瞼を閉じていた。
「ズデンカさん、やるう!」
メルキオールが愉快にはやし立ててていた。あった頃から比べて、ずいぶんと調子に乗っている様子だ。
ズデンカは眼を開けた。
黒焦げの塊が向こうに倒れている。カアと思われた。
ズデンカは近付いてみた。
すると。
その塊からにょきりと手が二本突き出された。髪の毛がないカアが姿を現す。
顔中はひび割れ、白目は赤黒く濁っていた。
「お前! 絶対に許さん!」
カタコトになりながら目を血走らせ、カアはズデンカを睨み付けた。
轟音が響いた。
ズデンカは半身を両断されていた。
カアが繰り出した見えない斬撃が通っていったのだ。
とは言え、それ自体はすぐに再生する。ズデンカにとって痛くも痒くもない。
地面まで一緒に斬られていたのが問題だった。
地盤が大きく陥没し、ズデンカの全身は安定を失って滑り降りた。
「大したことは、ねえよ」
ズデンカは地上へ這い上がった。
「ズデンカさん、僕を落とさないでくださいよ!」
メルキオールがわめいた。
「お前の心配なんぞできるかよ。縋り付いてろ!」
ズデンカが地表に顔を出した途端、カアが物凄い勢いで迫ってきた。
ズデンカは頭突きでそれを追い落とす。カアも自分が作り出した断層のなかへ落ちて行った。
「おやおや、ずいぶんと勝手気ままに暴れているようだね」
どこかで訊いた声がする。
ズデンカは急いで声の主を思い出そうとした。
オーガスタス・ダーヴェルだった。
空高く、悠々と両肩から生やした蝙蝠の翼をはためかせながら、ズデンカとカアを見おろしている。
かつて覚えた威圧感が、再びズデンカを支配した。
――もうあたしは昔のあたしじゃない。ダーヴェルにだって、絶対に勝たなきゃならない。
「ダーヴェル。貴様!」
ようやく這い上がってきたカアが怒鳴り声を上げる。
「『ラ・グズラ』は緩い繋がりだが、抜け駆けは許さない。そう決まっていたよね」
ダーヴェルはカアに近付いてその頭を軽く握った。
振り放そうとするカア。
とたんにその身体はバラバラに解体した。顔中のヒビが広がって瞬く間に全身を冒したのだ。まるで石膏片のようにカアだったものは飛び散った。
「さあ、ゆっくり話をしましょう。ヴルダラクのミス・ズデンカ」
ダーヴェルは言った。
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