第六十七話 吸血鬼(8)
また壁、さらにまた壁に壁。まるで茶色いクッキーのようにたやすく砕けていく。
カアの影が近付いてきた。軽く宙に浮きながら進んでくる。
――あいつは強い。手を使わずに攻撃出来るのだから。だが、距離は短いと見た。
遠隔攻撃出来るならズデンカはやられている。
壁を潰したとき、カアはかなり近付いていた。
――間合いを詰められなきゃ、大丈夫だ。
速度でいえばズデンカとカアは五分と五分、いや、全力でいけばズデンカは六分の力を出して圧倒出来た。
駈け回る。
カアはなかなかついて来れない。
「まったく、なかなか逃げ足の速い子ですねえ」
「へえ、長く生きてきたわりに、あたしに勝てないとはな」
ズデンカは挑発した。
カアは少し顔を歪めた。移動する速度が増す。
長く生きてきたからといって、必ずしも徳があるとは限らない。
自分などその一例だとズデンカは思ったが、それより長く生きているはずのカアも相変わらず例に漏れないようだ。
ズデンカは急停止し、カアの右腕を引き裂いた。
途端に再生が始まる。ズデンカはその後ろに回り込み、カアの首を捻った。胴から胸に掛けて切り下がる。足を逆方向へ折って、しばらくは走れないようにした。
ぐちゃぐちゃに内臓を掻き乱した。
たんなる時間稼ぎだ。すぐに再生されるだろう。
ズデンカはまた距離を取って走り出した。
「おいヴィトルド! お前もなんかしろよ!」
ヴィトルドが起き上がり始めていたのでズデンカは怒鳴り付けた。
もう血は止まっている。
「はっ、はい!」
ヴィトルドは簡単にカアの接近を許し、腹部に傷を負った。
それを考えると、またダメージを受けるかも知れない。
場合によれば死ぬかも。
――あいつとは言え、それはさすがにまずいな。
ズデンカはヴィトルドが嫌いだがさすがに捨て駒にまで使いたくはない。
「お前は逃げろ! そしてルナたちに伝えろ!」
ルナを呼んでこいとまでは言いたくなかった。危険にさらすようなことはしたくなかったのだ。
ヴィトルドが走っていく間にズデンカは勝つつもりだった。
「ですが!」
ヴィトルドは必死に抗弁した。
「お前じゃこいつには勝てない! 全力で走ることだけはできるだろ?」
「……はい!」
ヴィトルドは決意したように頷き、疾走した。
カアは既に半ば再生していた。
「おうおう、そんなに遅いんじゃ、あたしには勝てないぜ。クラリモンドって覚えてるだろ? あいつはあたしが殺した。上位種のわりにゃあ再生の遅い奴だったなあ!」
カアは何も言わずズデンカに突進してくる。ズデンカは後退に後退した。
ヴィトルドはもういなくなったようだ。
――よかった。これで思う
ズデンカはカアの首を殴りつけた。大地にへこみが出来る。カアが何か力を放ったのだろう。ズデンカは避け続けながら、カアを何度も何度も殴りつけた。
「ズデンカさん、他の力を使ってみましょう!」
耳元でメルキオールが囁いた。ズデンカはすっかり存在を忘れていた。
「他になんか使えるのか?」
ズデンカは訊いた。
「ほら、ヴィトルドさんもやっていたでしょう。エネルギーを放って一気に焼き尽くせばいいのです」
メルキオールは答えた。
「簡単には言うがよ」
ズデンカは迷惑そうにした。
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