第六十七話 吸血鬼(3)

 ズデンカは後ろからなんどかバルトロメウスを確認しながら歩いた。


 吸血鬼の速さは凄まじい。突然襲われることは十分にありえる。


 あまりいい気分ではなかった。


 と。


 さきほどカスパールを突っ込んだ嚢の口から、毛だらけの小さな塊が走り出し、ズデンカの肩へ飛び乗ってきた。


「復活しましたよ!」


「お前はどっちだ、カスパールか? メルキオールか?」


「いやだなあ、メルキオールですよ。ズデンカさん声忘れちゃったんですか?」


「見わけがつかん。だがどうやって復活した?」


 これは本音だった。ズデンカはあまり動物に興味がなかった。ルナは鼠こそ苦手だが区別できるぐらいには詳しいようだ。


「少しばかり悪魔のモラクスさんの肉を頂戴しました。彼ならば問題ないと思って」


 メルキオールはズデンカの耳元で囁いた。


「殺したか?」


――肉を使うとか大蟻喰みたいだな。あいつの方がより醜悪だが。


「ぶっそうな。少し拝借しただけですよ。お陰でまだこんなに小さい」


「全部使ってくれてもよかったんだぜ。あいつはルナを襲おうとした」


「でも、殺すわけには生きません。お陰で再生できたから感謝ですよ」


 メルキオールは一礼した。


「カスパールは再生できそうか」


「こちらも、モラクスさんの肉を一部使わせて頂き、順調に再生を果たしています。もう十年近くもの間ずっとハウザーの身体のなかに閉じ込められていたのにここまでの回復力。やっぱり身内ながらすごいなと思ってしまいます」


「身内なのか?」


 ズデンカは怪訝かいがした。


「血は繋がってないんですが一応身内です」


「バルタザールはどうしてる?」


 ズデンカはかつてランドルフィで三賢者バルタザールと出会ったことがある。メルキオールにもまさるとも劣らない地味な鼠だったように記憶している。ルナに『稲妻翁伝』をくれたので、決して悪い印象はないが。


「元気ですよ。ある程度のことはわかるんです。カスパールだけはわからなくなっていましたが、これからは大丈夫。また三匹で集まって酒宴でもしますよ」


「ならよかった」


 ズデンカは黙った。 


 メルキオールもしばらくは何も言わなかったが、やがて、


「吸血鬼をどうやったら効率的に殺せるだろうかって思ってそうですねズデンカさん」


「心を読んだだろ」


 ズデンカにしては珍しい嘘だった。


 別にそのようなこと考えてはいなかった。


 パヴィッチ北部へ向かうだけ必死だったからだ。


 カスパールの心臓から手を離して以降、メルキオールはズデンカの思ったことは読めないらしい。


 むこうも嘘だとわかっていてあえて当てずっぽうを言ってみたようだ。


「どうやったら殺せるんだ?」


 ズデンカは訊いた。あえて話題に出されると知りたくなる。


「ズデンカさんは殺したじゃないですか。とっくの昔に」


 ズデンカが先日葬ったヴァンピールのクラリモンドのことを言いたいのだろう。


 だがあれはまぐれ勝ちのような側面が多かった。


 敵の持っている能力との相性が良かったから殺せただけだ。


「効率よくはなかったな」


「あなたはもっと強い――例えばオーガスタス・ダーヴェルのような相手を殺したいと考えているのでしょうね」


「ああ」


 それも考えていなかった。そもそも始末できる相手とも思っていなかったからだ。


 じゃあ、どうしようとしていたのか?


 ズデンカは全くの無策だった。


 これは困ったことだ。


「ふむ」


 メルキオールは小さな頭を揺すった。

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