第六十七話 吸血鬼(2)

 しぶしぶ、カスパールを嚢の中に戻す。


 とたんに声が聞こえなくなった。ズデンカは寂しくなった。


 ルナは大分後ろの方を歩いている。ジナイーダとカミーユがそれに続くかたちだ。足が遅いのだから仕方がない。


 ズデンカは空を見上げた。


 もう正午は過ぎただろう。


 ズデンカは焦り始めた。


 自分一人だけで行くことはたやすい。だがいまは連れがいる。


 一般的に吸血鬼は夜の領分に属するとされている。


 確かに明るくなると夜ほどは力を出せなくなる者は多い。


 だが、『ラ・グズラ』に属しているであろう長命種エルダーのほとんどは元気に活動できるはずだ。


 かく言うズデンカも昼でも普通に歩き回れる。肌に痒みを感じるときもあったが、前にヴルダラクの始祖ピョートルの血を吸ったせいか、全く平気になっていた。


「ズデンカさん!」


 頑丈な肉体を持つ超男性ヴィトルドがダッシュしてズデンカの横に列んできた。


「チッ」


 ズデンカは舌打ちした。


「荒々しいあなたもまた魅力的ですよ!」


「いちいち絡んでくんな」


「ですが、あの虎男は絡みづらいのですよ。もう、明るくなりましたので虎ではありませんが」


 バルトロメウスのことだ。自称反救世主大蟻喰が連れてきた、夜になると虎に変じる特性を持つ者だ。


「まあそれは言える」


 ズデンカも同意した。バルトメウスは何処か腹に一物ある男だ。


 大蟻喰以外には心を開いていないようにも見える。


 戦力としては夜だと強いが昼だと役に立たない。


 大蟻喰本人は自身の身体の肉を奪われて宿に預けられているのだから、その面倒を見させに帰した方が都合が良さそうに思われた。


――あいつも喜んで帰るだろう。


 ズデンカはヴィトルドから離れ、バルトロメウスの方へと戻った。


「どうしたんです?」


 冷淡にバルトロメウスは答えた。


「お前は宿に帰れよ。面倒を見るべきやつがいるだろ」


「僕は僕の好きなようにやります」


 その返事は拒否とも受け取ることが出来た。


「お前は大蟻喰あいつが好きだろ?」


ズデンカは腹が立った。はなから宿に戻るだろうと決めつけていたのに、拒否されたからだ。


「好きとはいってませんよ。とにかく僕はあなた方にいていきます」


 静かな声ではあるが強い意志が感じ取れた。


「ったく。じゃあはっきり行ってやるが今のお前は足手まといなんだよ。死なれたらこちらの後味が悪い!」


 ズデンカは怒鳴った。


「確かに今の僕は弱い。でも自分の身ぐらいなら自分で守れますよ」


 対してバルトロメウスはいっこうに怒る様子がない。


「勝手にしろ!」


ズデンカは物凄い勢いで駈けた。ルナは守る術があるから大丈夫だが、バルトロメウスは無防備だ。


 もし死んでもズデンカの責任ではない。


 そう思い込もうとしても。


 ズデンカは苛立った。バルトロメウスは早く返したかったのに、どうしてこん

なことになる。


 ものごとは上手いようには運ばない。


 ハウザーという難敵を倒したらすぐにジムプリチウスというやっかいな輩が現れて、目を付けられた。


 ズデンカはいつしか、穏やかな生活を願うようになっていた。


 どれだけ連れがいてもルナは平気で綺譚を集め続けるだろう。だが、ズデンカは壮ではない。


 ルナと二人だけの気楽な旅に戻りたい。だが、カミーユとジナイーダは絶対に放っておけなかった。


 とくに、自分がヴルダラクにしてしまったジナイーダは。

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