第六十六話 名づけえぬもの(13)

 バルトロメウスは答える代わりに、シュティフターを凝視するだけだった。


「早くあいつを屠るぞ」


 ズデンカは駈け出した。


 銃弾の雨が襲い掛かる。腐肉になったブレヒトが全身から血を噴き出しながら銃弾を撃ってくる。


 弾丸を受けても少しも動じないズデンカは近接した。


――いくらあいつを潰しても、本体のシュティフターを潰さない限り無意味だ。腐肉に冒される可能性も考えられた。


 だが、ズデンカはそう考えながらも、ブレヒトを無力化させる方法を編み出した。


 勢いよくブレヒトの銃へ飛び乗って、勢いよく路面へ叩き付けたのだ。


 銃は粉々に砕けた。


――これならお得意の射撃も出来まい。


 だがブレヒトは炎を操れる。銃がなくとも可能だろうから、またその攻撃を浴びないよう距離を作りつつ、後方へ退いた。


 今度はパニッツァだ。頭に開いた銃弾の穴からどす黒い血を滴らせながら、視界を奪う傘を開こうとしている。


「させるかよ!」


 ズデンカは目を瞑りながら、傘に蹴りを食らわせ、粉々に破壊した。


――前も潰してやったが、今回は代えはないだろう。


 ズデンカはパニッツァからも身を引き離す。


 図体だけはデカいので、格闘してわざわざ倒さねばならない。その時間がもったいなかったのだ。


 それよりもズデンカはコワコフスキの笛を破壊しよう移動した。


 だが、それ以前に吹き鳴らされていた。


 こちらも腐肉を全身から滴らせて、しかも時間が経っているので顔の輪郭などがすっかり溶けてわからなくなっていた。


 にもかからわず口にあたる部分へ当てられた笛は、鋭い音で鳴ったのだ。


 犬が、集まってきた。


 闇の中でギラギラと無数の目が蛍のように瞬いた。


 だが、ズデンカが観察するに、この街の犬は皆弱々しく、ズデンカに敵うほどの力はなさそうだ。


――一匹残らず殺してやるか。


 だが。


 シュティフターは全身を震わせ、身体から滴る腐肉を四囲に噴射させた。ズデンカはそれを一つ残らず避けた。


――何が目的だったんだ?


 ズデンカを腐肉に取り込もうとした訳ではなさそうだ。


「阿呆かズデンカ! 貴様を取り込もうとした訳じゃねえよ!」


 昂ぶったシュティフターは目を血走らせ、涎を垂らしながら笑っていた。口調も何もかも普段と異なっている。


 腐肉は犬の頭に張り付いていた。


 全身をすっかり覆い尽くすまで時間は掛からなかった。


 牙を剥きだした赤黒い塊となった犬たちは吼え声を上げて、一斉に襲い掛かってくる。


「その犬に少しでも触れたら、てめえも腐肉に冒されるぞ!」


 シュティフターは叫んだ。


――クソッ。めんどくせえな。


 と、その瞬間。


 物凄い勢いで橙色の光線が路面を横断し、犬どもを焼き尽くした。


「どはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ヴィトルドが合掌し、そこから光を噴出したらしい。額に青筋を浮き立たせ、物凄く歪んだ顔を見て、ズデンカは思わず失笑してしまった。


 だが、そんなことに構っている暇はない。


 まだ数匹は腐肉の犬は残っていたが、すっかり怯んでしまったのかきりきり舞いをしている。


 ズデンカはシュティフターに向き直った。


「お前もいい加減に死ね!」


「死ぬのはお前だ、ズデンカ!」 


 怒号が轟き渡る。

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