第六十六話 名づけえぬもの(12)

 これで、戦力は揃ったと言える。


 メルキオールが欠けてはいるが、先日集まったメンツはほぼ再集結したことになる。


 ズデンカはルナの手を握って南へと歩き出した。ルナは唇をわなわなと震わせながら、尾いてきた。


「もう何も考えるなよ」


「考えちゃう……考えちゃうよ」


 ルナは答えた。

 

「お前が悪かったとしてどうだ? もう死んだ者は戻ってこない」


「じゃあわたしが死ぬ!」


 ルナは答えた。


「馬鹿言うな。お前は誰よりも死にたくないはずだ」


 ズデンカは返したが、正直当てずっぽうだった。ルナの心のなかなど、わかる訳がないのだから当然だ。


 でもルナは他の誰よりも生きていることを楽しんでいるように見えたし、死ぬことは意識していても、あえて思考の外に追いやっているように思えた。


 そんなところから、推測してみたのだ。


「そうだよ……わたしは生きたい」


 ルナは言った。


「でも、怖いんだ……」


「だから言ったじゃねえかよ。お前が死ぬまで、一緒にいてやると? それか吸血鬼にでもなるか?」


『お前が心から愛する人間を決して吸血鬼にはできない』


 始祖ピョートルの言葉が蘇ってくる。


――いや、あたしはルナは好きだが、心から愛しているとまでは断言しない。愛する愛さないなんてどうでもいい。


 前にも思ったことをズデンカは頭のなかで繰り返す。


「……」


 ルナは黙っていた。ヴルダラクになるというのも手かも知れないと考えているのかも知れないとズデンカは思わず想像した。


「ちょっとズデンカぁ! こんなやつ、ヴルダラクに加えようと思ってるんじゃないでしょうね?」


 ジナイーダが後ろから走り寄ってきて訊いてきた。


「いや」


 ズデンカは否定した。本当の思いは裏腹なのに。


「ならよかったけど変なこと考えないでよね! ズデンカの娘は私だけなんだから!」


 異常なまでの独占欲だ。だが、今はその明るさが救いだった。ルナはまだ蒼白い顔で俯いている。


「あの肉の化け物ぐらいだったらだったら何とかなる。ハウザーや吸血鬼軍団がやってきたときが問題だろう」


 バルトロメウスがやや後退して併歩しながら言った。


 青い毛並みで蔽われた虎頭に言われると、普段の面持ちよりもはるかに猛々しく見える。


「『ラ・グズラ』がどこに潜んでいるかわからないのはやっかいだな」


 ズデンカは答えた。


「吸血鬼は身体を小さく出来る。だから倒すのが面倒くさい」


 蝙蝠の姿に変化できることを言っているのだろう。虎男からすれば、得たくても得られない能力に違いない。


「なら一匹づつ引き千切ってやる。ルナを守るためだ」


「やっぱりズデンカは行動の目的がルナ・ペルッツなんだね」


 ジナイーダは呆れたように言う。


「いや、そうではない」


 ズデンカは否定した。


「ズデンカさん、俺にお任せください。如何なる的でもこの二の腕で、そい!」


 とまた筋肉を膨らますヴィトルドのことは流石に無視した。


 そんな風に歩いていけば、腐肉の海に辿り着くまで、時間は掛からなかった。


 路面一杯に弾けた人間の肉が広がっていた、その肉と他の肉が結び付き合い、臓器と臓器が脹れ上がっては縮みを繰り返していた。


 その真ん中に、ひときわ巨大な腐爛花ラフレシアのように鎮座しているのが、ヨゼフィーネ・シュティフターだった。


「虎男! あいつを返せ!」


 バルトロメウスを睨み付けるが早いかシュティフターは叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る