第六十六話 名づけえぬもの(11)

 傷はやがて塞がった。それでもなお、大蟻喰は目覚めない。


「あたしも余裕があれば救いたかったがよ、ルナのほうが大事だ。大蟻喰かどちらかと言われたら、間違いなくルナを選ぶ」


「わたしなんか、どうでもよかったのに! まず、ステラを救ってよ!」


 ルナはすっかり動顛どうてんして、切羽詰まった声で叫んだ。


「いや、あたしは何があってもお前を救うだろう」


 ズデンカは腕を組んだ。


「なんでだよ! わたしなんか、何の価値もない!」


 ルナはそれを繰り返すばかりだ。何か言い返しても同じことだろうと考えたズデンカはもう答えないことにした。


 ルナがわめきまくっているのを尻目にバルトロメウスは、


「僕はこの人を落ち着ける場所に移して、すぐにあいつを倒そうと思う。あなたたちは逃げても良い」


 と冷たい口調で言った。


「逃げるわけねえだろうがよ。アンナもんを放置していたらこの世界は終わる」


「そう。勝手にしたら」


 バルトロメウスは疾走した。


「何なのあいつ、感じ悪っ!」


 ジナイーダは顔を顰めていた。


「戦力にはなる」


 ズデンカは短く答えた。


「あー、私がもっと戦えたらなあー。そしたらズデンカには絶対に苦労を掛けさせないのに」


 ジナイーダは明るい。心細かったところにズデンカと再会できて、機嫌が良くなったのだろう。


「お前は戦うなよ」


 ズデンカは答えた。


「どうして! 私、たぶん戦えるよ。確かに……大蟻喰あいつや、前ズデンカが戦ってたような奴らには勝てそうにないけど……」


「その半端な自信がダメなんだ。そう言って滅失していった吸血鬼をあたしは幾つも見ている」


 ズデンカは静かに言った。


「しゅん」


 ジナイーダは黙ってしまった。


「ズデンカさん、この後はどうするんですか?」


 カミーユが訊いた。


「バルトロメウスを待つ。あたしらだけで戦っても勝てるかわからない」


 大蟻喰を救出するという喫緊の課題は解消されたのだから、急ぐ必要はない。北部に侵攻が始まるまでには何とかしなければならなかったが。


 あまり待っている必要はなかった。バルトロメウスはすぐ戻って来たのだ。


「さあ、行こう」


 大蟻喰をどこに隠しているのかバルトロメウスは言いはしなかったし、ズデンカも特別聞きたくはなかった。


 騒ぎつかれて呆然としているルナの手を曳きながら、ズデンカは歩き出した。


――こんな状態なら残してきた方が良かったのかも試練が一人にして置くとかえって心配だ。


 と、そこへ彼方からよろよろと飛んでくるものがいるではないか。


 ズデンカは身構えた。


 もし必要なら空へ飛び立とうとも。


 だが、その心配はなかった。


 超男性・ヴィトルドだったのだ。


 三日ばかり前、コールマンに打撃を食らい、地平の果てまで吹っ飛ばされたはずだ。


「ズデンカさん! やっと見付けましたよ!」

 

 ヴィトルドは宙に浮かんだまま呼びかけた。


「見付けんでいい」


 ズデンカは冷たく言った。


「あいつめ……この星の裏側まで送りやがって……ダメージを回復させるのにしばし手間取ってしまいました」


 頑丈なヴィトルドでもここまで時間が掛かるほどだ。コールマンとはまた戦いたくないとズデンカは思った。

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