第六十六話 名づけえぬもの(10)
だが、ハウザーは、ルツィドールを見捨てた。
今さら戻っても……。
シュティフターの腐肉に操られるのが落ちだろう。
戦力が一人増えるのはやっかいだった。
――追うか?
だが、ルナを連れて深追いは出来ない。
すぐに元いた部屋に戻ったが、ルナは相変わらず顔色悪く俯いていた。服だけはいつのもやつに着換え終わっていたが。
ジナイーダが睨み付けるような視線で何度もルナを見やっていた。
仲良くすると言う約束もあってか、意地悪は言っていないようだ。
「ルナ、寝足りなくないか?」
「大丈夫。それより早くステラを探さなくちゃ」
ルナは小声で答えた。
まだ、ルナは本調子ではない。
先ほどドードーの中にいた時は自分から進んで炎を消していたが、大蟻喰の一件で動揺したこともありすぐに戦える状態になっているかは怪しい。
ルナを前に出すわけにはいかないから、やはりズデンカの負担は大きくなる一方だ。
「カミーユ、行こう」
ズデンカは荷物を抱えながら言った。
「はい」
ルナの手を曳いて部屋を出るズデンカに従ってカミーユもついてくる。
「ちょっとぉズデンカぁ」
ジナイーダも頬を膨らませながら、ズデンカに並んだ。
勘定を済ませて、外へ歩き出したズデンカに。
「あ、ズデンカさん、さっき宿の店員さんが仰っていたんですけど、紫の髪をした人――(ルツィドールさんですよね?)が南の方角へ走っていったって」
「なら、さっきいた場所に近いな。急いで戻るぞ」
ズデンカは足を速めた。
三十分ばかり歩いて、中央の大通りを渡ると、突然往来が途絶えた。
炎も遠くに迫っている。さっき急いできたときは観察している余裕もなかったが、戦闘は続いているのだ。
ゴルダヴァ軍も出動しているらしく、軍服を着た姿も見えてきた。
「あいつらとも関わらない方がいいな」
ゲリラ兵と会敵するよりややこしいことになりそうだ。
ズデンカは遠くを眺めた。
すると、背の高い影が、闇の向こうから走ってくるのが見えた。
青い虎の姿に変じたバルトロメウスだ。
「お前、なんでいきなりいなくなった」
「僕はこの人に恩義があるから」
バルトロメウスは背中へ目をやった。
大蟻喰だ。血まみれで、ぐったりと横たわっている。
「ステラ! ステラ!」
ルナが悲鳴を上げて駈け寄った。
意識はないようだ。ルナが呼びかけても答えない。
「どうして! なんで! ぜんぶわたしのせいだ! ステラ!」
ルナは泣きながら叫んだ。
――ルナの
余裕がないときこそ、本当の感情は表れやすい。
「治せないのか?」
ズデンカは訊いてみた。
「そうだ! やってみなきゃ」
ルナは大蟻喰の腹部に大きく開いた孔に手を翳した。
ゆっくりとではあったが傷が塞がっていく。なぜだかはわからないが、ルナの能力は向上しているのだ。
「君たちがいながらなんで」
バルトロメウスは少し咎めるような視線を向けた。
「仕方がなかったんだ。シュティフターは強くて、とても勝てなかった」
「僕は戦ってこの人を救い出した。その気になれば出来たはずだ」
静かではあったが、十分怒りの感情が感じ取れた。
二人の関係は知らないが、単なる間借り人以上ではあるらしい。
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