第六十六話 名づけえぬもの(9)
また砲撃の音が激しくなってきた。
「さっさとずらかるぞ」
ズデンカは皆に合図をし、ルナを連れて歩き出す。
「ステラは……? ねえステラは?」
ルナは不安そうな声を出した。
「見付けるから、今は宿に戻るぞ」
ズデンカは必死に言った。
「ほんと、おかしいよ。何でズデンカがそんなやつのことを構わないといけないの?」
ジナイーダはまだ文句を言い続けていた。
「まあ、まあ、ズデンカさんもああ仰っていたことですし、仲良くしましょう! 改めて自己紹介を。私はカミーユ・ボレルでトゥールーズの処刑人一族に生まれまして……」
「ふんそう。知らない」
ジナイーダは説明しようとするカミーユをすげなくスルーした。
「……」
カミーユは笑顔を浮かべたまま、しばし固まっている。
何か言葉を掛けたかったが、思い付かずにズデンカは歩いた。
宿屋街は北部ということもあるし、往来はまた激しくなっていたので、歩きにしたのは正解だった。
ゲリラ兵の影はまだ見えない。位置的に考えて南から進撃してきたので、北部中央部には至っていないのだろう。
だが、道行く会話の端々に動揺している様子が感じられた。
宿屋を見付けると二階に駈け上がった。
ドアを開き荷物を確認する。ハウザーは荷物に手を付けていなかった。
ズデンカはまず背嚢を取り出してなかを改めた。
「ああくせえ! ……何てやつを家に引き込みやがったんだ……吐き気がする。もう何日も経ってるのにまだくせえ!」
悪魔のモラクスがわめきだした。
「まあすまん」
さすがのズデンカも適当に謝った。
モラクスはもともとルナを害そうとした存在だ。心から親しげにふるまってやる道理はない。
「ズデンカ、何こいつ?」
ズデンカと同時に部屋に入っていたジナイーダはあからさまに不審そうな目をしていた。
「悪魔だ。面倒なやつだから、相手にするな」
ズデンカは忠告した。
「でも、こいつすっごく弱そうだよ?」
「俺は弱くない! 悪魔のなかでも指折りの強さを持つ!」
「じゃあ、なんで、こんな袋のなかにしまい込まれてたの?」
「ちょっ……ちょっとしたミスだ……ルナ・ペルッツさえいなければ……」
「ああそうか、ごめん。わたしのせいでまた……」
ルナが身を乗り出したところをズデンカは素早く押さえ、部屋の隅へ連れていった。
「やめとけ」
「なんでだよ! わたしは悪いことばかりしてきたんだ」
「あいつは仮にも大悪魔だ。力を解放したら被害が広がる! 止めとけ」
「でも……」
「あいつを解き放ったらたくさんが死ぬぞ! お前はさらに多くを殺すことになる!」
ルナの病んだ理論に乗っかるのは嫌だったが、そうでなければ説得が出来ない。
「そうか……」
ルナは黙った。
「ズデンカさん、何かありましたか」
下で宿の人と話していたカミーユも部屋に入ってきた。
「大丈夫だ。すこし、用があるんでこの部屋で待っていてくれ!」
ズデンカはカミーユと入れ替わりに隣の部屋へと移動する。
ルツィドールがどうなっているか確認するためだ。
ドアを開けた。
ベッドはもぬけの空だった。
ズデンカが渾身の力でふん縛った麻縄がすべて引きちぎられている。
――あいつ、ハウザーと合流する気か?
ズデンカは疑った。
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