第六十六話 名づけえぬもの(8)

 そのままゆっくりと地上に降りると、カミーユが走り寄ってきた。


「ルナさん! 戻ってこられたんですね! それにズデンカさんも!」


「大丈夫だったか? 怪我はないか?」


 ズデンカは訊いた。


「はい。ズデンカさんたちが突然いなくなって心配していましたよ。ここ二日ほどは例の部屋で静かに暮らしていたんですが、突然銃声が響き始めて……」


「ああ、ハウザーが攻めてきたんだ」


「そうなんですか……全く事情がわからずで。ハウザー……さんの動向がわかれば、何か動けたかも知れませんが……すみません」


 カミーユは謝ろうとした。


「いや、お前のその選択は正しかった。あたしがあんなところで時間をとられなかったらすぐに戻って来れたんだけどな」


「逃げようとしたら、ジナイーダさんとはぐれちゃって。バルトロメウスさんはそれ以前にどこかにいかれたようでした」


「くそっ、肝心なときに役に立ないやつだな!」


 ズデンカは腹が立った。今ルナはまともに戦えない。ジナイーダはまだ吸血鬼として然ほど強くはない以上、カミーユとジナイーダがやるしかない。


 だが、ズデンカはカミーユに戦わせたくなかった。確かに戦闘技術はあるだろう。だがカミーユは死んでしまう可能性があるのだ。


バルトロメウスは夜になればかなり強い。なのにどこかへ言ってしまうとは。


 この分断もまた、ハウザーの策の一つなのではないかと思われたぐらいだった。


「どうしましょう……ジナイーダさんも」


 とカミーユは心配そうな目をやるが、


「何だよ」


 ジナイーダはカミーユを睨んだ。


「お前らも仲良くしろ。二日の間はどうだった?」


「あまり……お話は出来ませんでした。こっちからいろいろ話し掛けても……どうも私のことはジナイーダさん好きじゃないのかなって思ってしまって」


「ああ。好きじゃないよ。ズデンカがいるからあんたたちについてきてるだけ!」


 ジナイーダは毒づいた。


「あたしに尾いてくるなら、皆と仲良くしろ」


 ズデンカは短く言った。


「うん、わかったよ。ズデンカがそう言うならいくらでも仲良くする!」


 ジナイーダの機嫌が急に良くなり、顔が輝いた。


――まあ聞き入りゃしねえだろうがよ。


 ズデンカは呆れ気味に言った。


「とりあえず、前泊まっていた宿屋に戻る。あそこにはルナやあたしの荷物類がたくさんある。余計なやつもふん縛ってるがな」


 かつてズデンカは宿屋にハウザーの手下だったルツィドール・バッソンピエールを捕らえて監禁していた。


 だが、その後ハウザーに強襲されてルナをさらわれたので、長いこと戻れていなかったのだ。


「はい」


「わたしは……もう合わせる顔がないよ……ぶつぶつぶつぶつ」


 ルナは相変わらずカミーユに挨拶もせず呟き続けていた。


――こんなに根性なしとは。


 ズデンカもルナとは二年近く付き合いになる。ルナが泣き虫で弱虫なのはよくわかっていたが、それでも表面上には社交的な顔をいつも見せてきた。


 だが、もう今はあからさまに世界から顔を背けている。


――何をやってるんだ。お前はルナ・ペルッツなんだぞ。


 だからどうしたと言う感じではあるが、ズデンカは口には出さず強く思っていた。

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