第六十六話 名づけえぬもの(7)
「……」
ルナはうつむいた。
「いこうよ。ズデンカ。ルナとかいう奴はどうでもいいけど、失ったらズデンカが悲しむんでしょ? なら、ずっとこんな場所にいなくていいよ!」
ジナイーダが叫んだ。
ズデンカはその通りにした。滑空しながら、地上に咲いた腐肉の海から遠ざかる。
「そんな……ステラ……」
ルナはぶつぶつと呟き始めた。
「止めとけ。やつなら何とかなる。あたしが救ってやる! だから、もう考えるな」
「
ルナは小声で早口で喋っていた。
「ルナ」
ズデンカは抱き寄せたルナの瞳を深く覗き込んだ。
「わたしなんか……死んだ方が良かったんだ」
「おいお前、いい加減怒るぞ! 馬鹿言うな!」
ズデンカは怒鳴った。
「あたしはな、お前が生きてくれていた。それだけで嬉しいんだ。だのに、お前は自分で死ぬという。死にたいなら死ねばいい。だがあたしの前でだけは止めてくれ」
ズデンカは言った後で後悔した。
――心にもない言葉を吐いてしまった。
「……」
ルナは暗い表情でうつむいたままでいた。
「何をやったかしらないけどさ。あんたは良いよね。金持ちで、本を書いて有名なんでしょ? そういう何でも持っているやつは人の苦しみなんてわからないよ。なにこの世で一番不幸なのは自分ですみたいな顔してるんだよ?」
ジナイーダが口を挟んだ。きっとズデンカの表情を見て言ったのだろう。怒りが、ズデンカから
「わたしは、そんなつもりじゃ……」
ルナは消え入りそうな声で答えた。
「じゃあなんであんたは他の人は全部みんな死んでしまったみたいなことを平気で言う訳さ?」
「事実だからだよ……わたしは許されざる人殺しだ」
「許されるとか許されないとかそんなん生きるのに関係ねえよ!」
ジナイーダは荒い言葉を使った。自分を見倣ったのかと、逆に冷静になってきていたズデンカは焦った。
「私はな。親の顔なんて知らねえよ。臭えゴミ溜めに顔突っ込んでヘドを啜って生きてきたよ。ママから人から盗めと教えられてその通りにしてきた。誰からも許されたつもりなんてない。上手くいかないこともあったけどね。だから見捨てられて……もう何にもなくなっちゃったときにズデンカと逢って
ジナイーダは一息で言ったが、その瞳は潤んでいた。まだ人から変わりたてだ、感情は他の吸血より強く残っているんだろう。
――じゃああたしはなんだ。
今まで際会した吸血鬼は、ハロスも、クラリモンドも、コールマンもみな人に対して冷酷で、そしてどこか生きることに
――あたしはそうじゃない。いや、そう思ったこともあったかも知れないが……。
今はルナといたい。
だが当のルナはジナイーダに怒鳴り付けられて、怯えたような引き攣った表情をするだけだ。
燃え上がっていない方角を目指して進んだので、やがて街灯がぽつりぽつりと見えてきた。
もっとも、ズデンカはその奥の奥まで見通せる。
何か、こちらを見て手を振っている翳が見えたのだ。
カミーユだった。
ズデンカはほっと胸を撫で下ろした。
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