第六十四話 深淵(6)
「蹂躙かそうでないかは君ではなく、世間が判断するものだよ。君が言ってることが正しくても皆がノーを言えばそれは間違っていることと同じだ」
ハウザーは笑って取り合わない。
「あたしがそう感じただけで、誰かの許可を求めているわけじゃない。だが、お前の思うとおりには絶対に阻止する!」
ハウザーの口先三寸で丸め込まれないよう、ズデンカは語気を荒げた。
ハウザーはいつもこう言う風に相手と『対話』しよう、話を訊こうという姿勢を取る。しかし、実際は相手の話など訊いていはしない。答えとして待っているのは殺戮と破壊だ。
「ほら、そんな風にすぐ感情的になる。君のよくない癖だ」
ハウザーは言った。
「だからどうした! 生きている以上、感情的になって何が悪い」
「君は生きていないだろ。死んでいる。死んだままでずっといる。
確かに、それは正しかった。
ズデンカが生きている者の代弁をしても仕方がない。観察者として、傍観者として、影を持たない影としてルナに付き添ってきただけだ。
だが。
「これでもやっていいことと悪いことの区別ぐらいついてるつもりだ。お前のやってはだめなことをやろうとしている。だから、倒すまでだ!」
これでもまだ言葉にしきれていない。ハウザーの悪ははなはだ曖昧だ。
白を黒を黒と言い換える、醜悪な論法だ。 だが、糾弾することは難しい。直感で悪であると言えても、理性では説得されてしまう。ズデンカが感情的なのは確かにそうだし、人のことをあれこれ言えないのもその通りだ。
「結果的には世界中の皆は俺と『対話』することになる。どう考えても素晴らしじゃないか?」
「成し遂げるまでにどれだけの人を殺す? お前は何とも思っていないだろうが、一人一人、顔があって、命がある」
正直自分が言えることではないと感じながら、ズデンカはハウザーを睨み据えた。
ルナを、ジナイーダを、カミーユを、今までの旅で出会ってきた無数の顔と、命を想った。
ハウザーの野望が実現されたら、皆その顔の命も奪われてしまう。
――やつらの暮らしを守る。それだけだ。
「ビビッシェ」
ハウザーはルナを見た。
「はい……ハウザーさま」
「そのメイドを殺せ」
ビビッシェは動いた。血を滴らせ弾丸にして射出する。
ズデンカはそれを受けながら迫った。
少しも効いていない。
ズデンカはその気になればルナを簡単に殺せる。
本来の力を使わなければ。
ビビッシェの姿になってからルナは幻想を実体化する『幻解』をあまり使っていない。それよりもグレードを落とした『刺絡』ばかり使っている。
これは旧スワスティカ特種工作部隊『火葬人』にいたころに作り出した戦い方なのだろう。
ズデンカはルナに迫った。
「来るな!」
思わずルナは瞬間移動した。これも『幻解』を応用したものだろう。
もともとハウザーの手下たちが使った能力は全てルナの力を始祖としているのだ。
ハウザーが、それを劣化させて手下に
ズデンカはルナを殺めたくはなかった。
――ハウザーを殺す。
ズデンカはハウザーに爪を振り下ろそうとした。
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