第六十四話 深淵(4)
実際カスパールはハウザーに多大な力を与えているようだ。
ルナの能力に方向を与え、『鐘楼の悪魔』を量産するに至る道筋を作ったのかもしれない。
――何とかしてカスパールをハウザーの胸からえぐり出してやらないと。
ズデンカはメルキオールに対するせめてもの手向けとして、それ以上のことは出来ないと思った。
ハウザーの撃破はズデンカ自身も願っていることではあったが。
「さあて、どうやってぶっ壊していこうかな?」
大蟻喰はポキポキと手の骨を鳴らした。
「変に攻撃するなよ。反撃されるかも知れないぞ」
ズデンカは注意した。
「やってみないことにはわからないよ!」
大蟻喰はそう言って軽く跳躍した。
蹴りを印刷装置に食らわせたのだ。
目を瞑りながらやってのけたのだ。大蟻喰の身体能力は相当に高い。
途端に視界が赤く染まっては暗くなり、明滅が始まった。
「いわんこっちゃない」
ズデンカは呆れた。
「何が出てきてもぶっ倒してやるよ。おりゃ!」
大蟻喰は回し蹴りをした。
印刷機は停止する。炎が瞬く間に上がり、空間全体に煙が充満し始めた。
「あたしゃ大丈夫だが、お前は死ぬだろうがよ!」
ズデンカは怒鳴った。
「いいや死なない。ボクも煙を体内に取り入れない方法を知ってるから」
そう言って大蟻喰は顔を丸い肉塊へと変化させた。目も鼻も口も耳もない。
何も喋れなくなったわけだが、おそらくは空気を体内にあらかじめ蓄えているのだろう。
――化けもんかよ。
ズデンカは自分も化け物ながらついつい思ってしまった。
こういう状態を東洋ではのっぺらぼうと言うのか、顔の穴を塞いだ大蟻喰はより効率的に印刷機の破壊を続けた。
と、何か物凄い音が部屋の中を駆け巡った。
黒い影が部屋の奥から出てきたのだ。
ガスマスクを装着し、銃口を構えた姿の全身黒い革のスーツを纏った女が幾人も現れ出た。
――クリスティーネ・ボリバルだな。
もはや単なるハウザーの戦闘員として使われているのは滑稽を通り越して憐れみすら感じられたが、ズデンカは動いた。
深淵の戦いが始まったのだ。
素早く相手の懐へ入り込み、その首を捻る。
二体、三体。屠り続けるがなかなかその数は減らない。
閃光弾が轟いた。
背中に被弾した。
吸血鬼としてあまり気持ちが良くなかったが、ズデンカにとってはそんなものは傷の数には入らない。
大蟻喰も同じようで、被弾した身体をぶくぶくと赤黒い肉塊へと変化させ、弾を吐きだしていた。
こちらも既に五、六体は殺しているようだった。
だが、少しもボリバルは減る様子がなく、ぞろぞろと奥の方から現れ出て来ていた。
「何なんだよこいつら? どんどん涌いてくる!」
明らかに大蟻喰は苛立っていた。
「複製能力を持っている。気を付けろ!」
と、ズデンカは叫んだ。
その瞬間だ。
いきなり後ろから強い力で羽交い締めにされた。
驚いてそれを引き剥がし、後ろに退く。
メイド服を着た、褐色の肌を持つ、
紛うことなき己の姿が前に立っていた。いつの間にかボリバルに複製されていたのだろう。
「一度あたし自身と戦ってみたかったんだ! 手間が省けたぜ!」
ズデンカは強がりを言ってのけたが、内心は焦っていた。
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