第六十三話 メルキオールの惨劇(10)

「安全なところに君の仲間? を連れていってやってたんだよ。感謝しな」


 大蟻喰は腕を組んで偉そうに言った。


「お前誰だ? ああ?」


 コールマンは多少機嫌を悪くしたらしく大蟻食を見やった。


「ぼく? ルナのマブダチだよ」


 大蟻喰はさらに自慢げに言った。 


「ただの人間には興味ねえよ」


 そう言ってコールマンは物凄い速度で大蟻喰の傍に移動した。


――まずい。


 ズデンカは焦った。強化された自分と対等なコールマンと大蟻喰が戦えるかどうかは未知数だったからだ。


「ふふん」


 だが大蟻喰は歯牙にも掛けず、空中で一回転する。コールマンの頭上へと移動していた。


 たちまち身体を膨張させ、巨大な肉塊へと変化させた。まるで肉団子にする前のミンチのようだ。


 コールマンは腕を伸ばして、肉を削り落とそうとした。だが、肉塊は勢いよく左右に広がって、コールマンを包み込もうとする。


「なんじゃこりゃ」


 と言ってコールマンは退避行動を取った。


 だが、大蟻喰は身体を溶解させ、肉の雨を降らせる。


 コールマンの筋肉の上に滴ると、そこが黒く焦げ出し始めた。


 焼かれてるのか?


 いや、違う。


 これは捕食だ。大蟻喰はコールマンを喰おうとしているのだ。


「面白い!」


 コールマンはそれを悟ったが早いか顔を輝かせた。


「俺を喰おうというのだな! なら、この身体を全て喰え! 俺を殺してくれ!」


 全身の筋肉を隆起させながら、滴り落ちる大蟻喰の肉をコールマンは全て浴びた。


 肉がすっかりコールマンの身体を蔽い尽くすと、骨を砕く音が響いた。


 嫌な音だった。長く強く響く。やがて、大蟻喰の肉の膨らみは平らかになった。


 また肉は凝集して大蟻喰の姿をとる。


 だが。小さな肉の欠片がその拍子に中から吐き出された。


 それは瞬く間に大きくなり、コールマンの裸の姿へ戻った。


「なぜだ! ここまで来たのに! なぜ俺は死ねない!」


 コールマンは怒鳴った。


「知らないよ。でも吸血鬼は相変わらずまずいな」


 大蟻喰はヘラヘラとしていた。


「年を経た吸血鬼は再生力が強いものが多い。先日あたしが殺したクラリモンドは例外だったが、速さでカバーしていたからだろう」


 ズデンカは言った。


「あいつぐらい頑丈なやつだと身体の一部が残ってしまうとすぐ戻っちゃうのか。死ねないってのも哀れだねえ」


 大蟻喰は嘲笑った。


「お前は死ねるのか?」


 ズデンカは訊いた。


「さあ、知らない」


 大蟻喰ははぐらかした。


「お前が何者なのかもまだ訊いてねえが」


 ズデンカはここ一年旅先の色々なところで現れては突っかかってくる大蟻喰が過去をあまりにも語らないことにイライラし始めていた。


――なんでこんな他人のために苛つくんだ。


 どこかズデンカは大蟻喰を仲間と感じ始めたのかも知れない。エルヴィラやアグニシュカ、ジナイーダやカミーユと同じように。


「くそっ! くそう!」


 コールマンが大声を上げた。死ねるかと思ったのに死ねないのがよほど、頭にきたのだろう。


 その顔はどす黒く紅潮し、青筋が入っていた。


「あぶない!」


 物凄い波動が一気に巻き上がった。コールマンの身体から発されている。


――吸血鬼の中には己の気を射出する者が出来ると訊く。クラリモンドもそうだった。


 ズデンカは今まで気にもならなかった自分たち吸血鬼という生き物の業、生態を知りたく感じ始めていた。


 これも、仲間意識からだろうか?

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