第六十三話 メルキオールの惨劇(11)

 だが、あまり詳しく考える暇もなく、ズデンカは大蟻喰を横抱きにして、何キロメートルも飛翔した。


 無数の光球がコールマンの身体から発される。自分でも制御出来ていないらしく、コールマンは憎しみに満ちた顔であらぬ方を眺めている。


 おそらくはズデンカでも大蟻喰でもなく、ここまで身体を溶かされてなお生き残ってしまう己に対する怒りに取り憑かれているのだろう。


 だが、これはズデンカにとってはチャンスでもある。コールマンが理性を失って暴走している今なら、追ってこられる心配もない。


「なっ、なんだよ急に!」


 大蟻喰はズデンカの腕のなかで、少し顔を赤くして言った。


「とにかく逃げる! メルキオールやバルトロメウスと合流するぞ!」


 ズデンカは飛びに飛び続けた。やはり計算は正しかった。コールマンは追っ手は来ない。


 ただ後ろから豪速で飛んでいく光の球をかわしながら進まなければならなかった。


「いつのまにキミはこんなに早くなったのさ」


 大蟻喰は驚いているようだった。


「さっき言っただろ? クラリモンドを殺してその血を吸ったからだ」


「そうか。キミも同族を殺してその能力を奪ったって訳だ。ボクと同じだね」


「そうだ。まったくそうだ」


 ズデンカは二度頷いた。


「いやに素直だね」


「あたしは同族殺しだ。コールマンみたいに面白がるやつだけではない。仲間うちで悪名が轟き渡ることだろうさ」


「よかったじゃないか」


 皮肉で言っているのだろうと、ズデンカは大蟻喰の顔を見たが、意外や意外、真顔だった。


「何がいいんだよ」


「悪名は無名にまさるって言うだろ? キミはこれまでルナのメイドとして表舞台に出てきただけだった。それが一気に同族殺しだ。注目の的さ。そりゃもう羨ましいぐらいに」


「ああ、そうだったな。お前みたいな悪名まみれな人殺しに言っても詮ないことだった」


 ズデンカは飛行に集中力を傾ける。


 自省的に見ればズデンカだった人殺しだ。大蟻喰のように無差別に殺しはしないが、それだって都合の良い理由をでっち上げて殺してきたことに間違いはないのかも知れない。


 さきほどいた路地が瞰下みおろされる場所まで来た。


 壁は倒壊し、あちらこちらに残骸が出来ている。


 ズデンカはその合間を、必死に仲間の影を探した。


 やがて、瓦礫から身を避けるように地面にうずくっている人影を二、三見つけ出した。


 ジナイーダと、カミーユ、それからバルトロメウスだった。


 メルキオールはなぜだかここにいない。


「おい! お前ら大丈夫だったか」


 ズデンカは声を掛けた。


「うん! いろいろ崩れてきてちょっと危なかったけど! 傷もなかったよ!」


 ジナイーダはそう言ってズデンカに抱き付いてきた。


「はい、バルトロメウスさんもとても紳士で……何もされなかったので大丈夫でですよ! あせあせ! あせあせ!」


 バルトロメウスを強く睨み付けるズデンカを見て、焦りながらカミーユは説明した。


「本当だろうな?」


「ああ、間違いないよ。カミーユさんの言う通りだ」


 バルトロメウスは興味なさそうな醒めた目でズデンカを見た。


「それに昼の僕はとてもカミーユさんに叶わないよ。彼女相当実力あるし。虎に変わらないことにはね」


「ふん、バルトロメウスはそんなことしないよ。だからボクも重宝してるんだ」


 大蟻喰は心外そうに言った。


 ズデンカはとりあえず、納得することにした。


 ――しっかし、メルキオールはどこ行きやがった?

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