第六十三話 メルキオールの惨劇(9)

「お前には妙な連れがいるな。あんな弱いやつ役に立つのか?」


 コールマンは訊いた。


「向こうが勝手に尾いてきただけだ。正直迷惑してる。あたしも役に立つとはおもわねえよ」


 ズデンカは吐き捨てるように答えた。


「そりゃご苦労さまなこった」


 コールマンは同情的に言った。


 意外と庶民的で気さくのようだ。


 吸血鬼のなかでは珍しい。


 貴族的な近寄りがたさのあるダーヴェルやクラリモンドを眼の前にした後だとなおさらそう感じる。


 オーモニアの出身と関係があるのだろうか。


 どうでもいい会話が苦手なズデンカにとって、面倒くさい相手に違いなかったが。


「あたしは死なないし、お前も普通は死なない」


「だが、お前は死なないはずのクラリモンドを殺した」


 コールマンは眼光鋭くズデンカを見る。


「たまたま運がよかっただけだ。あたしの方が殺されていたかもしれない。向こうの回復する速度がちょっと遅かった。それだけだ」


「いや、勝負は結果だ。クラリモンドが死んだのなら、お前の実力が奴を上回っただけのこと」


 コールマンは腕を組んだ。


「なら、どうしてあたしと戦うんだ? お前だって死ぬかもしれんぞ」


 ズデンカはからかい気味に言った。


「俺は五百年も生きたからよ。もう死にてえんだ。強い奴と戦って、追い込まれて、倒されて、死にてえんだよ。この鋼より難く鍛え上げた頑丈な身体を打ち砕いてくれる奴が現れたら、喜んでこの身を差し出したい」


 コールマンは両腕を広げて天に差しのばした。


故郷くに吸血鬼猟人ハンターに狩られりゃよかったんじゃねえか」


 ズデンカはさらに皮肉を付け加えた。


「猟人は数が多いだけでうざいだけだ。俺が望む死を与えてくれはしないのは決まりきっている。いるとすればこの旧大陸トルタニアしかない」


「お前の被虐趣味にゃ付き合ってられないぜ。あたしはルナを……ルナ・ペルッツを助けたいだけだ」


 ズデンカは逃げ出したかったが、速さが同等なのであれば、追い付かれてしまうと思われて出来なかった。


「助けたい? そいつのことをよく知らんが、もし本当に助けたいなら吸血鬼にしちまえば良いだろ。俺はこの五百年間、狙った女はほぼ必ずそうしてきた。十年も暮らせば飽きるけどよ。今はもう顔すら覚えちゃいねえ……」


「あたしはそんな気はねえよ」


 嘘だった。ズデンカはルナを吸血鬼にしたいと何度も思ったことがある。


――くだらん会話を続けたくない。だが、相手がここまで強いと何も出来ない。せっかく強くなったのに。まだ上には上がいるのか。こいつも倒せないなら、ダーヴェルなんて殺せない。


 ズデンカは思い悩んでいた。


 全くの膠着状態だ。


「ちょっと待ったああああ」


 と、物凄い勢いで地上から飛び上がってくるものがあった。


  大蟻喰が空を飛んでやってきたのだ。


「お前、空を飛べたんだな」


「ああ、ちょっと小細工をしてるけどね。昼前だからバルトロメウスは戦えない。でも、僕が代わりに助けてやるよ」


「遅すぎるぜ。もっと早くに来いよ」 


 ズデンカはコールマンに注意を傾けながら、大蟻喰に軽口を叩いた。

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