第六十三話 メルキオールの惨劇(8)

「お前は、何者だ?」


 ズデンカは訊いた。


 単に訊いたわけではない。


 隙が出来るならすぐに攻撃しようと思ってだ。


 だが、蝙蝠に隙はなかった。


 ズデンカが斬り込むことができないでいるうちに、素早く姿を人型に変じた。


 黒髪の中肉中背の男。上半身は裸で筋骨隆々としている。


 ズデンカは先日、上級種のクラリモンドを殺したことがある。ズデンカが力を得るまではまるで追いつけない速さで翻弄された。


 今目の前にいる敵は今のズデンカも手を出せないほどの力量の持ち主だ。


 とはいえ、動き自体はズデンカでも目視できる程度のものだった。


 つまり、互角程度だ。


 隙がないのはこの鍛え上げられた身体だ。目算でもズデンカは傷すら付けられないほど頑丈なのがわかった。


「俺はベン・コートマン。オーモニア通商連合のヴァンパイアだ」


オーモニアは西舵海を遙かに超えた場所に位置する同名の大陸に存在する国家だ。


 もともとはオリファントから移民した者たちによっててられたものだった。


 商売を行っていくなかで国という概念は必要だと考えたためらしい。


 そのせいか国民性は商人的で、人の心にズケズケと踏み込んできて、商品を売りつけるように交際を求める。


 トルタニアに渡航してくることも多く、ズデンカも何人か知り合いがいた。死んだ者も多いが。


――人種でどうこう言うのはよくないんだろうが、嫌いな連中だ。


「なぜ、オーモニアのお前が『ラ・グズラ』に加わった?」


「ダーヴェルの兄貴に呼ばれたんでな。当然義理人情からじゃねえ。たくさんの血が吸えるなら、どこへだっていく。オーモニアでは吸血鬼猟人ハンターが最近ふえてやっていけねえ」


 コートマンは顔を顰めた。よほど嫌な記憶があるのだろう。


 確かにオーモニアでは各州で吸血鬼の討伐部隊が結成されたという報道をズデンカは読んだことがあった。


「血が吸いたいならなぜあたしを襲う? 他の二匹は雑魚だったんだろ?」


 ズデンカは訊いた。


「ダーヴェルの邪魔になるから、と言うのは言い条……俺はな、強い奴と死合いたいんだよ!」


 答える代わりにコートマンはうねる拳をズデンカに突き込んだ。


 間一髪でズデンカは躱した。


 やはり目視で感じたことは間違っていなかったのだ。


「やはりクラリモンドを殺したってのは間違いなさそうだなぁ」


 コートマンは拳を横に薙ぎ払った。ズデンカは滑空して下に降りた。


――強い。


 ズデンカは全力で闘わねばならないと思った。


 再び上昇して、コールマンの胸板に蹴りを入れた。しかし、傷一つ付けられない。


 かえって足首を掴まれた。


 ズデンカは自分の足をスカートごと切り裂いて離れた。


 またたく間に切断された部分からが生えでる。スカートは戻らなかったが。


 コールマンの手に残った足は砕けて消えていく。


「再生も速いな。なかなかのスケだ」 コールマンはニヤリと笑った。



「ズデンカさん!」


 物凄い勢いで、ヴィトルドが飛んできた。完全に煙が晴れて視界明瞭になったためだろう。


 渾身のパンチをコールマンに叩き込もうと突っ込んでくる。


 だが。


「お前は邪魔だ!」


 コールマンは物凄い勢いでヴィトルドを殴り飛ばした。

 

「うおおおおっ、おおおっ!」


 大声を上げてグルグル回りながら、ヴィトルドは空の彼方を吹き飛んでいった。


――前にも飛ばされてたな、こいつ。


 ズデンカは呆れた。

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