第六十三話 メルキオールの惨劇(7)
「誰からだ?」
すかさずズデンカは訊き返す。
だが、相手の返事を待つ前に、爆破音が続けざまに起こった。
路地の両側に並ぶ土壁が崩れ、粉が宙に舞う。
視界は塞がり、身動きが取れなくなる。
「さあね!」
大蟻喰のものらしい叫び声が聞こえたが、もはやどこから聞こえるのかもわからなかった。
闇の中では何でも見えるズデンカでも、この粉塵は見通すことが出来ない。
「お前ら、動くなよ」
ズデンカはカミーユとジナイーダに注意した。
「うん!」
「はっ、はい。わかりました!」
返事はすぐに返ってくる。ズデンカは二人が抱き付いてくるのがわかった。
――こうなったら、第三の目を使うか。
もちろん、ズデンカがそう言う技を持っているという意味ではない。
視覚以外の感覚を研ぎ澄ませて、相手の姿を見つけ出そうというのだ。
ズデンカは目を瞑り、まったき暗闇の中で、迫り来る影を探した。
空の方に一つ、二つ、三つ。
後方からではなく、前方かららしいのが幸いだった。
おそらくは蝙蝠に変じた吸血鬼たちだ。
微かに羽ばたく音でわかった。
今、ハウザーは手駒を持たない。襲ってくるとすれば『ラ・グズラ』の面々で間違いなかろう。
「こりゃ参った! 何も見えん! ズデンカさん、大丈夫ですか?」
ヴィトルドが声を掛ける。
「あたしも、カミーユもジナイーダも無事だ」
ズデンカは答えた。
轟音が響いた。
金属が破裂する音だ。
おそらくは爆弾を蝙蝠たちがつぎつぎ投下しているのだろう。
「ズデンカさん、どちらにいます?」
メルキオールの影が、粉塵のなかに見えた。
「ここだ。お前も動くな」
ズデンカは言った。
「吸血鬼の襲撃ですね」
さすがにメルキオールも頭が回るようだ。ズデンカが何も言っていないのに同じ答えにたどりついていた。
――いや。
ズデンカのなかで一瞬疑念が過ぎった。
もし、メルキオールが
だが、ズデンカを苦しめたいなら、さきほどパヴィッチを抜け出した際にカミーユとジナイーダを襲撃するほうが手っ取り早かったし、時間も十分にあったはずだ。
今襲い掛かったと言うことはメルキオールが信じるに足る証拠だ。
それにズデンカはメルキオールの言に従ってヴルダラクの始祖、ピョートルと知り合い、血を貰って強くなった。騙そうとする相手に力を与えるなど、普通では考えられない。
――それに裏切っているやつが自分を疑わせるようなことを言うはずないだろ。
さっき大蟻喰のところまで行こうとしたときにメルキオールが放った言葉について考えていた。
考えている間に、煙は薄くなりだんだん晴れていくように思われた。
――次の爆弾が投下されないうちに!
ズデンカは宙に浮かび上がり、一匹の蝙蝠に飛びかかった。
バリバリと両翼を引きちぎって、落下させる。
残るは二匹だ。
爆弾がまた投下された。
しかし、ズデンカはすかさず投下した吸血鬼の元に近付いて、爆弾を手で受け止め、もう一匹の口の中へ叩き込み、投げ飛ばす。
空中で激しい音を唸らせながら蝙蝠は爆発した。
「あと、一匹」
だが、晴れやかになった空の元で赤々と瞳を光らせる蝙蝠は臆すことなくズデンカを見やっていた。
「ケッケッケッケ、あんたがズデンカさんだな。うちのクラリモンドを殺したってマジかよ?」
蝙蝠が口を動かす。
そこに怯えている様子は一切感じられず、むしろこの状況をとても楽しんでいるかのようだった。
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