第六十三話 メルキオールの惨劇(6)

 どうしてだろう?


 バルトロメウスの前で、少しは寛大な姿勢を示した方がポイントが高くなると踏んだのか。


 ともかく。


「そうだ。あたしは戦える。前までのようにはいかないぜ」


 ズデンカは乗じることにした。


「そう。なら僕は何も言わない」


 バルトロメウスは静かに言った。


 ズデンカも本当のところはそこまで自分が戦えるかどうか定かではなかった。


 負ける可能性の方が遙かに高いのだ。


 ルナは戻ってこない。


 ズデンカは独りになる。


 そう考えたとき、自分が言いだしたことは全てルナを取り戻したいという我欲に紐付いたものではないのかと思われ初めてきた。


――ルナが傍にいてくれればいい。あたしの本音はそれだけなんじゃないか。


 パヴィッチの街を守る。そこで暮らしているだろうエルヴィラやアグニシュカを守る。


 ジナイーダがいる。カミーユがいる。


 責任を持って守らねばならない者たちがいる。


 でも、そんなのは後からくっつけた理由にしか過ぎない。


 ズデンカは本当はルナだけに戻ってきて欲しかったのだ。


――けっ。何が前線部隊に後方部隊だ。あたしはみんなに死ぬまで戦えと言ったのだ。我欲のために。ルナのためだけに。


 ズデンカは暗い気持ちになった。


 その時。


 ギュッと腕が後ろから抱きしめられた。


 ジナイーダだ。


「ズデンカが行くなら、私はどこへだっていていくよ」


 微かに身を震わせながら必死に、すがるようにズデンカを見詰めている。


――まさか、お前に助けられるとはな。


 落ち込んでばかりはいられないのだ。


――絶対に勝つ。誰も死なせない。


 ズデンカは誓っていた。


「よし、お前ら出発だ!」


 不安を振り払うように、ズデンカは大声で叫んでいた。


 そして一番先に部屋を出た。


 他のメンツもぞろぞろと続いて出てきた。


「もし体調が回復していないようなら、どこか別に宿をとってもいいんだぞ」


 ズデンカはカミーユを傍に引き寄せて囁いた。


 カミーユは身体技能がずば抜けているとは言え、ただの人間だ。他の者のように容易に疵付かない肉体を持っているわけではない。


 ハウザーに知られたかも知れないのでこの部屋はもう使わない方がいいだろう。メルキオールによって隠匿されたと言ってもだ。


「いえ、大丈夫です。私だけが残るわけにも行きませんし」


 カミーユは応じた。


「ルナさんを取り返さないといけませんからね!」


 その瞳にも決意が宿っていた。


――そうか。あたしが馬鹿だった。


 ジナイーダもカミーユも本気なのだ。ジナイーダはズデンカを信じて、カミーユもルナのためを思って尾いてきてくれるのだ。


――あたしが独りで悩んでいても仕方ない。


 他の連中は必ずしも全員がルナのために動いてくれるわけではなさそうだったが。


 一行は歩みを進めた。


 狭い路地なので横一列になって進まなければならない。


 ズデンカは前線部隊四人と後方部隊の三人の間に立った。


「結界の範囲はどこまでだ?」


 ズデンカは訊いた。


「路地を抜けるまでですね」


 メルキオールは適確に答えた。


「こんなところで襲撃を食らっちゃたまったもんじゃねえからな」


 ズデンカは答えた。


「そりゃそうですよ……まさかそんなこと……」


 とメルキオールが自信満々に答えたその時だ。


「おいズデ公! 敵襲だぞ!」


 大蟻喰の怒号が谺した。

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