第六十三話 メルキオールの惨劇(4)

「でも、人に変身できるかも知れませんよ」


 メルキオールは答える。


 ズデンカはわずかに迷った。だがハッタリと気付いた。


 通説では獣人が人に変じるのは不可能だとされているからだ。


 狼狂リカントロープやバルトロメウスのような虎に変化する存在は元々人間だった物が先天的か後天的かの事情により、獣に変じたのだ。


 だが獣や獣人として生を受けたものが人になることはなぜかないのだ。


「馬鹿言え」


 ズデンカは軽くいなすことにした。


「はいはい。でも、ヴィトルドさんより鼠の僕を信用して、本当によかったのかと思いますね」


 メルキオールは尻尾を振った。


 確かに正論だった。ズデンカは見てくれでなんとなく信用出来そうなほうを選んだのだった。


 実際は見てくれより内面だ。


 メルキオールがカミーユに危害を加えることもあるかも知れない。逆にヴィトルドが加える可能性もあり、両者ともに加えない可能性もある。


――余計なことで時間を取っちまった。


「えーい、どっちでもいい! あたしが責任取って残る。お前らが大蟻喰を連れて来い。面識あるジナイーダが居れば話は何とかなるだろ」


 ズデンカは元いた部屋へ引き返し始めた。


「そんな! ズデンカ!」


 ジナイーダが情けない声を上げる。


「お前に与える重大な役目だ。引き受けてくれ!」 


 ズデンカはジナイーダの方へ振り向いて言った。


「わっ、わかった……」


 そこまで言われるならとでも言う風に、ジナイーダはシュンとして歩き出し

た。


「ふふふ、やっぱりズデンカさんが残るのが一番良いですよ」


 メルキオールはまた尻尾を振った。


 ズデンカは戻った。


 カミーユはうっすらと目覚め始めていた。 


「……ズデンカさん……ここは?」


「どこまで覚えている? あの戦いの後、お前らを連れてここに隠れた。あたしははその後しばらく外出していたがな」


 ズデンカはカミーユの隣に腰を下ろした。


 先日ズデンカはカスパー・ハウザーの手下と激しく交戦し、カミーユのとっさの機転があってオスカル・パニッツァを撃破したのだった。


 「ありがとうございます……もし、ズデンカさんがいなかった私、たぶんあの場所で……」


 カミーユは目を瞑って両手を合わせた。祈っているのかよくわからないが、その瞼からは涙がこぼれた。


「いや、あたしこそお前に支援して貰えなかったら負けちまっていたかも知れない。本当に助かった。すまん……」


 ズデンカも頭を下げた。


「いえいえ、ズデンカさんが謝らないでください! 私が救われた方なのに」


 ズデンカはカミーユの肩を抱き寄せた。


「……泣くな」


 そうは言いながら、ズデンカは珍しく自分の瞳も涙で潤んでいることに気付いた。吸血鬼のためか滅多には流さないのだが、感極まると泣いてしまうことがあるのだ。


「よっ、ズデ公!」


 明るい声が聞こえたかと思うと、入り口に掛けられた白布がめくられて、大蟻喰が姿を現した。


「あ、泣いてるね? 今君泣いてるね?」


 大蟻喰は歪んだ笑いを浮かべながらズデンカの顔を覗き込んできた。


「殺すぞ」


「殺してみろよ」


 いつもの言い合いが始まる。

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