第六十三話 メルキオールの惨劇(2)

「どうも初めまして。鼠の三賢者、メルキオールと申します」


 メルキオールはぺこりと頭を下げた。


「メルキオール? 誰それ? 訊いたことない」


 ジナイーダは興味がなさそうに答えた。


 メルキオールは少し残念そうにした。


「鼠獣人の祖になったと言う三匹の賢者のことだ。今はもう知る人も少ないがな」


 ズデンカは皮肉を交えて説明した。


「へえ、そんなのがいるんだあ。獣人とは何度か会ったことあるけど鼠は見なかったなあ」


 ジナイーダは思い返すように首を横に傾けた。


「鼠獣人は村を作って静かに暮らしていることが多いですからね。でも、ロルカでは悲劇が起こりましたが……」


 メルキオールは目を瞑りながら言う。


「ルナも鼠獣人の友達がいたな。名前は……カルメンだったか」


 ズデンカは思いだした。


「カルメン……どこかで聞き覚えがある気がしますね……はて、どこだったか」


 メルキオールは考え込んでいた。


「どうでもいいよ! こんな鼠、何の役に立つっていうの!」


 ジナイーダは頬を膨らませる。


「戦力にはなる。メルキオールは自在に身体の大きさを変えられるんだ。ハウザーの機械仕掛けのドードー鳥と戦えるかも知れない」


 ズデンカは言った。


「それは……あまりやりたくないのですけどね」


 メルキオールは嫌そうな素振りをする。


「じゃあ何のためにいて来たんだ? あ?」


 ズデンカは怒って見せた。


 もちろん自分でコントロールした怒りではある。


「はぁ……飽くまで頭脳でお役に立てたらと思っております」


「そもそもお前らは不老不死だ。弱い力で何百年も生き残ってきたとは到底得萌えないぞ」


 ズデンカは自分のことは棚に上げて言った。


「いえ、ほそぼそと、外敵を逃れて生きてきただけで……僕は本当にか弱い存在でしかありません」


「嘘吐け!」


 ズデンカはメルキオールを睨んだ。この賢者は何かいろいろと隠していることがありそうだ。


 メルキオールはかつて消えたと言われる謎の島パンデモニアそのものだったと語っていた。無人の島とは言われるが、島が消えたことによってそこに住んでいた動植物は大方死滅しただろう。


 まさに自分の気紛れだけで多くの存在を滅ぼしたろくでもない奴には間違いない。


「ひひい」


 メルキオールは身を竦めて見せた。


 しかしどうも嘘くさい。


「まあいい。とりあえず、ルナの居場所がはっきりわかるのはこいつだけだ。カミーユが目覚めるのを待って移動するぞ。もちろん、カミーユの体調次第で様子見だが……」


 ズデンカはそうやって、カミーユを見やった。


「ちょっとズデンカ、なんで、私のことは視てくれないの!」


 ジナイーダは激しく自己アピールをして、既にギュッと掴んでいたズデンカの腕を強く強く絞め上げた。以前よりだいぶ力が増している気がする。


 だんだん吸血鬼の身体になりつつある証拠だろう。


 ズデンカはそれを確かめる度に重い責任を感じた。


 今後、長い時間をジナイーダはヴルダラクとして生きる。


――そばにいてやらないと。


「ズデンカぁ、ズデンカぁ」


 甘え声を出すジナイーダ。


 素直にそれを可愛いと感じてやることの出来ない自分にズデンカは苛立っていた。

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