第六十二話 なぞ(9)

 フランツはどうせなら全てが明るくなってしまえば良いと思った。


 そうすればもう幽霊は出てきようがないだろう。


 いや、白昼に幽霊を見た、という話だってあるのかも知れない。


 だが、そんな例は少ないし、幽霊と言えば夜と相場が決まっている。


――今でないなら、いつまでも出ないでくれ。


 フランツの思いを察してかは知らないが、幽霊は現れなかった。


 明るい日差しが、フランツの横頬を静かに打った。


 暁だ。


 この後だ。


 朝が来れば、あの謎の言葉の意味が明らかになる。


 朝は来た。


 フランツは種類を判別できるほど詳しくないが、小鳥の鳴き声が聞こえた。


 それでも幽霊は現れてこないどころか、何も起こらなかった。


「……くだらん」


 フランツは一言呟いて立ち上がった。


 もう、興味も関心も失せていた。いや、やり場のない怒りはあったのだが、自分を責める以外方法がない。


 今回はオドラデクもファキイルも悪くない、自分から謎を解き明かすなどと豪語したのが問題だったのだ。


 なおしばらく待っていたが昼になりそうだったので、フランツは立ち上がってとぼとぼと廊下を辿った。


「フランツさぁん、いつまで待ってるんですかぁ」


 オドラデクは座席に横たわっていた。


「……」


 フランツは何も言わず、反対側のファキイルの隣に腰掛けた。


「結局、何も出てこなかったでしょ」


「あたりだ」


「やっぱり。なぞはなぞのままにして置くのがいいんですよ」


 オドラデクはドヤ顔で言った。


「俺は朝を迎えたら何か起こると思っていた、なのに……」


「何も起こらないんですよ。単なる錯覚かただの幽霊です。別に呪われもしない祟られもしない、ぼくらの人生をしずかに過ぎ去っていく存在に過ぎません」


 オドラデクは急にしんみりと言った。


「何で断言できる」


「勘ですよ、勘。表情とは裏腹にそこまで悪い幽霊とは思えませんでしたからね」


「お前の勘だろ。悪い霊かもしれないじゃないか」


「ぼくはフランツさんより連中に少しばかり近いですからね。勘は正しいと思いますよ」


「あんなに怯えていただろうがよ」


 フランツは下を向いていた。


「そりゃ最初はびっくりしましたよ。いきなり鉢合わせしたら相手が安全な存在であっても警戒するでしょう?」


「正論だな」


「でも、よく考えてみればそこまでな相手だったなって思うもんです。それにさっき少しばかり話したんですよ」


「なんだと」


 フランツは驚いた。


「この部屋の窓に現れてましてね。で、フランツさんにはあえて会わないようにするって言ってましたよ。なぞはなぞのままってことで話がまとまりました」


「答えを聞かなかったのか」


「答えなんてないんですよ。言葉は言葉としてある。なぞはなぞのままです」


「はあ……」


 フランツはため息を吐いた。


――本当は、知りたかった。


 少なくとも数時間の間、熱心に探し求めた答えを得たかったのだ。


 だが、到底叶わないことだった。


「ふわぁ」


 フランツはあくびをした。たまっていた疲れが一気にどっと噴き出してきたのか、また眠くなってきていた。


 周りを見回す。ファキイルはさっきまでと同じように通り、前を向いている。


 フランツは寝台車に揺られながらうつらうつらとした。


――ああ、そうかわかったぞ。あれはこう言う意味だったのだ。


答えが舞い降りそうになったところで、フランツは眠っていた。


けれど、そんなことはどうでもいい。


階段の裏の顔、暁の終わりに。

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