第六十二話 なぞ(7)
「フランツさん、なぞはなぞのままにして置いた方がいいですよ」
オドラデクは言い放った。
フランツは憤った。それはついさっきフランツがオドラデクに言ったセリフだ。
まるでシーソーに乗るように、フランツの関心が高まった途端オドラデクは興味をなくしていたのだ。
とは言え、シーソーのようにオドラデクに関心が戻る様子はもうないらしい。
オドラデクはそっぽを向き、窓の外の夕空を眺め始めていた。
「幽霊を最初に見たのはお前だろうが」
フランツは怒気を込めて言った。
「はいはい、確かにそうですよ。でもよく考えたら幽霊なんてどこにでもいるじゃないですか。特別珍しい存在でもありません。放置しておいても何の問題もないでしょう」
「いやいや、なぞがある。ここにはなぞがあるんだ」
フランツは言い張った。
「俺は朝まで起きているぞ! この手でなぞを明かにしてやる!」
「フランツさんにしてはご熱心なことで本当にご
オドラデクは小難しい言葉を使って褒め称えた。だが、もちろんその声には心が少しもこもっていない。
「お前も一緒に待て」
「はいはい。どうせぼくは眠らないですからね」
オドラデクは眠るふりはよくやってるが実際は寝ないらしい。臆病なようで剛胆で、無神経なようで計算高く、物を喰うわりには排泄もせず、ともかく矛盾の塊のような存在だ。
だが、人間はオドラデク以上に矛盾の塊である。
その人間のフランツは、さっきまでなぞをなぞのままに留めるように言っていたのに、今では絶対にその謎を解き明かさないでは気が済まなくなっていた。
フランツは席に着き、静かに待った。
時間はのろのろと過ぎていく。
フランツはトランクを網棚から下ろし、本を探した。
オドラデクが片手に持っている分厚い本一冊だけしか買っていなかったことを後悔した。
ロルカにいた頃から持っていた『海路道しるべ』は二束三文で売り払っていた。
――陸路では何の役にも立たないが暇潰しぐらいに放ったのにな。
「おい、本を貸せ」
フランツはそう言ってオドラデクから本をひったくった。
本を奪われたオドラデクは無関心なようで外の景色を眺め続けている。
『神話事典』と題字がある。フランツは頁をめくった。
もちろん、目当てはファキイルだ。タイトルだけを見て購入したのでなかはまだよんでいないのだ。
頁の右隅が折られている。
オドラデクがやったのだろう。
フランツはそれを平らにならした。
「ファキイル。老人アモスは神を嘲罵し、それを戒めるために神によって作られたと言われる。地域によっては犬狼神とされ祀られる。後にアモスを殺し、いずこかへ去った」
簡潔な記述だ。事典という割りには少しもの足りない。
ファキイルは神話の中では短い話しか伝わっていない存在で、調べてもあまりわからないことから、著者も他の記述の方に文章を割いているようだった。
フランツは神話の続きを知っている。
ファキイルは今眼の前にいるのだから。
結局、あまり参考にはならなかった。
だが、他の内容はとても面白かった。
フランツはついつい読み耽ってしまう。
いつしか時間は過ぎていった。
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