第六十二話 なぞ(6)

「幽霊を見たんだ」


 フランツは告げた。


「へっへえ、ぼくと同じ奴ですか」


「ああ、お前の言ったように青白く、細長い奴だったぞ」


「ふむふむ、やはりぼくの妄想じゃなかったんですね」


 オドラデクは特徴的な動きで首を左右に揺すった。


「妄想だと思っていたのかよ」


「もちろん、その可能性も考慮には入れてましたよ」


 オドラデクはこう見えて計算高い。この列車にも事前に髪を送り込んでいたようだし、油断も好きもない性格をしている。


「でも、フランツさんもみたんだから、要ることは確定だ。そうそう、ヴルダラクのズデンカはこの列車で幽霊を見ています」


「なぜ話さなかった?」


 あっさりと差し出された新情報にフランツは驚いた。


「ぼくらが出くわした霊とは全然違うので、また別種のものだと判断したんですよ」


「……少しでも関係ありそうなら言え」


「ルナ・ペルッツの知り合いらしい『大蟻喰』と言う人物も来ていました。霊を捕らえたのは大蟻喰です。これはトルタニア西部で虐殺事件を起こしている輩です」


 フランツはその名前を初めて聞いた。スワスティカ猟人はスワスティカの残党を専門的に狩るため、それ以外の情報には疎いことが多い。『鐘楼の悪魔』については残党との関連性が早くから知られていたので、探してはいたが、大蟻喰などという存在がいるとは訊いたことがなかった。


「どんなやつなんだ」


「考えられる限りの異常な性格をしています。人の肉が何よりも大好物だそうで、喰らった者の能力や記憶を奪うことが出来る。今後、やっかいな存在になりそうですよ」


「ルナの味方なのか」


「ええ。詳しくは知りませんけどね。ゴルダヴァにも潜入しているようだし、フランツさんもぼくも戦わなければならないことになるでしょう。手強い相手ですね」


「ヴルダラクだろうが大蟻喰だろうが、俺が全て叩き斬る!」


 フランツは息巻いた。


「勝算あるんですかぁ?」


「ないな」


「ふうん。几帳面なフランツさんにしては珍しい」


「お前はあるのか?」


「ないですね。まあゆっくり考えましょう。まだまだゴルダヴァに行くまでに時間はあるんですからね」


「幽霊の話に戻るぞ」


 会話がずれ過ぎた。


 フランツはなぞを解き明かしたいのに、余計なことばかり話してしまった気がする。


 時は金なり。


「他に何か情報があるんですか?」


 オドラデクはめんどくさそうに言った。あれだけ騒ぎまくっていたのに、関心がなさそうだ。


 フランツの方が興味が湧いてきていた。


「消える前に言葉を喋っていたんだ。『階段の裏の顔、暁の終わりに』ってな」


「ほうほう。たいした謎ですね」


 オドラデクはオーバーに両手を広げて見せた。


「ああ。おそらくこれには何か意味があるに違いない」


 フランツは言った。


「ふむ。意味ですか?」


「その答えを探さないといかん。例えば『階段』だ。何か別の物を差している言葉だろうな」


「階段なんて、列車にはほとんどないでしょう」


「俺も思った。だからこの『階段』は譬喩みたいなもんだな。例えば……降りたり昇ったりすることを時間の経過を指していると解釈する」 


「コジツケっぽくないですかぁ?」 


「まあそういうな。階段の裏の顔というのは時間から取り残された顔、ということになるんじゃないか」


 フランツは熱心に喋った。心からなぞを説きたくてしょうがなかった。

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